仮面舞踏会への招待状
郵便が来たのはその日の午後、ちょうどティータイムを楽しんでいる時だった。
電子メールで事が済むこの御時勢に、わざわざ紙を使うのは税金の督促状か、余程の粋人くらいのものだが、その手紙は後者だった。
「マスカレードだそうだよ、幸星」
薄紫色の紙片に目を走らせて、ジェームズ・王は隣の彼に声をかけた。
「……マスカレード?」
苺のフレーバーティーにまったりしていた巽 幸星は、一拍返事が遅れた後、続けた。
「なんだか美味しそうな名前だね」
「――マスタードでも、ママレードでも、マスカルポーネでもないよ。仮面舞踏会があるんだよ、行くかい?」
「マスカルポーネ」 大きな黒い瞳をきらきらさせている巽に、王は苦笑してみせた。
「君は花より団子だな」
メトロポリス・ロンドン中心部から、車で数時間。その内一時間強は敷地に入ってから、邸の玄関に着くまでというから、その広さが窺い知れようというものである。ロンドン郊外にあるジェームズ・王・ブルックボンド卿の城は、数百年も前に建てられた、かつて公爵家が所有していたものを、王の父、ジョセフ・ブルックボンドが譲り受けたのだった。広大な敷地の中には小さな丘や小川は勿論、一部はサファリパークになっていて、観光客にも人気を呼んでいる。城の半分は、博物館として公開されており、かつての公爵家の暮らしぶりが見事に再現されている。
王達が生活しているのは、主に城の奥の方にあるプライベートスペースで、そこは暮らし易いよう、現代的なシステムが採り入れられていた。
二人が今いるテラスルームは中庭に面したガラス張りの部屋だった。午後の柔らかな光が王のプラチナブロンドを一層輝かせている。
自家菜園で採れるというラズベリーやストロベリーに釣られて、イギリスくんだりまでほいほいついて来た巽は、今も庭の菜園で採れた苺で作った、ストロベリー・ヴィクトリア・ケーキに舌鼓を打っている最中だった。
「――クライスラー夫人を知っているかい?」
王の問いに、巽は首を横に振った。
「クライスラー伯爵家の令嬢でね、ご主人は実業家だそうだが――」成り上がりの、とは敢えて触れずに王は先を続けた。
「夫人は一人娘だったので、伯爵家のお邸を受け継いで、今はそこで暮らしている。この城同様かなり古い建物だよ」
「へぇ……そこでやるのか? そのマスカルポーネ」
「マスカレードね。そうらしい……今晩だそうだが、どうする?」
「銀月が行くんなら、行く」
母方が華僑である王の中華名を呼ぶのは、彼の両親以外では巽だけに許された特権であった。王は満足そうに頷いて、もう一度招待状に目を落とす。
「なにか面白い事があるかも知れないよ」
そう言って、彼は皮肉めいた微笑を浮かべた。




