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12.テラへ


地球のことをアースと呼んでいません。

様々な分野でその単語は使われているということと、地球が観光立国としてのイメージ確立にあえて古い言葉を活用しているからです。


 

 ヤシマから式典のために来訪していた使節団と前後してグラハムは惑星ノアを去ったが、『X』への対処のためにレオンと連携するローレンスは、しばらく此処に留まることになった。そして本日は、レオンからローレンスの執務室を訪れてみたところ、アポイントを取るまでもなくそのまま招き入れられた。


 レオンが太陽系へと向かう間、気がかりなのは惑星ノア、とりわけメルファリアの安全確保だ。レオンは『X』が太陽系にいると睨んではいるものの、ラーグリフが不在となる間に行き違いとなり、アルラト星系にまた侵入されてはたまらない。


 だから彼女の安全確保をローレンスに改めてお願いしたが、『X』に対抗できるだけの艦隊戦力の駐留は承諾されなかった。

「貴様に言われなくとも、メルファの安全は確保するつもりだ。だがな、一個艦隊をいきなり遣すのはちと難しい。無人の駆逐艦とはワケが違う」


 一個艦隊は言いすぎだったかもしれない。けれどローレンスもノーとは言わないあたりからして、レオンと考え方はあまり違わないと思う。

「要は貴様が『X』を捕捉できるかどうかにかかっているわけだが」

「あちらとしてもラーグリフにウロウロされるのは嫌でしょうから、お互い引き合うんじゃないですか」

「いずれ対決は避けられぬもの、と思うのだな?」


 そう思うからこそレオンは、アルラト星系を離れて『X』の所在を突き止めたいと思っている。ラーグリフの修理中に『X』が再び惑星ノアを狙える位置に現れたりしたら最悪だから、出来るだけ早く修理を完了し、アルラト星系以外のところで再会したいと考えた。


「貴様、だから自分から地球へ行くと言い出したのか。勝算よりも先に決めたな?」

「はい。……申し訳ありません」

「咎めんよ、今回はな。むしろ後押ししてやろう」


 そう言うと、強面に微妙な笑顔を浮かべてローレンスは立ち上がり、控室へと通じる扉を開けた。促されて、おずおずと扉の向こうから姿を現したのはメルファリアだ。

「少し席を外したら、レオンがいらして、そのまま何となく、入りづらくなってしまいました……」


 申し訳なさそうにするメルファリアに、むしろレオンはときめいたし、そして逆に申し訳なくなった。

「メルファさん、いらしてたんですね。割り込んでしまったみたいですみません」

 レオンは立ち上がって笑顔を向けたが、スタスタと近づいてきたメルファリアに逆に戸惑った。淡い桜色のシンプルなワンピースに若葉色のカーディガンを羽織った姿はまさにお嬢様然としていて、軍制服姿のローレンスと比べては、違和感を感じるほどに尊く見えた。


「レオン、必ず戻ってきてください。これは絶対に従わねばならない命令ですよ。わかりましたね」

「は、はい」

「わたくしにも、いつも無茶な命令を下しているという自覚はありますが、変えようとは思いません。それから、これは命令ではありませんが、戻ってきたら、……ええと、また、わたくしの焼いたアップルパイを食べてくれますか?」

「え、……はい! 必ず戻ってきます。そして食べます」


 すぐ目の前に憧れの女性がいた。そして、何ら障壁となる物もなかった。レオンは一歩近づいてメルファリアを優しく抱擁して、目を閉じてかすかな香りを感じると、頭が真っ白になった。

