14.歓迎されざる来訪者
歴史に興味はなくとも、人類域内の誰もが太陽系とその惑星の名前くらいは憶えています。
初等科教育で必ず教わることになる、一番有名な恒星系です。
それが一番メジャーな観光地たる所以でしょうね。
「俺、実を言うと、太陽系に来たのはこれが初めてなんだよね」
「そーですか。良かったですね」
何が良いのかよくわからないが、アリスはいかにも関心なさそうに相槌を打った。
「折角だから地球にも行ってみたいけどなー」
今回の任務内容からして、地球に近づくわけにはいかないのだが。
地球は、人類域の中でも指折りの人気観光スポットだ。歴史好きでなくとも、一度は行ってみたいと言う人は多い。いまどき有名な観光地はたいてい精緻なバーチャル体験ができるよう作られてはいるが、現地を訪れることの価値はやはりある。
「いま、地球は太陽を挟んで火星のほぼ反対側に位置しているようです」
「火星に向かうにはむしろ都合が良い、ってことか」
地球に近づけば人の目が多いことは明らかなので、ラーグリフは月より小さな準惑星の軌道より内側へ侵入する際には、太陽に隠れるようにして、また他の惑星にもなるべく近づかないようルートを細かく刻んだ。そして、木星と呼ばれるガス惑星の軌道を超えてから、火星の公転軌道との間にある小惑星帯の中へと紛れ込んだ。
「隠れて火星に近づくには、おあつらえ向きな遮蔽物だな」
「ほんとうに。しばらくはここから観察しましょう」
ラーグリフ自身は小惑星の陰に隠れ、観測用のセンサーポッドを周囲の宙域へと射出する。ついでに、ローレンスから提供してもらった大型の多目的ポッドを、試運転も兼ねてリリースした。
レオンはグロリアステラなどに搭載されている護衛のガンシップシステムを頂戴できぬものかと要望したが、あいにくローレンスが差配できるストックが無かった。そこで、代わりにと提供されたのは除籍されたばかりのキルケニー級フリゲート艦五隻だ。
部隊編成から外れて解体待ち行列に並んでいた中古艦艇だが、基本的に星系内宇宙でのパトロール任務ばかりで目立った損傷もなく、対消滅反応炉も含めて状態は比較的良好だった。それらから、無人となることで不要になる機材を撤去して、ソフトウェアのバージョンを揃えてラーグリフの隷下に加えた。
全長百メートルほどの「多目的ポッド」は、五隻ともラーグリフの船体中央下部コンテナに納まって運ばれる。武装は現役時と同じだが、消耗品としての扱いなのでリミッターも外されて、耐久性を捨てた分だけ限界性能は上かもしれない。
「大きなお友達、気に入ってくれたかな?」
「その言い方はやめてください。それぞれ呼称を決めようと思います」
まだ名前のない多目的ポッドたちは、それぞれが適当に間隔を取り周辺宙域に散らばっていく。
「じゃあ、赤、青、黄、緑、桃、ってのはどうだ?」
「どういうわけか、気が合いますね」
それはともかく。
怪しいと睨んだ火星に何かがあるのかどうか。
レオンはただ観察するだけでなく、MAYAの能力を最大限に活用して火星とその関連施設へのクラッキングを敢行した。そうして分かったのは、何とも奇妙なことに、火星とその周辺設備のセキュリティの強固さだ。
MAYAが手を尽くして丸二日を掛けても、付け入る隙が見出せなかった。
やっと見つけた幾つかのセキュリティホールへのアクセスも、すぐに検知されて機動的に防がれた。火星とその周辺域全体が、一貫した防御体制のもとに完全にコントロールされている。
「老朽化したメガストラクチャの末端までしっかり防御している。これはむしろ、当たりだろうな」
「そう思います。絶対、何かを隠していますよね」
それでもまだ、何が隠されているのかは不明のままだ。なにかしら別のアプローチが求められるだろう。これ迄の観察においては、あらかじめ判明している定期便の他には全く火星エリアへの出入りはない。そもそも活動人口が少ないようだが、目立った動きは全く見られない。
進展のないクラッキングの手を止めて、五隻の多目的ポッドの動作テストを進めると、これがレオンの思考にうまく反応して動かせることを難なく確認できた。電子的アプローチに反応がないなら、これら使い捨てポッドを用いて物理的アプローチを検討すべきかとレオンは考えた。
「なにかトラブルでも起こしてみようか」
「いかにも怪しまれますよ。……っと、そんな必要は無さそうです」
MAYAがとあるアクセスを検知したことを伝えてくる。それは、ラーグリフよりも上位の指揮権限からの指示確認で、ラーグリフは自動的に待ち状態であることを示すステータスを返した。
メインスクリーンには、OKボタンしかないダイアログが再び明滅する。
ビンゴ。
これはつまり、『X』がラーグリフに対してアクセスしてきた事に他ならない。
「見つけた。……っていうか、見つかった、な。放っておいた指令を利用されちまったか」
クラッキングを仕掛けているからには、怪しまれるのは当たり前で、見つかるのは時間の問題でしかなかったが、それまでにある程度の情報なり証拠なりを得たいところではあった。
「見つかりましたね。各観測ポッドとの光通信を確立するよう、位置取りを調整します」
観測ポッドたちはパッシブモードに移行して、ラーグリフとは一対一の直接光通信のみを行う。ラーグリフは着底していた小惑星からじわりと離れて、ビーム偏向拡散シールドを全面展開した。しかし、各観測ポッドの全球光学センサデータを統合しても、認識できるのは大小の岩塊ばかりだ。
「今のところ何も見当たりませんね。こちらと同様、活動量が増加しているはずですが」
「んじゃ、さっきまでいた岩の向こう側、太陽の方向じゃないか?」
レオンがメインスクリーンの端に映るソレを指さした途端、その岩が鮮烈な光と共に爆散した。
小惑星にも様々あり、ついさっきまで着底していた岩は、岩というより砂礫の集まりに近い。岩石惑星の破片ではなくて、この軌道周辺の塵芥が気の遠くなる年月の末に寄り集まってできたものであろう。
「ビームで迎……」
と言い出した時にはその通り、ラーグリフは全力でビームを発射し、襲い来る砂礫を塵にして吹き飛ばした。のみならず、岩のその向こうへと幾つもの光の束が伸びて、そしてきらめいた。
「いい感じで伝わってんな。ばっちりだ」
目を閉じて意志の伝達と戦況を確認していたレオンは、ラーグリフが前方シールドの出力を上げて後退し始めたのを確認して、目を開けた。アリスが少しだけレオンに微笑んでから、メインスクリーンを睨みつける。岩塊は文字通り蒸散し、光の束が消え去った後にはぽっかりと開けた闇があり、ずっと奥には太陽が輝いている。
そしてそこには、揺らめく主星の光を背にした『X』がいた。
あまりに完璧に隠すとかえって怪しいというか、一見アリバイが完ぺきな奴ほど怪しいというか。
そういうパターンありますよね。ありますよね?