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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛(短編)シリーズ

力のない大聖女で悪かったわね!

 「大聖女」ネタの習作です。

 テンプレネタを書こうとしても、なんか脇にそれていく気がするのは何故だろう。







 伯爵令嬢として生まれ落ちた私の、記念すべき十三歳の誕生日。私は朝から高熱で倒れた。


 薄れゆく意識の中で、私は『ようやく今日から社交界に出られるのに!』と悔しさで胸が一杯だった。


 ふと気が付くと、朝の凍える空気で冷え込んだ部屋の中、私はベッドに寝かされていた。


 体中が汗で気持ち悪い。


 ベッドサイドのハンドベルを鳴らすと、しばらくして侍女たちが姿を見せる。


「ゲルダお嬢様、お目覚めですか」


「うん、汗を拭いてくれるかしら。それと着替えを」


 服を脱いで汗を拭いてもらっていると、侍女の一人が私の胸を見つめていた。


 彼女が手に持つ濡れタオルが、私の心臓の上を何度もこすっていく。


「……ゲルダお嬢様、胸に痣がおできになっております」


「え、やだ?!」


 慌てて自分の胸を見下ろしてみるが、首の下あたりにあるそれを、自分でハッキリと見ることはできなかった。


 侍女が差し出す手鏡で、ようやく自分の胸元を確認すると、そこには小さな星型の痣が浮かび上がっていた。


 きれいな五芒星の幾何学模様、まるでペイントしたかのようなそれは、何度タオルでこすっても落ちる様子がなかった。


「……何かの病気かしら」


「いえ、これは大聖女の証かもしれません」


「大聖女? なによ、それ」


 首を傾げる私を、侍女たちは複雑な表情で見つめていた。





****


 私は一週間ほど寝込んでいたらしい。


 楽しみにしていた誕生日を祝う夜会もキャンセル、おまけに胸に痣ができるなんて、私の人生はツイてない。


 私がベッドで静養しながらその日を過ごしていると、午後になってお父様が一人の年老いた司祭様を連れて部屋に入ってきた。


「お父様? そちらはどなた?」


 優しい微笑みを浮かべるお父様が、穏やかに告げる。


「クロイツェル卿だよ。お前の痣について教えてくれる人だ」


 この痣に、意味があるの? 大聖女の証って奴かな。


 私が首を傾げていると、ベッドサイドにクロイツェル卿が腰を下ろし、静かに告げる。


「君がゲルダ嬢だね。私はエルンスト・クロイツェル伯爵。この国で最高司祭を務めている。

 その胸に浮かんだ痣について説明するが、心の準備はできているかな?」


 準備って、どういう意味だろう?


 私はおずおずと頷いた。


 クロイツェル卿が穏やかな微笑みで頷いて告げる。


「では説明しよう。

 その痣は『大聖女の証』だ。

 君は、この国の聖女についてどれだけ知っているかな?」


 それくらい、伯爵令嬢として教養を修めた私には常識の一つだ。


 聖女はこの国を災いから守り、聖神スィーディウ様の信徒に癒しを与える存在と言われている。


 毎日神殿で聖玉に祈りを捧げ、この国を守る力にしていると言われていた。


 私の説明に、クロイツェル卿がゆっくりと頷いた。


「そう、聖女はそのような存在だ。

 だが数百年に一度、聖女より大きな力を与えられる『大聖女』が現れると言われている。

 その証が、胸に浮かぶ五芒星の痣だ」


 私は自分のネグリジェの下を覗き込み、うっすら見える胸の痣を見下ろした――手鏡で見た時、確かにこれは五芒星だった。


 クロイツェル卿の顔を見て、私は告げる。


「大聖女は、聖女とは違うんですか?」


「詳しいことは、私も分からない。

 今は伝承を漁らせている最中だ。

 だがこれまで現れた大聖女は、救国の奇跡を見せたと伝承にある」


「なんだか、すごい力を持ってるんですね」


 クロイツェル卿が頷いた。


「そして聖女と同じく、大聖女もまた、我ら聖教会の管理下に入ってもらうことになる。

 つまり君はこの家を離れ、我々の神殿に住んでもらうことになる。

 身分も伯爵令嬢から聖職者、大聖女へと変わる」


「えっ?! 私、伯爵令嬢じゃなくなるんですか?!」


 まだ一度も夜会に参加したこともないのに?! せっかくあつらえたドレス、一度も使ってないよ?!


 クロイツェル卿が困ったような微笑みで告げる。


「それがこの国の法律だ、諦めて欲しい。


「そんな……お父様! 私はどうしたらよいのですか?!」


 お父様は、悲しそうな微笑みで私に告げる。


「聖女は並の伯爵位より高い身分を持つ。

 大聖女であれば、おそらくもっと高い身分を保証してもらえるだろう。

 お前が手元を離れるのは寂しいが、法とあれば仕方がないんだ」


 どうやらお父様の力では守ってもらえないらしい。


 私はがっくりと肩を落としてクロイツェル卿に告げる。


「わかりました。応じます」


 クロイツェル卿が私の肩に手を置いて応える。


「すまないね、では君の体力が回復する三日後、改めて迎えを寄越そう。

 それまでしっかりと、身体を休めておきなさい」


 そのままクロイツェル卿は私の部屋を立ち去っていった。


 代わりにお父様が私の身体を強く抱きしめ、残った時間を惜しむように私に告げる。


「ゲルダ、しっかりとやるんだよ」


「はい、お父様。お任せください。アンムート伯爵家の令嬢として恥ずかしくない姿に、必ずなってみせます」



 こうして私はアンムート伯爵家の令嬢から、大聖女になったのだった。





****


 あれから四年の月日が流れた。


「ゲルダ! これも洗っておいて!」


 汚れた衣服が私の顔に投げつけられる。


 頭でキャッチしたそれを、私は両手でずり降ろして抱え込み、返事をする。


「はい、わかりましたマティルデさん」


「『様』をつけなさいよ、この欠陥大聖女!」


 私は悔しさをぐっとこらえて、もう一度口を開く。


「……はい、わかりました聖女マティルデ様」


 マティルデは満足気にニヤリと微笑むと、真っ白な聖女の法衣を翻して廊下の向こうへ歩いて行った。


 私はため息をつきながら、投げつけられた汗臭い肌着を持って、洗い場へ向かう。


 途中で他の聖女たちからも、洗い物を預けられていく。


 洗い場に付いた時には両手で抱えるほどの汚れ物を持っていた。


「……ちゃっちゃと洗っちゃおうか!」


 私はいつものように、洗い桶に水を汲んで、足踏み洗いを開始した。



 大聖女ゲルダ――私を指す名前であり、皆の嘲笑の対象だった。


 名前だけは立派だけど、聖女の持つ『癒しの奇跡』も、『聖玉への祈り』の力もない。


 着ている聖女の法衣から覗く五芒星の痣だけが、私を大聖女と認める唯一のものだった。


 聖女の務めを何一つ果たせない私は、神殿で雑用係に明け暮れている。


 そんな四年間を過ごしながら、私はいつしか諦めの境地に達していた。


 ――あーあ、伯爵令嬢だったら、今頃婚姻しててもおかしくないのにな。


 力を持っていなくても、この大聖女の証である五芒星を持つ限り、私の身分は神殿預かりの聖職者。


 この国で聖職者に婚姻は認められてない。


 逃げ出したくても、監視が厳しくて逃げる隙もなかった。



 足踏み洗いをしながら、私はそっと自分の手を見る。


 雑用で手先も荒れ、髪の毛も手入れができてなくてパサパサだ。


 侍女たちに手入れをしてもらっていたころの面影なんて、まるで残ってない。


 『アンムート伯爵家の令嬢として恥ずかしくない姿』か。こんな姿をお父様が見たら、きっと落胆されるだろう。


 気分が落ち込みかけたところで気合を入れ直し、私は衣類を踏む足に力を込めた。


 ――せめて、気持ちだけでも前向きに!


