16.熱き戦い
完全栄養食って言葉がカップ飯とかでも使われる昨今です。戦闘中のレオンでもあるまいに、そんなものを敢えて金出して購入する人が一定数います。
必要に迫られてというより食事のバリエーションとして、という側面があるのが興味深い。
とノルンが言っていました。
ラーグリフと『X』改めアパラジータを比較するなら、機動性では明らかにアパラジータに分がある。そして瞬時の判断とその実行に係る速度では、レオンという人間は戦術戦闘AIに到底かなわない。
戦いは戦闘能力の優劣のみならず、判断から実行に至る速度も重要であり、一対一の戦いでのこの速度差は致命的ですらある。そこで、レオンをコピーしたAIと、ラーグリフの戦術戦闘AIとを密連結することにした。
レオンのヒトシミュレータは既にあるので、アリスがMAYAとリアルタイム連携するのを模して接続し、その上でレオン本人が随時フィードバックして補完することにした。
「遭遇時の反応は、なかなか良かったな。グッドボタンを押しておこう」
「ちゃんと戦術面はレオンの思考を反映出来ていましたね」
アパラジータは変わらず正面にいて、こちらの出方を窺っている。おびき出された、などとは微塵も思っていないだろうし、こちらがどう動こうが、最適な対処ができる、と自負していることだろう。
そして、単独で現れたという事が、アパラジータのスタンスをある程度説明している。この際、地球側の動きがないのはレオンにとっても好都合だ。ランツフォート家としては、なにも地球と事を構えようなどとは思っていないのだから。
レオンは瞼の裏で網膜に映る艦影に向けて、
「ここで決着を着けてやるぜ」
と、わざわざ声に出して嘯いた。
「というより、チャンスは今回この一度きりでしょう」
「言い直さなくていいから。これでうまく行かなかったら、逃げる。目いっぱい逃げる」
ココは太陽系の第五惑星軌道よりも内側だ。当然、こんなところでいつまでも騒いではいられない。いまや殆どラーグリフと同化したレオンは、瞑目したまま無言で戦闘開始を号令した。
「一騎打ちだからな、前哨戦はない。いきなりクライマックスだぜ」
ラーグリフは後退を止め、アパラジータとの間合いを詰めようと前進に転じる。
「ホークアイを全方位に発射。ハルバードはパッシブリリース」
連携の成った今は必要ないのに、そういった指示を口に出した。レオンはナノマシンを通じてアリスと意思疎通をしているが、思ったことはつい声に出てしまう。まだインターフェースに慣れていないところもあるので、そこらへんは許容願いたい。
ホークアイとは、弾頭部分に複合センサーポッドを取り付けたミサイルで、戦域をランダムに飛び回って情報を収集するだけの、破壊力を持たない飛翔体だ。ラーグリフの目を補完する。恐らくほとんどは撃ち落とされてしまうだろうが、戦域の把握には大いに役に立つ。
大型対物ミサイルのハルバードは、対艦戦闘や拠点攻撃用に使用する射程距離の長いミサイルで、核融合弾頭も積める。いずれもラーグリフの修理時にランツフォート軍から補給を受けた実体弾頭で、収めるセルの規格は現在でも通用する。
ホークアイを射出すると同時に、ラーグリフは前方に向けて主砲を撃つ。彼我の距離が最大射程距離に達し、アパラジータからもラーグリフに対し強烈なビームが撃ち出される。
「応じてきたな。よーし、よし、このまま一気に行くぜ」
正面からの撃ち合いにラーグリフは息継ぎをすることなく、絶え間なく光の矢弾を叩きつけ、ジェネレータは程なく最大出力に達して、そしてそのまま出力を維持して稼働し続けた。
二隻の巨艦は光を迸らせながら徐々に近づく。
単なる撃ち合いであればほとんど互角。機動性に劣る側であるラーグリフとしては、位置取りに労する意味などないから、むしろ好都合ですらある。こんな単純極まりない、チキンレースのような戦い方をノルンは予測しただろうか。
