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17.火星の月


フォボスとダイモスは、月明かりを演出するほどの大きさはないんですよね。

夜空に大小二つの月が輝く異世界的情景、は夢で終わってしまいました。


あ、そんな夢を描くのは私くらいですかね。


 この星系のハビタブルゾーンのすぐ外側に位置する赤茶けた惑星のはるか上空に、鈍い銀色の衛星が浮かんでいるのが見えた。それはこの星のまわりを元々公転している二個の衛星よりも、だいぶ大きい。

「やはり、あそこか」

「公式にではありませんが、どうやらセレーネと呼ばれているようです」


 アパラジータを追って、レオンはプロミオンで追跡を続けてきた。本来であれば高いステルス性能を有するアパラジータは、膨大な熱量を徐々に発散しながらそれを隠せず、プロミオンは苦も無く追いかけることが出来た。そして、傷ついたアパラジータが逃げ込んだのは、何世紀も前からそこに浮かぶ、老朽化したメガストラクチャーだった。


 §


 人類域で最も歴史の古い可住惑星とはつまり地球なわけだが、二番目に古いのは同じ星系内の火星と呼ばれる星だ。小さな岩石惑星で地球とは似ても似つかぬ住環境だから、住んでいるとはいっても宇宙基地のような居住スペース内だけれども、太陽系外への進出を果たすまでは、人類にとっては大変重要な「居住可能な」星だった。


 また、人類が広く太陽系外へと広まっていった後でも、火星は鉱物資源の供給源として重要であり続けた。地球と比べて重力が小さく大気も殆どないため、採掘した資源を惑星外へ運び出すのが容易であり、かといって小惑星などとは違って大型の採掘設備を設置することも可能なため、鉱山としては大変都合がよかった。


 そして今、より高い採算性を求めた結果として稼働を終えた資源採掘用中間基地が、火星の北極の高空にはまだ存在している。と、公式にはそういう事になっている。


 関係者たちから「セレーネ」と呼ばれていた資源採掘用中間基地は、直径百キロメートル程で、遠目にはおよそ球形をしている。近づいてみれば表面には大小のパイプが複雑に張り巡らされ、所々にむき出しの構造材が突き出ており、工業プラントなどの大規模構造物の重合体であることがわかる。


「あの衛星に、不用意に近づくわけにはいかないよな」

「勿論です。これだけセキュリティがしっかりしているくらいですから、不審者には厳しく対応すると思います」

 この場合の不審者とはレオン達のことだ。先方からすれば、近づくのすら嫌がるだろう。


「さあて、何が隠れているのか、気になるね」

 テロ組織の秘密基地とか、はたまたもっと大きな、例えばG7たる地球の別動隊とか。

「アリーシャ・ティケスから先へは辿れませんでしたが、少なくとも敵対勢力の拠点に類するものが、あのメガストラクチャーにあることは間違いないですね」


「ラーグリフからレールガンでも打ち込んでみるか」

「火星の上空でそんな事をしたら、収拾がつかなくなりますよ」

 もちろん冗談だ。

 しかし、『X』ことアパラジータの拠点を突きとめることが出来たのは大きい。この情報をローレンスへと伝えて、ランツフォート家から地球へ圧力を掛けるというのがいちばん穏当か。


「さすがにアレを無いとは言い張れんから、地球も知らんぷりは出来ないんじゃないかな」

「じゃあ、そこに逃げ込んだアパラジータは、どう出てきますか?」

 アリスは何か言いたげに、レオンに次を促した。

「そうだな~。俺たちを、口封じするのが良いんじゃないか。今すぐに」

「同感です」


 意見が一致したところで、二人は揃ってメインスクリーンの拡大望遠映像に目を向けた。まあまあ丸いメガストラクチャー「セレーネ」がやけにはっきり見えるような気がした。

「おい、満月みたいにクッキリ見えるけど、そんなワケないよな?」

 位置関係からして太陽光の陰になる部分の方が大きいはずだが、それにしては宇宙の闇を背景に、全体像がいやにハッキリと浮かび上がる。


「これは……、夥しい数の光がこちらに向けて照射されています。死の光線ですね」

「プロミオンに向けて?」

 セレーネ全体がぼんやりと光って見えるのは、各所から可視光を含む光源がをこちらを向いて照射しているからで、三十万キロ以上離れても、光は拡散しつつ届いてくる。


「退避しましょう。近接防衛レーザーなどを総動員しているのでしょうが、あれらが全て同時に焦点を合わせれば、プロミオンが……溶けます」

「アルキメデスかよ!」

 レーザー発振可能な装置や砲台などを制御して、プロミオンに集中させようとしているのか。極めて原始的な手段だが、光が減衰しにくい宇宙空間では効果を上げることも可能だ。

「つまり、あのデカい衛星の全体を掌握して統合操作しているってことか。一旦距離をとろう。小惑星帯まで後退だ」


 今ここで戦いに臨む必要は無い。むしろ、この状況を含めた証拠情報を速やかに持ち帰るべきだ。

「なるべく投影面積を最小化するよう、プロミオンは変形機構を使います」

 合焦を避けるために回避機動をとりつつプロミオンは転進するが、衛星からのレーザー照射は執拗に後を追いかけてくる。小惑星帯までの間に、光を遮る物理的な障壁はほとんどない。とはいえ距離を置けば光は拡散するし、的であるプロミオンに合わせるのも次第に困難になるはず。