 ガッツポーズを取る私の後頭部に、新しい汚れものが投げつけられた。


「ゲルダ! それもよろしくね!」


「……はい、かしこまりました」


 新しい衣類を桶に加え、私は気合を込めて足で踏んでいった。





****


 一日の仕事が終わり、私は自分の部屋に戻っていく。


 粗末なベッドだけがある、埃っぽい小さな部屋――これでも個室があるだけ、使用人よりマシだろう。


 大聖女が使用人と一緒に雑魚寝なんて、さすがに神殿のメンツが許さないらしい。


 それならもう少しまともな部屋を用意してくれても、いいんじゃないかな。


 私は疲れ切った身体をベッドに横たえ、薄い毛布をかぶった。


 みんなの衣類を洗うので精一杯で、自分の法衣を洗う時間もない。


 おかげで私は薄汚れた灰色の法衣を着ているので、どこに居てもすぐに目立っていた。


 こんな大聖女に、なんの価値があるのか。


 私は枕を涙で濡らしながら、ゆっくりと目をつぶり眠りについた。





「敵襲! 敵襲!」


 走り回る兵士たちの声で、私は眠りから引き戻された。


 ……敵襲?


 重たい身体でなんとか起き上がり、乱れた法衣を整えてベッドを降りる。


 扉に耳を付けて外の気配を伺うと、廊下を何人もの人間が走り回っているようだった。


 ……兵士が、走り回ってるの?


 そっと扉を開けて外の様子を窺う――その扉の隙間に、男性の手が差し込まれた。


 驚いている私の前で、乱暴に扉が開かれる――見たことのない鎧?!


 目の前の兵士の視線が、私の胸のところでとまる。


 そのまま兵士は大きな声で「みつけたぞ! 大聖女だ!」と叫んだ。


 私は訳が分からず、兵士の嬉しそうな顔を見つめていた。





****


 私は二人の兵士に両腕を拘束され、神殿の外に連れ出された。


 途中で切り伏せられた何人もの、神殿の兵士や使用人たちのむくろを見た。


 こんな乱暴なこと、なんで平気な顔でできるんだろう。


 怯えながら連れていかれた先には、他の怯える聖女たちの姿。


 その聖女たちを、物色するように眺める一人の男性――豪華な鎧を身にまとった、若い青年。どこかの貴族かな。


 私を連れてきた兵士が、大きな声で告げる。


「陛下! 大聖女を発見しました!」


 若い青年がこちらに振り向き、私の胸元の痣を見つめた。


「よし、これで目的は果たしたな。

 ――他に聖女が隠れていないか、しらみつぶしに探せ!

 一人残らず連れて帰るぞ!」


 遠くから兵士たちが応じる声が聞こえる。


 私は近づいてくる若い青年に尋ねる。


「あなたは誰? なんでこんなひどいことをするの?!」


 若い青年がニヤリと笑った。


「俺か? 俺はルーファス・ケイン・ナハトツァーン。

 ナハトツァーン王国の国王だ、と言っても、学のない貴様らではわかるまい。

 隣国の王と考えておけ」


 私はむっとしながら応える。


「ナハトツァーン王国ぐらい、わかるわよ!

 このリヒトマウアー王国とは同盟国じゃない!

 なんで同盟国が、兵士を連れて神殿を襲ってるのよ!」


 二代前の国王の時代、二国間で同盟が結ばれたと勉強した。


 同盟国に攻め入るのは軍事協定違反、重大な罪だ。


 若い青年――ルーファスが私を物色するように眺めていった。


「ほう? お前は平民出身ではないのか? 聖女は平民の出自ばかりだと聞いたが」


「私はアンムート伯爵家の生まれよ! 基礎教養くらいは身に着けてるわ!」


 正直に言えば、周囲に居る兵士たちが恐ろしくて仕方がない。


 震える身体と恐怖心を、大きな声でごまかし続けた。


 ルーファスが私の手を取り、手のひらを見ながら告げる。


「その高貴な身分の割に、お前はずいぶんと手が荒れているな」


「ほっといて頂戴!」


 何が楽しいのか、ルーファスは笑いをこぼしながら告げる。


「ククク……威勢がいいな。さすがは大聖女と言ったところか?」


 嫌味のように聞こえるそれに反論したいのを、私はぐっと我慢した。


 兵士や使用人は殺されていた。私が聖女の力を持っていないとわかったら、きっと同じように殺されてしまう。


 今この場をやり過ごすためなら、屈辱くらい飲み込んで見せる。


 私が睨み付けていると、ルーファスが満足気に頷いた。


「――気に入った、お前は特別に可愛がってやろう」


 ――可愛がるって何?!


 悪寒が背筋を走る。


 私の手の震えが伝わったのか、ルーファスが楽し気に告げる。


「そう怖がる必要はない。大聖女に手出しはせん」


 私の後ろからやってきた兵士が声を上げる。


「神殿内の捜索が完了しました!

 聖女はこれで全てです!」


 ルーファスが頷いた。


「よかろう――撤収する!

 聖女はおりに詰めて運べ!

 大聖女は俺の馬車に乗せろ!」


 訳が分からないまま、私たちは兵士たちに馬車のある方へ連行されて行った。





****


 大きく立派な馬車の中で、私はルーファスと二人きりで乗せられていた。


 夜闇を進む馬車の中で、私は馬車の隅に身を寄せていた。


 ルーファスは足を組んで窓枠に肘をつき、窓の外を眺めながら、何かを考えているようだった。


 ……なんで隣国が神殿を襲ったんだろう。


 『聖女を全員連れていく』って、なにがしたいの?


 聞いてみたい、けど聞くのが怖かった。


 それでも好奇心を抑えられず、私はおずおずと口を開く。


「……何が目的なの?」


 ルーファスが目だけをこちらに向けて応える。


「それを聞いてどうする?」


「なにが起こってるか分からない。だから知りたい――それじゃ不満?」


 ルーファスがニヤリと笑って応える。


「お前、俺のことは知っているか?

 伯爵家の出自なら、噂話くらいは聞いてるだろう」


 ルーファス・ケイン・ナハトツァーン。


 確かナハトツァーン王国の第一王位継承者。


 冷徹な軍略家で武勇に優れた軍人。


 今年で二十五じゃなかったかな。


 次代の王として、国王からも期待されてる俊英とは聞いていた。


 私の言葉に、ルーファスは満足気に頷いた。


「伯爵家の出というのは嘘じゃないらしいな。

 隣国の王族をそこまで知っているのは、さすがと言っておこう」


「でもさっき、あなたは自分を国王だって言ってなかった?!

