第13章
ローラはランプを点けて、ポーチのまわりをいったりきたりしながら、アンソニーのことをずっと待っていた――もしや事故に遭ったのではないかと、気が気ではなかった。そしてもう半時待ってアンソニーが戻らなかったら、ガートラー巡査に連絡しようとローラが思っていたちょうどその時――桜並木の向こうから、今では聞き慣れた車のエンジン音とともに、砂利道の石を蹴散らしながらアンソニーが物凄いスピードで道をやってくるのが見えた。
「アンソニー!」
「やあ、ローラ」アンソニーはまるきり悪びれたような様子もなく、ポーチの前に車を止めると、元夫に自分は勝利したのだという輝かしい思いでローラのことを見つめた。彼には自分の妻が何故怒っているのかまるで理解できなかったし、むしろこれから寝室で、彼が得た勝利が確かなものであることを証明したいとさえ考えていたのだ。
「こんなに夜遅くまで俺を待っていてくれるだなんて……君はなんていい奥さんなんだろうね。俺は幸せ者だ。君みたいな料理上手の、夫のあしらいがうまい妻と結婚することができて……」
「酔っているのね」
ローラはアンソニーがたぶん、ここから八マイル離れた町のパプで一杯引っかけてから戻ってきたのだろうと思っていた。アンソニーの不機嫌の第一段階は煙草をふかすことで、第二段階は町まで飲みにいくことだったからだ――もっとも、この第二段階は、ローラはこれまでに一度しか経験したことはなかったが。
「さあ、今日はもう遅いから休みましょう。なんにしても、あなたが無事戻ってきてくれてよかったわ」
「それは本当かい、ローラ?」アンソニーはランプを持つ妻の肩を強く抱きながら、娼婦を見るようないやらしい目つきで彼女のことをじろじろ見た――そうだ。こいつは俺より元の旦那のほうがいいんだ。元の亭主は酒なんかほとんど一滴も飲まなかったそうだから――もし今夜トミーのトの字でも言ってみろ。おしおきとして、一度ロカルノンの売春宿で娼婦にしてやったのと同じことをやってやる……。
一度そう思いつくと、アンソニーはその案がとても気に入った。そうだ。昔の亭主が一体なんだというのだ?今ではこの自分、アンソニー・レイノルズがこの家の主人なのではないか。そして夫というものは聖書にあるとおり妻のかしらだ。彼女は俺がベッドの上で何をしようとも――夫である自分に従う義務があるのだ。
アンソニーはローラの肩を有無を言わせぬ強さでぎゅっと抱きしめたまま階段を上がり、夫婦の寝室までくると、彼女がナイトテーブルの上にランプを置き、ガウンを脱ぐのを待ってから、妻に抱きついた。
「ローラ……君は一体、前の御亭主と俺と、一体どっちがいいんだい?もしただ容姿が似てるってことで、俺を愛してるっていうんなら……」
アンソニーはローラの首筋にしきりにキスしながら、耳をなめまわし、寝間着の裾をまくりあげて下着の中をまさぐった――ローラはあまりのことに夫のことを突きとばすこともできず、暫くの間されるがままになっていたが、やがてアンソニーの愛撫がゆるんだ一瞬の隙をついて、そっと夫の体から我が身を離した。
「アンソニー、わたし、前から何度も言ってるじゃない。トミーとあなたのことを比べることなんかできないって……」
橙色のランプの光に反射されて、ローラの瞳に光るものがあるのを見てとると、アンソニーは突然正気に戻ったように、今度は自分のことがひどく情けなくなってきた。これがもし彼がいつも相手にしてきた娼婦だったら――ただひたすら彼の言い分を聞き、好きなように抱かせてくれたことだろう。だが今、彼はローラに対してそうすることができなかった――いや、結婚してから一度も、彼はローラに対してそうしたことが――いや、そうさせてもらったことがなかった。
「ごめんよ、ローラ。俺が悪かった」