互いのビームが互いのシールドを輝かせ、船体表層へのダメージが僅かずつ積み上がるが、どちらにもまだ直撃はない。双方向からの高エネルギー粒子の奔流は、その衝突があれば眩い光芒と共に膨大な力を解き放ち視界を奪う。
相撃ちならばシールドに頼らずとも防げる以上、攻撃こそが最大の防御になる。一個の戦闘艦艇としては破格のエネルギー投射能力を持つもの同士による、お互い手加減なしでの撃ち合いがしばらく続いた。
やがてアリスが船体温度の上昇を訴える。絶え間ない攻撃と、それに匹敵する敵方からの打撃によって、徐々に熱処理が厳しくなってきた。しかし、それはアパラジータとて同じこと。
ホークアイに搭載されたセンサーからの観測情報でも、それは裏付けられている。いや、理論上は、よりコンパクトな船体のアパラジータの方が熱的限界は低いと言える。熱量の蓄積は、船体各所に配されたセンサー感度を低下させるなど、様々な悪影響を及ぼす。
それから、これは推測でしかなかったが、たった一人の乗員であるレオンが搭乗するのは搭載艇であるプロミオンで、つまりは真空断熱の二重構造になるラーグリフに対して、アパラジータの乗員は直接の温度上昇に晒されるのではないか。
「次だ」
と、つい口に出すと、アリスが倣って、はい、と応えた。
予めリリース済みだった対物ミサイル「ハルバード」が、時間差をつけてアパラジータめがけて動き出す。直撃ならばラーグリフですら損害を被る破壊力だが、複雑な軌道を描いてなお、至近まで到達できる見込みは薄い。それでも、予め幾つかが自爆して目くらましの役割をこなし、全体としてアパラジータに負荷をかけることが出来れば上々だ。
レオンと違い、アパラジータは小細工などをしてこない。そもそも火星周辺宙域に実態を隠して潜んでいる以上、小惑星帯までを含めた広範囲に防衛設備を配置するのは難しかろう。火星上空に浮かぶメガストラクチャーなどは、廃墟かスラムかといった趣ですらあり、打ち捨てられているとしか思えない。
アパラジータの能力に自信を持つが故か、或いは不利を承知でなおラーグリフが、真正面からの戦いを挑んでくるとは予想外だったか。
レオンがまた必要もないのに指示を声に出した。
「排水開始」
ラーグリフの船体下部には、資材或いは星系サンプル等を運ぶためのコンテナブロックがある。そこに今は蓄熱溶媒液が大量に格納されて、ラーグリフ船体に掛かる熱負荷を軽減する為に余剰熱量を溜め込んでいる。
溜め込んだ熱量は、レオンの指示により液体の蒸散と共に周囲の宇宙空間に放出され、ラーグリフを取り巻く光のヴェールとなって拡散した。この効果で蒸気と共に余剰熱が放散され、ラーグリフは全力での砲撃を続行した。予めこういった戦い方を想定して、レオンは重量増加を許容しておいたのだ。
砲撃を絶やさず徐々に前進するラーグリフに対して、ある時点でアパラジータは停止し、そして後退を始めた。いまだ双方ともに直撃弾はないが、お互いに表面装甲は傷つき、爛れて、やはり排熱が苦しい可能性は高い。
この宙域に漂う岩塊を戦術的に利用するなら、機動性に勝るアパラジータが有利だ。そうなる前にダメージを与えようとラーグリフは前進加速し、対してアパラジータは後退しつつ岩礁宙域に近づく。
「やはり岩を利用しようとするな。よし、残り全弾突入。一気に行くぞ」
言わなくとも指示は伝わるが、ハルバードはリリース済みの全弾がアパラジータへと向かってロケットモーターを起動する。そして、それとは別に岩礁宙域からアパラジータの船尾に向けて幾つもの光弾が突き刺さった。
一種の飽和攻撃で、これもやはりアパラジータに直撃することまでは期待していない。使われたのは、多目的ポッドという名の元フリゲート艦そのもの。五個のポッドはそれぞれにビームを撃ち出しながら、光溢れる標的に向けて大きく加速した。