 ナハトツァーン王はどうしたのよ?!」


 ルーファスが小さく息をついた。


「父上は戦死したよ。俺はその後を継いだ。当たり前の話だろう?」


「戦死って、どこと戦争をしたのよ?!」


 ルーファスが窓の外を見て、退屈そうにため息をついた。


「この国、リヒトマウアーとだ。

 リヒトマウアーは三か月前、突然同盟を破棄して攻め込んできた。

 父上は怒り、軍を指揮して自ら迎撃に出た。

 だが父上は少々、年を食い過ぎたようだ。

 判断を誤り戦死し、我が軍は追い込まれた」


「――それがどうして、こうして神殿を襲ってるのよ?!」


 ルーファスが私を見て、楽しそうに微笑んだ。


「俺が代わりに軍を指揮した。迎撃し、反攻し、逆にこの国に攻め入った。

 そしてこうして神殿を襲い、お前たち聖女の身柄を拘束している。

 リヒトマウアーにとって聖女は生命線。なくてはならない存在だ。

 これで少しは、己の愚かな行いを反省するだろう」


 ――王が戦死して三か月で、そこまで形勢を逆転したというの?!


 いくら優れた才能を持った軍人だからって、限度があるんじゃない?!


 私は内心で怯えながら、ルーファスに告げる。


「……私たちを、どうするつもり?」


「そうだな……身代金が払われるまで、使用人として飼い殺す。

 我が国にスィーディウの聖女などが居ても、何の価値もないからな」


 ナハトツァーンは別の神を信仰する国、聖神スィーディウ様に仕える聖女なんて、用がないってことなのね。


 他国に連れ去られてまで使用人生活なのか。


 でも他の聖女も同じ身分なら、少しは気が楽かな。


 私が落胆と安堵の入り混じったため息を漏らしていると、ルーファスがクスクスと笑みをこぼした。


「なにを勘違いしている? 今のは聖女の話。大聖女であるお前には、別の待遇を与えてやろう。

 ――お前の名前を教えろ、大聖女」


 私をどうするつもりなの?! 何を考えてるのか、さっぱりわからない!


 私は怯えを押し隠しながら応える。


「……ゲルダ。ゲルダ・アンムートよ」


「そうかゲルダ。お前は俺の妃にしてやる。

 リヒトマウアーには返してやらん。

 大聖女を奪われたこの国がどうなるか、見ものだな」


「――は?!」


 私が思わず間抜けな声を出すと、ルーファスは楽しそうに目を細めた。


 私は真っ白になった頭で、彼の整った顔をただ見つめていた。





****


 私たちを連れたナハトツァーンの部隊が王宮に到着した。


 ここまで私には、きちんとした食事と寝床が与えられ、ひどい仕打ちも受けなかった。


 ルーファスはいつも目を細めて楽しそうに私を眺めるだけで、多くを語ることもない。


 ……でも、本気で私を妃にするつもりなのかな?


 私をからかって遊んでるだけにしか思えない。


 馬車から先にルーファスが降りて、私に手を差し伸べた。


「ほら、手を取れゲルダ」


 私はおずおずと、差し出された手を取って馬車を降りる。


 ルーファスが王宮に向かって歩いて行くのを、私は黙って見つめていた。


 この一歩を踏み出すのが、なぜか恐ろしかった。


 ルーファスがこちらに振り返り、ニヤリと微笑んで告げる。


「何をしている? こっちだ、付いて来い」


 こちらに戻ってきたルーファスが、私の肩を抱いて歩き始めた。


 私は押されるように歩きながら、王宮の中に足を踏み入れた。



 豪勢な王宮の廊下、その柔らかく赤い絨毯の上を歩きながら、私はどこか遠い記憶を呼び覚ましていた。


 この空気、伯爵家に居た頃を思い出す。


 途中で出てきた従者に、ルーファスが告げる。


「こいつの身支度を整えて、俺の部屋に連れて来い」


「かしこまりました」


 私は従者に預けられ、ルーファスはどこかへ歩いて行ってしまった。


 従者が私に告げる。


「どうぞこちらへ」


 ……ここまで来たら、もう逃げる方向も分からない。


 私は従者に案内されるまま、廊下の先に進んだ。





****


 私は四年振りのお風呂に入れてもらい、侍女たちに髪の毛を整えてもらっていた。


 ……神殿じゃ、お風呂は高位聖職者だけの特権だったからなぁ。


 使用人は濡れタオルで身体を拭くのが精一杯で、夏は川に入って水浴びができたくらい。


 だけど、女子が表で裸になるわけにもいかなかった。


 髪に香油をもみ込まれるこの感覚……これも四年振りだ。


 今度はドレスに着替えさせられ、私は侍女が案内するままに、再び廊下を歩いて行く。


 ……このドレス、やたらと豪華だな?


 ゆったりとしたドレスには毛皮や金糸の刺繍、レースがあちこちに施されていて、伯爵家に居た頃でも見たことがないレベルだ。


 ちょっとサイズが大きいけど、私のためにあつらえた服じゃないから、そこは仕方がないだろう。



 兵士が守る扉をくぐると、侍女が中に向けて告げる。


「陛下、お連れの方の身支度が終わりました」


 侍女に促され、私はおそるおそる中に進んでいく。


 部屋の中、ソファの上で足を組んで紅茶を飲むルーファスが、貴族の軽装を身にまとって待っていた。


 シルクの開襟シャツにコットンのトラウザーズ、こうしてると足の長さが嫌でも目に入ってくる。


 胸板も広いなぁ。なんでこんな人が、私を『妃にする』なんて冗談でからかうんだろう?


 ルーファスがニヤリと微笑んで告げる。


「ふむ、なんとかサイズの合うものが見つかったか」


 私はおずおずと応える。


「あの……これは誰の服なの?」


「母上の遺品だ。父上に嫁ぐ前に着ていた、若い頃のな」


 ――王妃の遺品?!


「ちょっと! そんな大事なもの、着れないわよ?! 元の法衣でいいから着替えさせて!」


 ルーファスが意地の悪い笑みを浮かべて応える。


「お前、ここがどこだか理解しているか? 王族の住処すみかだ。

 あのような汚らしい服など、着せられるわけが無いだろう」


「じゃあ他の使用人の服でもいいわよ!

 あなたのお母さんの遺品なんて大切なもの、汚せないじゃない!」


 ルーファスが紅茶を口に含んでから応える。


「汚さなければいいだろう。伯爵令嬢なら、その程度のドレスの扱いに困ることもあるまい」


「それとこれとは話が別! 私が袖を通していい服じゃないでしょう?!」


 ルーファスは紅茶をテーブルにおいて立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。


 その右手が、私の顎を優しくつかんで上を向かせる。


「俺の妃になら資格がある。何の問題もあるまい」


 私は困惑しながら応える。


「まさかその冗談、本気で言ってたの?!」


「誰がいつ冗談だと言ったんだ? 俺は最初から本気だ」


「私はリヒトマウアーの大聖女よ?! なんでナハトツァーンの妃になるのよ?!」


「俺がそう決めた。それ以上の理由は必要あるまい」


 ――こいつ、どれだけ強引なの?!


