第10話 誓約
「で、エドモン。あなたはいったいどうしたいのよ?」
ひとしきり悪態をついた後、アイラは言った。
「俺はこの吸血鬼から話を聞きたい。
俺はこの死体に借りがある。
なによりマッドハウスを解除するためだ」
ガッ。
足音が止まる。
「……どうやって?」
「魔術師組合の資料で吸血鬼を一時的に支配する方法を読んだことがある。
それを使う」
魔術師組合の記録によれば、吸血鬼は血を介した誓約で縛ることができる。
誓約の条件の1つは吸血鬼自身を同意させることだ。
「吸血鬼にして冒険者ヴィオラ、君が誓うなら血を分け与える」
死体ならぬ、吸血鬼の冒険者ヴィオラはかすかに、でもはっきりとうなずいた。
では儀式の準備だ。
体内から血を抜く魔術というものが存在する。
血液は様々魔術の触媒に使われる重要物質だが、刃物で体を傷をつけるのは痛いし感染症の危険もある。
そんな中で開発された魔術である。
「採血」
上腕の内側の静脈に穴を開け、魔術で作った管を通す。
俺の腕から血液が滴り落ち、下のコップに溜まりだした。
コップは落ちてたモノを使った。
ヴィオラのモノだろうか?
誓約の条件の2つ目は、誓約者の、今回は俺の器を超える誓約をしないこと。
俺の器というのがどれくらいかだが。
実は良く分からない。器って何だ?
要は吸血鬼にとって不合理な約束は負荷が大きく、反抗される危険が増すということだろう。
「期限は俺がダンジョンから出るまで。
俺はマッドハウスが解除されたら、なるべく早くダンジョンから出るつもりだ」
まず期限を定めた。
時間を限定することで誓約の力が増す。
「誓約の内容は、他の冒険者を傷つけるなかれ。
不要に争うなかれ。
偽証するなかれ」
これらはダンジョンに入る時に立てる『冒険者の誓い』の一部だ。
今マッドハウスが発生していることから分かるように、必ず守られるわけではないけれれど。
吸血鬼ヴィオラは冒険者の誓いと血の誓約で二重に縛られる。
そうそう破れないはずだ。
あとは。
「最後に、ヴィオラが次にダンジョンを出るまで生きた冒険者に吸血の牙を立てることなかれ」
吸血鬼の本能に反する誓約だ。
でもここは譲れない。
吸血鬼ヴィオラは頷いた。
俺はコップからヴィオラの口に血液を流し込む。
変化は劇的だった。
最初の血の一滴が唇についた時にまぶたがピクリと動いた。
次の一滴で白い頬にかりそめの赤みがさす。
三滴目で、細い両腕が動き、胸からナイフを抜いた。
周囲の血溜まりの血は沸き立ち逆流し、胸の傷口に吸収された。
薄い金色の長いまつ毛に縁取られたまぶたが開く。
瞳は黄昏の紫色だった。
「誓約します、ご主人様。
約束します。
だからコップの残りをいただけますよね」
薄い金髪の美少女吸血鬼ヴィオラは起き上がるなり言った。
「あ、ああ、いいよ」
俺は気圧されつつなんとか応えた。