「しつこいなあ。けどまあ、時間の問題だろ?」

 話し掛けられたアリスはしかし、困惑の表情を浮かべた。

「プロミオンの表層温度が上昇しています。これは……!」

 レオンの指示を待たずにプロミオンは煙幕弾を後方に射出して、その陰影に隠れて大きく針路を変え、アフターバーナーも展開して全力加速を開始した。


 急激な機動で、慣性制御で吸収しきれないベクトルによろめいたレオンを、とっさにアリスが支えた。

「今度はなんだ?」

「セレーネが、こちらに近づいて来ます」

「近づいて……ええ!? セレーネって、あのデカいのが動くのかよ!」


 もう随分と長い間、火星の北極上空に浮かんでいたはずだ。そして、火星で採掘された鉱物資源などを運び出す中継基地として使われていたものだ。軌道ステーションと同じく自らの位置を調整する能力はあるだろうが、遠ざかろうとするプロミオンを超える速度で近づいてきたなんて、なにかの間違いとしか思えない。


 支えられたままのレオンが、アリスの肩越しにセレーネの映像を見つめる。不明なノイズを検知してアラートが短く発せられると、プロミオンから射出した煙幕弾のまき散らした煤煙が、まばゆく光を放ち四散した。

「攻撃……、して来たのか?」

「おそらくは。しかし現時点では情報が少なすぎます」


 プロミオンはアリスの権限でリミッターを解除すると、即座にベクターコイルを最大出力まで引っ張った。そしてその為に、ジェネレータもまた定格出力を超えて唸りをあげる。

「あちらさんは激おこですね」

「げき……、なんだって?」

「レールガンでも打ち込むか、なんて言うからですよ」


 冗談だろう。アリスも冗談を言うようになったか、とか言ってる場合でもなさそうだ。セレーネは直径百キロメートルほどもある人工天体であり、大規模構造物だ。それが自ら動いて巡航艦を追いかけようだなんて、控えめに言っても正気じゃない。


 とはいえ現実から目を背けるわけにもいかないので、プロミオンは再度針路を大きく変更した。大きく重い物体は当然ながら針路変更もまた大変だから、物理的な動きは予想しやすい。まあそもそも、動くとは思っていなかったわけだが。


「セレーネの針路、変わらず。更に加速しています」

 もちろん大きいから加速はそれなりに穏やかだが、それにしてもこれは、星系外宇宙に出ようとするかのようだ。

「それから、短時間ですがガンマ線領域の高出力電磁波を計測しました」

「ガンマ線?」

「先程の、煙幕が炸裂した時です。あれは煙幕弾が起爆したのではなく、煙幕を構成する物質が高エネルギーの照射によりプラズマ化したものです」


「えっ、……じゃあ、俺たち間一髪?」

 もたもたしていたら、自分たちが煌めくプラズマと化していたかもしれない。こくりと小さくアリスが頷いた。頷きながら、アリスはセレーネを注視し更に続ける。

「工業プラントなどの複合体であれば、あのような加速に耐える構造設計ではないと思いましたが、……やはり」


 促されたレオンがスクリーンに目をやると、今まさに、セレーネの表層構造物がそこかしこで歪んで千切れ、剥がれて崩壊する様が見て取れた。大規模構造体が戦闘艦艇を脅かすほどの加速度で動いては、意図しない余計な応力が掛かるのは当りまえだ。

「おいおい、自壊してるじゃねーか」

 擦り合った火花なのか、閃光まで見える。或いは爆発も。


「もしかして、あれは……、むしろ周囲の余剰部分を自ら捨て去っているのでは?」

 その言葉にレオンは目を瞑り、セレーネの望遠映像を拡大して観察した。爆発や閃光の結果破壊されているのは錆の浮いた表層の構造物ばかりで、それらが取り払われて徐々に見えてきたのは、球形に近くより滑らかなシルエットの金属様物体だ。


 崩壊前より一回り小さいが、それでも直径八十キロメートル程度はあろうかと見える。惑星であれば赤道とされる部分には黒い帯ないしは溝があり、北半球と南半球を分けている。その言い方で続ければ、北極部分には暗色の円形があり、そこは平たんであるように見える。反対側なので見えないが、南極部分にも同じデザインが在るんじゃないかとレオンは思った。


「あ、あれがセレーネの正体か……」

 表層部分を脱ぎ捨てながら、メガストラクチャーの加速は続いている。

 プロミオンはセレーネの進行方向に対して直角に進路を取り遠ざかるので、今後は離れる一方だ。

「正体を現したからにはこちらを狙ってくるかと思いましたが、まっすぐ突き進んでいますね」

「さて、どうするか。まず、俺たちは小惑星帯でラーグリフに合流しよう」



宇宙船を含め、ある程度以上大きな、あるいは重い物体を動かすのには、ベクターコイルが使われます。

噴射口はありません。いりません。それだけに地味です。

地味ってのは致命傷になりかねませんな。ははh


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