 私は顎を掴むルーファスの手を払いのけ、彼の目を睨み付けて告げる。


「そんな態度で求婚に応じてもらえると思わないで!

 私はアンムート伯爵家の名に恥じる行為をするつもりはないわ。

 夫にだって、相応の品性を求めるわよ!」


 ルーファスは楽しそうにニヤリと微笑み、私を見下ろしていた。


「今この場で、お前に拒否する権利があると思うのか?」


「あるに決まっているでしょう!

 不本意な相手との婚姻を強要されるくらいなら、私は舌を噛み切って死ぬわ!」


 ルーファスがクスクスと笑みをこぼして応える。


「ならば、これではどうだ――応じなければ、聖女たちを殺す。

 お前は聖女たちの命を見捨てでも、己のプライドを守るために行動できるか?」


 ――どんだけ卑怯なの?! この人!


 私は悔しさでルーファスを睨み付けながら告げる。


「……彼女たちは無事なんでしょうね?」


「ああ、今頃は兵舎の使用人に混じって、雑用を叩きこまれている最中だろう。

 あんな場所に若い娘が使用人として仕えていたら、荒くれ者の兵士たちに何をされるかは知らんがな」


 ――聖女の半分は十代の若い女性なのに、なにを言い出してるの?!


 私は慌てて声を上げる。


「なんてことをするの?! 彼女たちになにかあったら、どうするつもりなの?!」


 ルーファスがニヤニヤと私を見つめて応える。


「聖女たちの待遇を改善して欲しいか?」


「当たり前でしょう?! せめてあの人たちの安全を保証して!」


「ならば、お前が口にすべき言葉も理解できるな?

 さぁ言ってみろ。お前が口にすべき言葉を」


 つまり、聖女たちを救いたければルーファスの望みを叶えろと、そう言いたいのね。


 私は悔しさで歯を噛み締めながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……わかったわ。あなたの言う通り、妃でもなんでもなってあげる」


 ルーファスは満足したように頷いた。


「そうだ、それでいい――では聖女たちは、お前付きの下女ということにしてやろう。

 王宮の中ならば、不埒な真似をする奴らも居ない。

 お前が俺に逆らわなければ、聖女たちの身は守られる。

 だがお前が逆らえば……わかっているな?」


「――好きにしなさい! この外道!」


「ははは! 活きがいい女だ! それでこそ我が妻に相応しい!」


 高笑いするルーファスを、私は憎らしい思いを込めて睨み付けていた。





****


 ゲルダにはひとまず客間が割り当てられ、そこに彼女は帰っていった。


 その後ろ姿を見守るルーファスに、国王付きの侍従が告げる。


「陛下、僭越ながら申し上げます。

 あのような言い草では、ゲルダ様のお心は陛下から離れます。

 妃となさるなら、他にやり方があったのではありませんか」


 ルーファスはソファに腰を下ろし、優雅に紅茶を一口飲み、それから応える。


「お前も皆の報告は聞いていただろう?

 『力なき大聖女』、そんな存在が、あのように粗末な服を着せられ、まともに手入れもされずに居た。

 侍女たちの報告でも、長い間入浴した痕跡がなかったという。

 そんな待遇を受けていたゲルダが、聖女たちの命を救えと請い、待遇の改善を訴えた。

 これで彼女がどういう女か、理解できたんじゃないか?」


「……ゲルダ様をお試しになったと、そう仰るので?」


 侍従の言葉に、ルーファスがニヤリと不敵に微笑んだ。


「逆境でも己を保てる強さ、実に俺好みだ。

 伯爵令嬢として、最低限の所作と教養も身につけている。

 俺の妻とするに不足はないだろう」


「ですが、陛下には妃候補となる貴族令嬢が多数いらっしゃいます。

 その方々を差し置いて国外の元伯爵令嬢を娶るなど、反発を生みます」


 ルーファスが小さく息をついた。


「あのつまらん女たちか。

 あいつらでは、逆境に屈せぬ強さなど見せられはすまい。

 俺は活きのいい女が好みだ。ゲルダのようにな」


 侍従は黙って引き下がった。


 冷徹な戦略家として知られるルーファスが何を考えているか、それは侍従にも理解ができない。


 だが彼が昔から女性の扱いを苦手とする事を、侍従は知っていた。


 社交界の貴族令嬢たちに満足して来なかったルーファスが興味を持つ女性、それ自体は歓迎をしたい。


 だが女心の機微を理解しない彼がゲルダの心を傷つけないか、それだけが心配だった。


 これ以上を言葉にしても、ルーファスは受け付けないだろう。


 侍従は今後に神の加護があるようにと、心の中で祈りを捧げた。





****


 それから私の囚われの生活が始まった。


 侍女たちにかしずかれ、何不自由ない生活。一見すると、そう見える。


 だけど私にはルーファスに逆らう権利がない。


 まるで豪華な牢獄に入れられた気分だ。


 食事を共にするルーファスは、いつも満足そうに私を見つめていた。


 『妃にする』と言うわりに、私に夜の相手をしろと要求する訳でもない。


 何を考えてるのか、理解できない人だ。



 ある日の朝食の席で、ルーファスが私に告げる。


「少しはこの国の生活になれたか?」


 私はむすっとして応える。


「食事には慣れたわ。

 でも外に出してもらえないんじゃ、慣れるも何もないわよ。

 王宮の中で暮らしてるだけなら、どこに居たって変わらないでしょう?」


「では、聖女たちにかしずかれるのには慣れたか?」


 私の頬がぴくりと引きつった。


「慣れるわけが無いでしょう。

 あの人たちは使用人じゃない、捕虜よ!

 なんで捕虜が、下女みたいに雑用を押し付けられてるのよ!」


 ルーファスが私を試すような笑みを向けて告げる。


「だがお前は奴らに、同じような扱いを受けていたのだろう?

 少しは胸がスッとしないか?

 これまでの四年間、お前が受けてきた待遇だ」


「私を馬鹿にしないで頂戴!

 そんなくだらない仕返しなんて望んでない!

 私の品性がそんな低俗なものだなんて思わないで!」


 私が上げた声に、ルーファスが満足げに微笑んだ。


「そうか、面白くないか。では首を切り落としたら、少しは楽しめるか?」


「――聖女たちの命は保証してくれるんじゃなかったの?!」


「それが嫌なら、お前は自分が受けたことを奴らにやり返せ」


 この人、どこまで私のことを知ってるっていうの?!


 私に聖女の力がないことも、もしかして知ってるの?!


 私は混乱した頭で必死に気持ちを抑え込み、言葉を絞り出す。


「……聖女たちを下女として、乱暴に扱えば許してもらえるのね?」


「そうだ、お前はやられたことをやりかえせ。

 そして聖女どものプライドをズタズタに踏みにじってやれ。

 これは命令だ」


 命令――私もまた、囚われた人間の一人。自由なんて何もない。


「わかったわ。

 それより、聖女たちの引き渡し交渉はどうなってるの?