アンソニーは突然、性欲がしなえていくのを感じて、くるりとローラに対して背中を向けると、静かに寝室をでていった。同じ部屋にいるのがひどくぎこちなく、彼としては自分のほうから寝室を出ていかざるをえなかった。そして居間のソファに寝転がりながら自問自答した――ここは本当に俺の家で、俺はここの主なのか?いいや、違う。ここは俺の家でもなければ、これから先もこの家が自分のものになることはないだろう……だったら何故、この俺、アンソニー・レイノルズはここにいるのだ?そう、ローラを愛しているから俺はここにいるんだ――だが俺は疲れた……いい夫、いい農夫でいることに。俺は本当はアンソニー・レイノルズなんかじゃなく、シェーン・カーティスなんだ。そしてローラにアンソニーではなく可哀想な孤児のシェーンを愛してほしいんだ……。
それはアンソニーがローラのことを本当に愛しているという証拠のようなものだった。アンソニーには、いやシェーンには、両親に先立たれて孤児院へ入った時から、自分のものと呼べるようなものは何ひとつなかった。小さな家と農地は、両親の突然の死とともにあこぎな親戚たちに奪いとられ――その時シェーンはまだたったの九つだったが、生まれて初めて人を憎むということがどういうことなのかを思い知らされた。そのあと孤児院では飢えと空腹と何かにつけては我慢するということを嫌というほど学ばされたが、それでその後の人生においてよい教訓を得たとか、そのようなことはほとんどなかったといってよい。またアンソニーはユージンのように頭がよいわけでもなく、孤児院をでたあとはロカルノンの街中でひたすら新聞売りや靴磨きなどをしてその日暮らしをしていた。だが彼はそうした貧しい生活が決して嫌だというわけでもなかった――何しろ、孤児院をでてから生まれて初めて自由というものを満喫したのだったから。それに、自分と似たような境遇の少年は他にもたくさんいたし、自分だけがこの世の不幸を一身に背負って生まれてきたのだとか、そんなふうに悲観して人生を見つめたこともなかった。
そんなシェーンに転機が訪れたのは、ジョンがロカルノン大学を卒業し、アレックス・アーチャー会計事務所に勤めだしてからのことだった。ジョンは初めてもらった給料で、シェーンに一張羅のスーツをテーラーに仕立てさせ、靴屋では革靴を新調し――それまで履いていたのは爪先が裂けていつもカパカパしているものだった――床屋へ連れていって、ボサボサの頭を綺麗にカットさせた。そして<アーチャー氏の紹介>として、ホールデン生命の外交員の面接を受けさせたのである。
ホールデン生命保険会社の社長であるマイケル・ホールデンは、煙草を吸いながらほんの五分ほどつまらない世間話をしただけで、すぐにアンソニーのことを採用してくれた。何しろアレックス・アーチャーといえば、会計士として幾つもの大会社の帳簿などを預かっている金融界の影の大御所であったし、彼が一声声をかければどこの銀行も資金を出資しないことはないとさえ当時はいわれていたのである。またマイケル自身もアーチャーとは昔馴染みであったし、今の会社を興す時には何かと世話になっており、帳簿の管理も事務員に一度やらせたものを彼のところでチェックし直してもらったり、決算の処理をしてもらったりしていた。
一流と呼んでなんら差し支えない会社に採用の決まったその夜、アンソニーとユージンはロカルノン・ホテルで夕食をともにし――彼はこのホテルのレストランで生まれて初めてエスカルゴ料理なる
ものを食べた――上質のワインを飲んでほろ酔い加減になると、色街へと繰りだして売春宿の娼婦と寝た。
彼はそれを愛だとは思わなかったが、濃い化粧をして若造りをした、そこはかとなくよい香りの漂うその女と自分は同類――もっといえば、同じ穴のムジナ――なのだと、アンソニーはそんなふうに感じた。逆に彼は上流階級に属する貴婦人と呼ばれるような女たちが大嫌いだった。だから幾ら適当なことを言って上流階級のマダムたちから保険のお金を巻きあげても、一向良心が痛むようなことはまったくなかったといってよい。また彼女たちにしてみても、そのほとんどが金のあり余っている有閑マダムであり、自分が御機嫌伺いを兼ねて周期的に訪ねていっているうちに――寝室へ招かれることもそう珍しいことではなくなっていた。