「いってきます」

「ご武運を」

 メルファリアの手がそっとレオンの背中に添えられた。


「ほお。メルファの焼いたアップルパイか。それはうらやましいな」

 ローレンスには、メルファリアの焼いた菓子を賞味する機会などこれまで一度たりともなかった。嫌味でもなんでもなく、本当に羨ましかったのだ。

 別に大きな声ではなかったが、静まり返った執務室を満たすには十分だった。


 §


「あの場で招き入れられるとは、少々驚きましたが」

「嫌だったか?」

「いいえ、嫌じゃないんです。そんな自分に驚きました」

 メルファリアが微笑んでいる。そうするとローレンスの強面も緩んでくるのだ。

「そうか。おかげでレオンはヤル気MAXだな。むしろ張り切りすぎないか心配になるぞ」


「わたくしも張り切ってアップルパイを焼こうと思います。美味しい、って言われると嬉しいものですね」

「それなんだがな、俺にも少しくらい分けてくれんか?」

「それは兄様の頑張り次第ですわ」

 ローレンスは断られやしないかと内心ひやひやしたが、メルファリアは相変わらず微笑んで楽しそうに答えた。


「ようし、がんばるぞ」

「棒読みですね」

「なあに、照れ隠しさ。おれは、レオンほどには素直になれんな」

 兄妹二人が屈託ない笑顔を見せあった絶妙な頃合いで、ロイド少尉が薫香をまといながらカップを二つ運んできた。ひとつはやや大きなマグカップ、もうひとつは来客用の白磁で、こちらは皿に乗せられて。


 いつものように無言のままカップを置くロイド少尉に、メルファリアに促されてローレンスが声を掛けた。

「ケイトも一緒にどうだ? メルファがガレットを持参してくれてな」

「私も? ……よろしいのでしょうか?」

「ええもちろんです。貴女の仕事ぶりと美味しい珈琲に感謝しています」



 ローレンスの執務室を辞したレオンは、足取り軽くプロミオンの係留場へと向かった。もういっそスキップしちゃおうかと思ったが、周りの目もゼロではないのでそれは自重した。

「ずいぶん楽しそうですね、何か良い事でもありましたか?」

「ん? いやべつに」

「メルファリア様と同じ香りですが」

「気のせいじゃない?」

「そうですか、別の女の香りですか。そーおですか」

 アリスのセンサーが感知したデータの分析から、それはメルファリアのものと既に断定しているが。

「いやいや、何言ってんの?」

 出迎えたアリスにからかわれても、それでもなおレオンは上機嫌のままプロミオンに乗り込んだ。


 §


 ローレンスの尽力もあり、ラーグリフの修理は予定を大幅に前倒して進捗し、そして大過なく完了した。

 MAYAにより自律航行が可能な探査船は、乗組員を待つまでもなくドックを出て、今はもう試運転を兼ねてこちらへ向かっている。修理のついでに不調をきたしていた砲座の交換なども行われて、それらの動作確認や照準の微調整なども実施中だ。


「『X』がまた現れる前にラーグリフの準備が整って良かったよ」

「あとは私たちが乗り込んでの最終確認だけですものね」


 ラーグリフが収集した『X』のプロファイルデータはブラックボックス化されてランツフォート軍全体に共有化され、その動向は最優先で追跡されることになっている。しかしそれでも、ポイントα近傍で矛盾しない観測データが一度だけ測定されて、それ以降は音沙汰がない。とはいえ危機が過ぎ去ったわけでもなく、レオンたちは速やかにプロミオンをラーグリフに収納させた。


「ところで。惑星ノアの空気を載せたんだって?」

「はい。ラーグリフに搭載されていたのは建造当時のデルフィのものでした。これを学術調査用に提供して、かわりに惑星ノアで採取した空気を載せた次第です」


 ラーグリフが船内での乗員の活動のために搭載していた空気は、圧縮されてそのままで百年以上が過ぎていた。レオンが管理者となった後も、一度もラーグリフ内に移動していないので未使用のままだ。これを現在のデルフィの大気組成と比較分析するためにと提供したわけだが、新しい空気に換えた方が気分も良いという判断でもあった。

「そこら辺のチェックも俺たちの仕事か」

「そーなります」


 レオン一人にとっては、全長二百五十メートル程度の搭載艇プロミオンだけでも十分に広い。ラーグリフの隅々まで自らチェックするのは願い下げなので、最低限、プロミオンからラーグリフの航行艦橋までの通路と周辺設備に限って環境を整えることにした。たかがそれだけの、その道のりだって千メートル以上ある。

「まあ、太陽系に着くまでには一度行ってみようか」

「忘れないようにしてくださいね」


 ラーグリフに修理がなされ、整備と清掃が行われても、プロミオンの中にいる限りでは変化を感じない。レオンは修理報告、補充された物資や更新されたソフトウェア等を確認して、太陽系へのフライトプランを承認した。


 誰に見送られるでもなく、元銀河系探査船はレオンとアリスの二人だけを乗せて、静かにアルラト星系を後にする。


 今これから向かうのは太陽系、実はレオンにとっては初めての訪問となる。



地球観光とは、二十一世紀で例えるならピラミッドを見に行くようなものでしょうか。

誰もが知っていても、誰もがみな訪れるわけではないです。


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