 彼女たちはいつ、リヒトマウアーに帰れるの?」


「あちらが身代金の金額に頷かなくてな。

 値下げ交渉をしてくるものだから、全て追い返している。

 国が困窮するまで、奴らは頷くまい」


 そんな、それじゃいつになるかなんて、わからないじゃない。


 それまで聖女たちを、下女として扱えっていうの?


 私は味気ない朝食を済ませると、さっさと席を立った。


「悪いけど、もう部屋に戻るわね」


「おや、早速聖女たちをいびりにいくのか」


 ――そんなわけ、ないでしょう?!


 言葉をぐっと飲み込み、私は黙ってダイニングを後にした。





****


 自分の部屋に戻ると、侍女たちに監視された聖女たちが、薄汚れた法衣で掃除していた。


 傍に居る侍女が私に告げる。


「ゲルダ様、陛下より『食後に甘い果実でもどうか』と承っております。お食べになりますか?」


 なんでそれを、さっき言わないのよ、あのバカ国王!


「いらないわよ、そんなもの!」


 侍女が静かな表情で応える。


「では、陛下には『ゲルダ様がお断りになられた』と報告しますが、それでよろしいですね?」


 監視付きってこと? 徹底してるわね、やることが。


「……わかったわ。食べればいいんでしょ、食べれば!」


 私は乱暴にソファに腰を下ろすと、侍女たちが紅茶を給仕するのを黙ってみていた。


 侍女が果実を切り分けると、部屋中に甘い芳香が漂っていく。


 果実を乗せたお皿が私の前に置かれ、フォークが添えられた。


「どうぞ、お召し上がりください」


 周囲の聖女たちが、物欲しげに果実を見ている。


 ルーファスから『聖女たちは毎晩一食、最低限の食事を与えている』とは聞いていた。


 そんなの下女にしたって最低の待遇、なんとか毎日働きながら生きていける、そんな酷い暮らしだ。


 聖女たちからすれば甘い果実なんて、今すぐにでも口にしたい食べ物に違いない。


 ご丁寧に果実はリヒトマウアーの名産品を選んでる。


 聖女たちが神殿で、毎日口にしていたような贅沢品だ。


 その香りに刺激されたのか、誰かのお腹の虫が鳴ったのが聞こえた。


 ――最低限の食事って、どんだけ貧相な食事を与えてるのよ?!


 こんな視線の中で果実を食べろとか、私にだって拷問だ。


 私は侍女に試しに提案を告げる。


「ねぇ、悪いんだけど人払いしてくれるかしら。

 このままじゃ食が進む気がしないわ」


 侍女が静かな表情で応える。


「わかりました。ですが聖女たちは残します。

 彼女たちの前で、きちんと完食して頂きます」


 侍女たちが次々に部屋を辞去していき、最後の一人が扉を閉めて出ていった。


「――ふぅ。どういうつもりなのかしら。理解できないわ。

 それよりみんな、侍女が戻ってくる前に、この果実を片付けて!

 早くお腹に入れてしまって!」


 私はお皿を聖女たちに向かって差し出し、命令を下した。


 聖女の一人、マティルデが薄汚れた顔でおずおずと私に告げる。


「……いいの? そんなことして、怒られないの?」


「今なら誰も居ないから! 侍女が戻ってくる前に早く!」


 聖女たちがふらふらと近寄ってきて、素手でお皿から一切れの果実を掴んでいく。


 それを恐る恐る口に含むと、味わうように噛み締めていた。


 涙すら流している彼女たちに、私は告げる。


「ねぇみんな、どんな食事を与えられてるの?」


 果実を食べ終わったマティルデが、涙ぐみながら応える。


「パンを一つと、野菜の欠片が浮いた薄いスープだけよ。

 まるで話に聞く囚人の食事ね。

 ……なんで私たち聖女が、あんな貧相な食事を強要されないといけないの!」


 よく見ると聖女たちは顔が痩せてきている。


 神殿にいたときはふっくらとしていたはずなのに、頬がこけているようにも見えた。


 部屋に居た聖女たちが果実を平らげてから、私は告げる。


「ルーファスに直訴してくるわ。いくらなんでも扱いが酷すぎるって。

 これじゃ、リヒトマウアーに帰る前に倒れて死んじゃうわ!」


 マティルデが怖がるように眉をひそめて応える。


「できるの? そんなことが。あなただって、囚われの身でしょう?」


「できるできないの話じゃない、やるのよ!

 必ずみんなを国に帰してあげる。

 これはアンムート伯爵家の名に懸けて誓うわ!」


 私はソファから立ち上がり、周囲の聖女たちに告げる。


「果物のことは内緒よ。知られたらもっと酷いことをされるかもしれない。気を付けて」


 頷く聖女たちを残し、私はルーファスに会うために部屋を後にした。





****


 外で待機していた侍女に「ルーファスの元に連れていって」と告げ、私は彼の執務室の前に辿り着いた。


 深呼吸をして決意を固める――聖女たちを、必ず救い出す!


 ゆっくりと足を前に出し、部屋の中に入っていくと、ルーファスが私を笑顔で迎えた。


「聖女をいびり終わったのか? それで満足したか?」


 ――するわけないでしょ!


 言葉をぐっと飲み込み、私はルーファスに告げる。


「聖女たちが痩せてきてる。いくらなんでも、食事が貧しすぎるわ。

 捕虜にしたってあんまりよ。まともな食事を与えるくらい、できないの?」


 ルーファスは静かな微笑みで私に応える。


「役立たずにパンを分けてやってるだけ温情があると思え。

 身代金が取れないとなれば、聖女たちに価値はない。

 リヒトマウアーが交渉に応じないなら、すぐにでも処分してやろう。

 ひと思いに楽になれば、それ以上苦しむこともないだろう」


「――彼女たちの命を保証する約束はどうなったの?!」


「身代金を取れるという前提での約束だ。

 それがかなわないのなら、聖女たちに無駄飯を食わせる意味もない。

 食事を抜いて衰弱死させるより、処刑してやる方が温情があると思わないか?」


「身代金が高すぎるんじゃないの?! 少しは減額しようとか思わないの?!」


 ルーファスが私を見つめながら応える。


「こちらとしても、父上を失った戦争だ。

 賠償金を身代金に上乗せしているだけで、正当な要求だと思え。

 相場通り、決して法外な値段を要求している訳ではない」


「じゃあ、なんでリヒトマウアーはそれに応じないのよ!」


 ルーファスがニヤリと微笑んで応える。


「俺が反撃したことで、いくつかの都市を潰した。

 その上で聖女を失い、国内が荒れているのだろう。

 今は国内を支えるのに精一杯、そんなところじゃないか?」


「だとしても、そんなの敗戦国が普通に陥る状況じゃない!

 身代金に応じない理由なんて見当たらないわ!」


「普通なら借金として背負い、分割して払うことになる。

 だが俺は即金で要求している。

 突然同盟を破棄して攻め込んでくる国の約束など信用ならん。

 現金を寄越さない限り、捕虜は返さんと告げている」


「――賠償金を上乗せした身代金なんて、即金で払えるわけが無いじゃない!」


「そうか? 国のあらゆる財産を売り払えば、充分に払える額だ。

 その後は国家の運営が危うくなるだろうが、そこまでは俺の知るところではない」


 この人、言ってることがめちゃくちゃだ!


 つまりリヒトマウアーに滅びろって突き付けてるんだ!