そうした経験からアンソニーは、女性一般というものを軽蔑していた。表はどんなに美しく着飾っていようとも――ー枚化けの皮を剥いでしまえばどんな女もみな同じなのだと思った。だが何故かローラだけは違っていた。アンソニーは馬巣織りの寝心地の悪いソファーの上で、この夜一生懸命考えた――果たしてローラと他の女とは、一体どこがどう違うというのだろう?料理が上手いというのは、ローラの素晴らしい美質のひとつを形作ってはいるが、彼の言いたいのはそういうことではなかった。容姿の美しさや物腰の優雅さということなら――都会には彼女以上に洗練された美しさ・優雅さを持つ女性だっているだろうと思った。ただアンソニーはそういう妙にもったいぶった女が大嫌いだったので、本気で相手にしたことがこれまでただの一度もなかったという、それだけのことだ。
……彼自身にもうまく説明することは難しかったが、ローラは夜の生活でも、主導権を握っているのではあるまいかと、突然アンソニーはそのように思い至った。ローラは以前に夫を持ったことがあり、その方面に関して初心な小娘というわけでもなかったが――アンソニーには彼女の肉体を自由にするということができなかった。結婚した当時、彼は浮かれながらも色々なことを想像し、また考えていた。ローラは容姿も美しいし、料理だって上手いし、細かいところによく気のつく、性格の優しさと繊細さを持ち合わせている娘でもあったので、彼はこれは必ずどこかに致命的な欠点があるであろうと信じて疑っていなかった。ただそれが性的なことであるなら――自分で自分の好むとおりに教えこめばいいだけのことだとアンソニーは楽観的に考えていた。しかし、ローラの肉体は視覚的に、彼がこれまで寝たどのような女性よりも美しかったし、実際に見るだけでなく性的な交わりに関しても――彼女は男がどうすれば喜ぶのかを、実によく心得ていた。これで自分のものと呼べる土地や家を再び手にすることができたということよりも――アンソニーにとっては新婚初夜の時に与えられた歓喜のほうが遥かに強いものだったといってよい。
(そうだ。だからこそ俺は……こんなにも彼女の前の夫に対して、嫉妬せずにはいられないんだ)
窓から差す満月の光に照らされているので、室内は真っ暗闇というわけではなかった。アンソニーはうっすらと蒼黒いような闇、部屋の四隅に漆黒のインクが垂れこめているような闇の中で目をこらし、マントルピースの上の、ローラの亡き夫、トミー・フラナガンの写真のあるあたりを眺めた。
(だが彼は、もう死んだんだ。この世に現れるにしても、さっきのように亡霊のような幻としてしか存在することができないのだ。それに引きかえ、有難いことに少なくとも俺はまだ生きている。この腕で力いっぱいローラのことを抱きめることもできるし、彼女に害を及ぼそうという人間が現れた時には――そいつを殴ることも、場合によっては殺すことだってできる。それに畑を耕したり林檎をもいだり、雪かきをしたり――女の彼女には手に余る穀物の運搬だってできるし、彼女の嫌がる牛や豚の屠殺だってかわりにやってあげられる。俺は一体これまで、何をくよくよと思い悩んでいたのだろう?ローラが俺に言いたかったことはつまり――こういうことではないか。俺にとって兄にも等しいジョンと、愛しいローラのどちらかを選べともし誰かに言われたとしたら――選ぶことも比べることも俺にはできない。そしてそれと同じように――ローラにも前の亭主と俺のどちらかを選ぶことなど、できるわけがないのは当然ではないか!)
やたらチクチクざらざらするソファの上に身を起こすと、アンソニーは自分が猜疑心という名の、心の中に潜む悪魔にこの時初めて勝利したのを感じた。そういえば先週レナード牧師が日曜礼拝の説教で言っていたっけ……愛は傲らず高ぶらない、だっけ?それで、礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、人のした悪を思わず……それからなんだったっけ?