死角となる岩陰に潜んでいた五個の船体は、自らを顧みずアパラジータに向けて吸い込まれるように突撃する。追加のロケットブースターは初動の加速を助け、そのまま切り離されてデコイとして飛んでいく。
不要なものを大胆に撤去した船体はパトロール艇としての現役時より大幅に軽量化され、艦艇としてはもともと高い加速力を更に上積みする。アパラジータといえど、高熱に浸されてはそのステルス性能を維持できないばかりか、観測能力の低下も甚だしい。
数拍後に大きな火球が三個出現し、直後にアパラジータそのものが揺さぶられた。
ラーグリフからのビームはいまだに一つも直撃せず、ハルバードも至近で爆発したものはない。しかし多目的ポッドの一つが撃破されつつも、その船体の破片がアパラジータの左翼にかじりつくように食い込んだ。その大きな運動エネルギーの直撃がアパラジータの巨体を揺らして、一時的にラーグリフを狙う光の矢が途切れた。
「やった!」
まだ生き残っていた観測ポッドから、その破損状況が刻一刻と伝えられてくる。アパラジータの左翼には、後方船底側からフリゲート艦の船体の一部が思いっきり食い込んでいた。
爆発はないが、むしろ余計な質量を抱えたままではバランスが崩れて厄介だろう。この状況となれば、ラーグリフのビームがアパラジータのシールドを貫く可能性も大きく高まる。
「彼女から、催促とお叱りの言葉が来ています」
「さっさと俺を始末しろ、ってか」
「はっきりとお断りしたのですけれどね」
今まさに距離が縮まり、クラス五十ビーム砲の「有効」射程距離に差し掛かるところだ。
ラーグリフは排熱の一助のためにベクターコイルの出力を絞りつつも、アフターバーナーを全開にして前進加速を続ける。
アフターバーナーは余剰熱エネルギーの再利用であり排熱を促すことが出来るが、基本的に前進時にしか使用できない。アパラジータが当初のプラン通りに建造されているなら、ほとんどの外宇宙航行型艦艇がそうであるように、後退時にはアフターバーナーを利用できず、排熱事情は益々不利になる。
とまあ、そういう状況に持ち込んだ。
「ラーグリフを手に入れたい、情報を得たい、破壊したくない、という目的自体がある意味弱点だよな」
「あくどいレオンに付け込まれてしまいましたね」
「ひとこと余計だぞ」
ラーグリフは攻撃を継続し、前進して距離を詰め、アパラジータの撃破を目論む。確保できれば最良だが、まだまだ手加減などできるような状況じゃない。オーバーヒートを狙うにしても、ここでもう一押し、たたみ掛けて戦術的勝利を得る必要があるだろう。
突然に、アパラジータからの砲撃が止んだ。そして対ビームシールドを前面に多重展開して、加えて大型の飛翔体を多数射出してきた。
「アパラジータが後退します」
やはり、先に熱的限界に達したのはあちらさんだ。とはいえ、こちらもすぐに追いかけるだけの余裕は無い。さまざまに排熱対策を用意したラーグリフも熱的限界に近づいていて、砲撃を続けたままメインベクターコイルの出力を上げるわけにはいかなかった。
かといって迫りくる実体弾頭を放ってはおけない。ミサイルをリリースしたアパラジータは、その後急速に後退速度を上げて距離を取り始める。
「やっぱり、不利とみる判断も動きも早いな」
アパラジータは岩の陰に隠れて向きを変え、こちらに背をむけ大きく加速する。レオンは即座に追撃に移ろうとするも、残念ながら、再び射程内に捉えることは難しそうだ。
「現状のラーグリフでは追いきれません」
「そうだな。んじゃ、どこへ逃げようとしているのか、教えてもらうとしよう」
レオンは戦闘態勢の解除と加速停止を指示して、久しぶりに目を開けた。
「プロミオンで追いかけるぜ」
ラーグリフには残存する唯一の多目的ポッドを回収してからの退避を指示し、レオン自身はプロミオンを分離して、遠ざかりつつあるアパラジータの追跡へと向かった。
宇宙では熱の制御が大きな問題です。
子供のころは、宇宙船の中の暖房器具って物凄いんだろうな、なんて心配したものですw