 聖女が居なくても、身代金を渡して聖女が戻ってきても、リヒトマウアーが存続する目がないじゃない!


「どうしてそこまでするの!」


「敬愛する父上を殺された。それ以上の理由が必要か?

 父上を殺した国家に、情けをかけてやる必要がどこにある?」


 ――そんなことを言われたら、言い返す言葉なんてない。


 私は何とか頭を回転させ、一つの結論にたどり着く。


「……わかったわ、私が応じられる事ならなんでもしてあげる。

 だからそれでリヒトマウアーの交渉に応じてあげて。

 身代金の分割払いを引き受けて頂戴」


 ルーファスの目が、楽しそうに細められた。


「お前がそこまでする義理が、リヒトマウアーにあるのか?」


「私はリヒトマウアー王国、アンムート伯爵家の生まれよ!

 陛下のため、国のためにできることをしたいだけ!

 陛下は間違った決断をしたのかもしれない。

 だけど、だからって国が滅びるのを黙って見て居られないわ!」


 ルーファスが微笑みながら私に応える。


「ではその忠誠、これよりこのナハトツァーンに捧げろ。それが条件だ。

 お前がナハトツァーンに忠誠を誓い、その身を尽くすというのであれば、お前の言う通りにしよう」


 ――誇りを売り渡せと、そう言いたいの?!


 震える声で、私が告げる。


「……他に選択肢はないの?」


「ないな。これが最大限の譲歩だ」


 私は唇を噛み締めてから、頭の中を整理する。


 これに応じなければ聖女かリヒトマウアー、どちらかが持たなくなる。


 ルーファスに譲歩する余地はない。


 彼女たちと国家、両方を救う手段は、一つしかないんだ。


「……わかったわ。その条件を飲めばいいんでしょ。

 その代わり! 必ず約束は守ってもらうわよ?!」


 ルーファスが満足気に頷いた。


「私をリヒトマウアー国王と同じにするな。約束はもちろん守ろう。

 ――ではお前の決意を、今示せ」


 ルーファスが右手を差し出し、手の甲をこちらに向けてきた。


 私は怒りで震える身体で近づいて行き、その甲に唇を落とした。


 ルーファスが高揚した声で告げる。


「これでお前はこの国の人間だ、ゲルダ。これからはこの国のために励め」


 私はルーファスの顔を見ないように身を翻し、彼の部屋を後にした。





****


 それからすぐに、聖女たちは食生活が改善したらしい。


 私は毎日、朝食の後に与えられてる果実をこっそり聖女たちに横流ししながら、彼女たちの近況を聞き出していた。


 一日一回ではあるけど、きちんと量と質がある食事を与えられてるそうだ。



 何日か経過して、ルーファスが夕食の席で私に告げる。


「リヒトマウアーの使者に、交渉に応じると伝えた。

 来週、聖女たちを出発させ、国境まで送り届ける。

 お前もそれに同行し、聖女たちを見送れ」


 私は驚いて、ルーファスに尋ねる。


「……私も同行するの? なぜ?」


「聖女の迎えにアンムート伯爵を寄越すように伝えてある。

 父親との別れぐらい、きちんとしておきたいだろう」


 本当に、何を考えてるんだろう。


 私が聖女と一緒に逃げるとか、考えないのかな。


「わかったわ。同行すればいいのね?」


「盗賊避けに護衛の部隊が付く。逃げられるとは思わないことだ」


「――わかってるわよ!」


 さすがに、聖女だけで移動はさせないか。


 そりゃそうよね、女子だけで移動なんて、襲ってくれって言うようなものだし。


 私はため息をつきながら、再び夕食にフォークを向けた。





****


 翌週、聖女たちを乗せた馬車がナハトツァーンの王都を出発した。


 私は一人、別の馬車に揺られながら、護衛の様子を窺う。


 およそ五百人の部隊。盗賊なら寄ってこないけど、国家の軍隊なら簡単につぶせる数だ。


 お父様の率いる兵士が同数以上なら、私がリヒトマウアーに戻れる可能性も、ゼロじゃない。



 国境では、リヒトマウアーの兵士たちが聖女を待っていた。


 その数は千人近いように見える。


 私は高鳴る胸を押さえ、ゆっくりと馬車を降りた。



 ナハトツァーンの兵士がリヒトマウアー側の人間と何か交渉している。


 交渉してるのは、お父様? 少し、おやつれになったかな。


 近づいて行くと、お父様の声が聞こえてくる。


「だから、なぜゲルダは帰ってこないのだ!」


 ナハトツァーンの兵士がそれに応える。


「彼女は引き渡す捕虜に入っていない。これはそちらも納得済みのはずだが?」


「陛下が納得しておられようと、私は納得がいかぬ!

 娘だけが、なぜ帰って――ゲルダ?!」


 お父様の視線が私を見つけ、慌ててこちらに駆け寄ってきた。


 その両腕が、がっしりと私の両肩を掴む。


「ゲルダ! お前も戻って来てくれたのか!」


 私はどう応えて良いかわからず、眉をひそめて微笑んだ。


「……お父様、お久しぶりです」


 お父様の背後から、兵士が声を上げる。


「そのお方は我がナハトツァーンの貴人だ! その手を離せ!」


 お父様が兵士に振り返った後、またこちらに向き直って私に告げる。


「どういう意味だ? お前はゲルダだろう?」


 私はゆっくりとお父様に告げる。


「申し訳ありません、お父様。私はもうナハトツァーンに忠誠を誓ったのです。

 ですからリヒトマウアーには、もう戻れません。

 あの国を、お頼み申し上げます」


 お父様が呆然と応える。


「何かされたのか? なぜお前が、ナハトツァーンに忠誠を誓う?」


「何があろうと、私はナハトツァーン国王に『忠誠を誓う』と宣言しました。

 一度誓ったことを破るなど、私にはできません。

 それはアンムート伯爵家の人間として、恥ずべき行為だと思うのです」


 お父様が苛立ちながら声を上げる。


「そのような理屈で、娘を見捨てられるか!

 ……この場のナハトツァーン兵は五百程度、今なら殲滅する事もできる。

 証人が居なくなれば、お前は野盗にでも襲われたと言っても通じるだろう」


 お父様の目が危険な色を孕んでいた。それを私は、やんわりといさめる。


「そのようなことをしてはなりません。

 ナハトツァーンの国王は、恐らく伏兵を潜ませています。

 あの計算高い男が、みすみす私が奪われる真似を許すとは思えませんから」


 お父様が愕然として周囲を見渡し始めた。


「そんな馬鹿な! こうも見晴らしがよい場所の、どこに伏兵を潜ませられるというのだ!」


「そう見せているだけです。

 ナハトツァーン国王、ルーファスは恐ろしい男。

 決して彼に勝てると思ってはなりません。

 この事はリヒトマウアー国王にもお伝えし、二度と攻め込まぬようご忠告ください」


 お父様は私の肩を強く掴んだまま、震えるほど悩み抜いていた。


「……わかった。お前の言うことを信じよう。

 だが帰ってこれるときは、いつでも帰っておいで。

 お前は私の娘、それは死ぬまで変わらないのだから」


「はい、わかりましたお父様」


 お父様の手が、名残惜しそうに私の肩を手放す。


 そして何度も振り返りながら、リヒトマウアーの部隊の下へ帰っていった。


 私はお父様の指揮する部隊が聖女たちを連れて帰るのを、姿が見えなくなるまで見守っていた。



「帰らなかったのか」


 その声に驚いて振り向く――鎧姿のルーファス。その背後には、二千人くらいの騎兵が並んでいた。


 ――やっぱり、伏兵を潜ませていたのね。


 私は苦笑を浮かべて応える。


「帰すつもりもなかった人が、何を言っているのかしら」


「もちろん部隊が攻撃されていれば、お前の父親ごと皆殺しにしていたがな。

 ゲルダ、お前の忠誠は見せてもらった。

 それでは王宮に帰るとしようか」


 ルーファスが馬を兵士に預け、私の肩を抱いて馬車に向かい始めた。


 私は黙ってそれに従い、馬車に乗りこんだ。





****


 静かな馬車の中で、私はぼんやりと窓の外の夕焼けを眺めていた。


 これでもう、私はナハトツァーンの人間。身も心も売り渡してしまった。


 聖女たちが国に戻り、身代金の分割払いに応じてもらったリヒトマウアーは、なんとか立て直していけるだろう。


 胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感を覚え、私の目からは涙がこぼれていた。


「なぜ泣く。お前の選択ではなかったのか」


 ルーファスの言葉に、私は応える。


「聖女を、お父様をお救いするには、断るしかなかったじゃない。

 他の選択肢を全て封じておいて、何を言っているのかしら、この男は」


 今回の事も、私の言葉を試していたと途中で気付いた。


 わざと最小限の護衛を付けて私を同行させ、私がどんな選択をするのか確認したかったんだ。


 そして案の定、兵を潜ませて私の意志を確認していた。


 ……なんて卑怯で心の小さな男なんだろう。


 私は失望のため息を漏らして、ルーファスに告げる。


「あなたのような矮小な男が国王だなんて、ナハトツァーンの未来も真っ暗ね」


 ルーファスの楽し気な声が返ってくる。


「俺を矮小と言ったのか? お前はつくづく楽しませてくれる女だ。

 俺のどこが矮小なのか、聞いてもいいか」


「私の心を確かめないと気が済まない、その小さな心を言っているのよ。

 国王が忠誠を誓った相手を信じられないだなんて、王の器があると思えないわ」


「ははは、これは痛い所を突かれたな。

 だが俺が居ては、お前は父親と心からの言葉を交わすこともままなるまい。

 今のナハトツァーンに、お前に十分な護衛を付ける余裕はない。

 俺が率いる近衛騎兵なら、五千の兵までは相手取れるがな。

 結果的にお前の心を試す形になったことは許せ」


 私は思わずルーファスに振り向いた。


「……あくまでも、私にお父様を会わせるのが目的だったと、そう言いたい訳?」


 ルーファスは不敵な笑みを浮かべながら私に応える。


「最初にそう言ったはずだが?

 お前こそ俺の言葉を信じられなかったというのか?」


 そりゃ、そう言ってはいたけど。


 私は戸惑いながら、別の疑問を投げかける。


「じゃあ最初の五百人の護衛、あれが精一杯というのは?」


「ゲルダ、お前は忘れてないか?

 我が国は父上を失うほどの大敗を喫した。

 我が軍の被害も甚大だったのだ。

 迂闊に動かしてよい兵など、この国にありはしない」


 動かせる一般兵は、五百人が限界ってこと?


 だから伏兵は、ルーファスが率いる近衛騎兵なんてものを連れていたの?


 私は訳がわからなくなって、頭を押さえながら応える。


「そんな状態で、この国を守れるの?」


「できるできないではない。守るのだ。

 それが国王たる俺の務め。

 国を守り、民を守るのが俺の仕事だ」


 ――この人を、理解できない。


 私は困惑したまま、ルーファスの言葉を何度も考えていた。





****


 帰りの馬車の中で、ルーファスの様子を窺う。


 ……この人には、王の器があるのだろうか。


 私を振り回す言動に、それを感じることはできなかった。


 だけど国を何としてでも守ろうとする強い意志は感じられた。


 国王を失うほどの大敗を喫しても、そこから挽回してリヒトマウアーに攻め込んで見せる戦争の才能もある。


 兵士や騎士たちを見ても、尊敬を集めているのは感じられる。


 でも疲弊したこの国を立て直す力が、この人にあるのだろうか。


 私はルーファスにぽつりと告げる。


「どうして私を妃にしたいと思ったの?」


 ルーファスが窓枠に肘をついたまま、こちらに目線を寄越して応える。


「そうしたいと思ったから命じた。それでは不満か?」


「どうしてあの時の私を妃にしようと思ったのか、理解できないから聞いているんでしょ!

 あなたは私が『無力な大聖女』だと既に知っていた。違う?!」


 四年間の使用人同然の暮らしで、私の身なりは酷いものだった。


 そんな私を見て妃にしようとする意味が分からない。


 ルーファスがニヤリと微笑んで応える。


「まぁそうだな。一目見ればどんな待遇を受けていたのかはわかる。

 噂の『大聖女』が下女として扱われている――必然的に、大聖女としての価値がない女だとすぐにわかった。

 その後、聖女たちに聴取して裏も取らせた。

 お前はリヒトマウアーにとって、何の価値ももたらさない女だったのだろう」


「一目見てわかったなら、尚更理解できないわよ!

 あなたは新しき王、私なんかを妃にするより、先に候補にすべき貴族が居るはずでしょう?!

 国内の結束を固めるためにも、今は有力貴族との血縁を優先すべきだってわかるでしょう?!

 リヒトマウアー出身の私を妃にすれば、どんな反発があるかも理解できてるんじゃないの?!」


 ルーファスが楽しそうに微笑んだ。


「まぁ想像通りだ。お前を妃とすれば反発は免れまい。

 だが下女として扱われながらも気品を失わない魂、そんなものを持つ令嬢は、ナハトツァーンには居ない。

 聡明で気品があり、逆境でも折れない強さを持つ。お前のそんな在り方に惚れた。

 教養も必要最低限は持っている。今から再勉強すれば、王妃としても充分やっていけるだろう」


「必要最低限で悪かったわね! 私は十三歳で神殿に預けられてから、勉強させてもらえなかったのよ!

 四年間も無駄にして、どれだけ悔しかったかわかるの?!」


「知識を貪欲に求める気概、それも好印象だな。お前の採点を改めておこう。

 十七歳ならば婚姻に支障のない年齢だ。

 元伯爵令嬢ならば、血筋にも問題はない。

 社交界にうつつを抜かす令嬢どもでは、勝負にならん魅力がある」


「――国王がそんなわがままを言って、国内を治められると思ってるの?!」


「問題ない。文官には優秀な者が残っている。

 俺が差配する限り、国内をこれ以上荒廃させる真似は許さんよ。

 目下の優先課題は兵力の補充だ。

 民からも敬愛されていた父上が戦死し、国民も気落ちしている。

 国内の政治屋どもはこれから力を削いでいくが、それまでの間に潰されない妃でなければならない。

 お前なら、俺の手伝いをしていくことも可能だろう」


 ――国内の問題点も、きちんと把握してるっていうの?!


 それでもなお、国内の有力貴族じゃなくて私を妃にしたいと、そういう訳?!


 ルーファスのことがいよいよ理解できなくなり、私は馬車の壁に寄り掛かった。


「……あなたのことが理解できないわ。

 何を信じたらいいのか、わからない」


「お前は目に見える俺本人を見ているか?

 敵国の国王ではなく、俺自身をだ。

 それで改めて評価を下してみろ」


 目に見える通りか。


 噂通りに冷徹な軍略家で、おそらく武勇に優れて戦場で兵たちを率いて戦う勇敢な人。


 人を率いるカリスマ性と、先を見る見識、国を統べるのに不足してるものは見当たらない。


 今までの振る舞いも気づかいと気品に満ちていて、男性としてとても魅力的な人だろう。


 でもだからこそ――


「やっぱり、理解できないわ。

 あなたみたいな人が、どうして私を未だに妃として求めているのか。

 少なくとも、女性を見る目がないんじゃないかしら」


 ルーファスがクスリと笑みをこぼした。


「お前はきちんと鏡を見ていたのか?

 この三か月で、お前の見た目は貴族令嬢相応に戻っている。

 賢く強く美しい、そんな女を国王が求めることが、それほど不思議か?」


 私はそっと自分の手先を見た。


 荒れていた手には薬が塗られ、今ではすっかり手荒れも消えてなくなっていた。


 髪の毛も艶やかさを取り戻し、十三歳の時の自分を思い出すかのようだった。


「……まさか、私に外出を禁じていたのは、外見が戻るまで待っていたとでもいう訳?

 民衆の前でみすぼらしい姿を晒さないようにしていたとでもいうの?」


「そこまで理解ができているなら、説明は不要だろう。

 父上の葬儀から半年、その喪も明けた。

 タイミングは悪くない。お前を新しい妃として公表すれば、民たちの心の支えになるだろう。

 お前はその聡明さで俺を助け、ナハトツァーンを共に導け」


 何から何まで計算尽くか。


 なんだか力が抜けてしまって、がっくりと肩を落としていた。


「……あなた、本当に頭が良いのね」


「よく言われる」


「――でも! 女心を理解しないとか言われない?!」


 ルーファスがクスリと笑みをこぼした。


「それも、よく言われる」


 私は顔を上げてルーファスに告げる。


「ああもう! 私が女心の何たるかを教えてあげるわよ!

 こんな強引な方法ばかり選んでいたら、誰もあなたを理解してくれないわよ?!」


 ルーファスが私の目を楽しそうに見つめて応える。


「だが、お前は理解しただろう?

 俺にはそれで充分だ。それ以外必要ない」


 ――自身満々に言いきっちゃってもう! なんなのこいつ!


 私は窓の外に顔を向けて、ルーファスに告げる。


「しょうがないから、私があなたを支えてあげるわよ!

 他の女性じゃ、あなたを理解できないでしょうから、仕方なくね!」


「では、妃の話を受けると受け取ってよいな?」


「私に拒否権なんて、そもそもないじゃない!」


「わかってないな。

 兵も、女も、自分から降りに来るから迎える価値がある。

 その程度ができんようでは、王とは呼べんよ」


 ――なんて自信過剰な男なんだろう。


 尊大で自信に満ち溢れ、自分の前に敵は居ないと信じて疑っていない。


 その目は遠く、遥か先を目指して力強く見つめている。


 その力強い生き方に、惹かれ始めている自分に気が付いてしまった。


「……あなたが足元の石につまずかないよう、私が注意を払っておいてあげるわ」


「そうか、それは助かる。これからよろしく頼むぞ」


 馬車の中の空気が一変していた。


 ぎくしゃくとした気まずい空気だったものが、今では心を通い合わせたかのように温かい空気で溢れていた。


 ほんの少し、言葉を交わしただけだというのに。


 私はその空気を不思議と心地良く感じ、黙って窓の外を眺めていた。





****


 王都に戻ったルーファスは、すぐに私を『妃にする』と公布した。


 いくつもの夜会が開かれ、私はナハトツァーン貴族たちとも話し合った。


 彼の側近たちには好印象を与えられたようだけど、何人かの大物貴族には反発を生んだみたいだ。


 若い令嬢たちからも、敵意の眼差しを向けられていた。


 だけど四年間の使用人生活に比べたら、この程度の逆境なんて、どうってことない。


 私は初めての社交界に戸惑いながらも、自分の人脈を広げ、派閥を作っていった。





 そして半年後、私は大聖堂でウェディングドレスを着て、ルーファスと向き合っていた。


「今さらキャンセルなんて出来ないの、わかってるわよね?」


 ルーファスがフッと笑って応える。


「そんな必要はあるまい。お前は期待以上に結果を出してみせた。

 あとは世継ぎを産めば、盤石となろう」


「気が早い! ――もう、ほんとうにしょうのない人」


 顔を近づけるルーファスが、静かにささやく。


「ならばお前が俺を支えればよい」


 そのまま私たちは、臣下たちが見守る中で誓いの口づけを交わした。





****


 大きくなった子供たちを庭で遊ばせながら、ふと思う。


 大聖女の力って、なんだったんだろう。


 私の胸には、今も五芒星の痣がある。


 聖女らしい力は何もなかったけど、あの日あの時、私が大聖女として神殿に迎えられていなかったら、今の私はなかった。


 そしてナハトツァーンと友好関係を取り戻したリヒトマウアー。あの国は恐らく、今頃滅びていただろう。


 『救国の奇跡』か。特別な力はなくても、そんなものを起こしたことになるのかな。


 祖国とは縁遠くなってしまったけれど、こちらに遊びに来たお父様やお母様に、孫の顔を見せることはできるようになっていた。


 王妃となった私が遊びに行くには、おそらくもう少し時間がかかる。


 国内の復興はやることが山積みで、長期間の不在なんてまだまだ先の話。


 それでも民衆の気持ちは上向きで、国内は明るい空気で満ちていた。


 全てルーファスの政治手腕のおかげだろう。



 そんなルーファスの腕が、背後から私を抱きしめてきた。


 私はクスリと笑みをこぼして告げる。


「あらあら、子供の甘えん坊が移っちゃったの?」


「俺の弱みを見せられる者など、お前以外に居ない」


 どうやら、この人はすっかり私に骨抜きになってしまったみたいだ。


「仕方のないお父さんね。じゃあ次の子供でも目指してみる?」


「お前が応じてくれるなら、何人でも作ろう」


 いやー、さすがに五人や十人は苦しいかな……。


 私はルーファスに振り向いて唇を合わせる。


「続きは夜まで待ちなさい」


「ああ、もちろんだとも――どうだ、今のお前は幸せか? ゲルダ」


「んー、そうね。これをきっと幸福と呼ぶのでしょうね」


 愛する夫と子供たち。


 たくさんの信頼できる臣下たちと、私を慕ってくれる民衆。


 この国を背負うという大きな目標を、夫婦で支え合っている今という時間。


 いつかここに、子供たちも加わって来てくれる。


 その日を楽しみに、私はかつての敵国の王妃として生き続けるのだ。


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