アンソニーは突然思いたって、ランプに火を点すと、客間にあるローズ家の家族用聖書を手にして居間まで持ってきた。毎週日曜礼拝になど参加せず、朝はのんびり昼くらいまで眠っていたいものだとこれまではずっと思っていたし、レナード牧師のつまらない説教など屁のたしにもならないとアンソニーは考えていたのであったが――ただ儀礼的に、ローラのよい夫として村の人たちに認めてもらうためだけに、彼は毎日曜、欠伸をかみ殺しながら牧師の説教を聞いていたのである――今初めて、あたりは薄暗闇でも、彼の心の中には明るい不滅の光、魂の光が差しこもうとしていた。
『愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます』
(コリント人への手紙 第一、第十三章第四節~第七節)
それまでの人生で、ろくに聖書など開いたことのなかった彼は、その箇所を見つけだすのにとても苦労した――だがアンソニーはそこに薄紫色の繻子のしおりを挟むと、そこのところの聖句を暗唱できるようになるまで、何度も繰り返し心の中で読んだ。そして最後には小さな声でもごもごと口にだして読み、心の中が神への感謝の気持ちとローラへの愛、レナード牧師がよく口にするキリストの平安とに包まれるのを感じた――それは大袈裟にいうならばアンソニーにとって、聖パウロの回心にも等しい出来ごとであった。アンソニーは暗記したその聖句を片言を覚えた子供が繰り返し同じ言葉を発音するように何度も何度も心の中で唱え、そうしているうちにいつの間にか、ソファの上で快い安らかな眠りへと落ちていったのだった。
次の朝、ふと目覚めると、台所からはふくいくとしたよい香りが漂ってきていた。焼きたてのマフィンの匂いに、落とし卵にマッシュポテト、かぼちゃの煮込みにチキンの焼けるいい香り……それと今日のスープは一体なんだろう?
アンソニーは鼻の穴を大きく膨らませながら、まるで花の蜜に誘われる蝶か蜜蜂のように、何も考えずにふらふらと台所へいった。台所や食堂には、眩しいくらいに朝の光が差しこんで、朝食の品の数々を彩り美しく輝かせていた――アンソニーは食堂ではなく台所のテーブルの席につき、そこに並べられた皿の上の食べ物を、お預けをくった犬のように眺めやるばかりだった。
「……おはよう、ローラ」
気まずそうにアンソニーが朝の挨拶をすると、ローラは背を向けて焜炉の前に立ったまま、林檎と玉葱の炒めものを作りながら、
「おはよう、アンソニー」と疲れたように返事をした。
いつものアンソニーなら、ローラの腰を抱きよせてキスしているところだが、今日は何故かそうすることが、ひどく気恥ずかしく感じられた――そして改めて、信じられない思いで奇跡のように思われる、朝食の食卓を眺めやった。
(これこそまさに、俺が小さな頃から憧れていた、夢の食卓ではないか?バターやマーマレードをマフィンやパンの上にたっぷりのせても、誰に文句を言われるでもなく――目の前には美しい妻の笑顔があり……)
だが、林檎と玉葱の炒めものを皿にのせてだしたローラの顔色は、ひどく優れないものだった。長い睫毛に縁どられた大きな蒼い目の下には隈ができており、彼女が寝不足なのは誰がどう見ても明らかだった。
(自分が愛している女に、こんな顔をさせるのはよくないことだ)
アンソニーは自分が毎日肥え太った豚のように、ローラの美味しい料理を当たり前の如く食べていたことを、突然心から恥じた――自分がもし女なら、とアンソニーは難しい想像をした。きのうのようなことがあった次の日の朝に、こんな豪華な朝食をこしらえられるだろうか?答えは断然否だ。ローラはそれだけ愛情深い女なのに、俺ときた日には……。
『いいや、アンソニー。あの女は、きのうステファニーがトミーの思い出話をしていったので、亡き夫のことだけを想って涙にかき暮れて眠れなかったのさ。ただのスペアおまえのことなんか、本当はこれっぽっちも思ってはいないのだよ』
心の中で、いつもの猜疑心の悪魔がそう囁いた。アンソニーは膝の上でぐっと両の拳を握りしめると、きのう暗記した聖書の聖句を心の中で暗唱した――『愛は寛容であり、親切で、人を決して妬ま
ない……』
「きのうはすまなかったね、ローラ。すっかり酔ってたんだ。それであんなことを……」
アンソニーはいつもの、模範的な夫としての自分に戻ろうとした。本当はそうした理想の夫像と本来の彼との間にある溝こそが――悪魔につけいる隙を与えるのであったが、彼にはそこまで深く自己分析することは難しかったのである。
「いいのよ。気にしないで、そんなこと」
頬を染めて弱々しく微笑むローラを見ていると、彼は突然何かに耐えられなくなった――それで、「ちょっと牛舎のほうを見てくるよ」と言って、ひどく慌てたように勝手口から外へでた。
アンソニー自身、自分がローラに劣らず耳まで赤くなっているであろうことを、よく自覚していた。きのう、自分はそんなに大したことはしていないと思ったが――ローラの顔を真っすぐに見ることが、突然難しくなったのである。
(そうか。ローラはたぶん……きのうことには一切触れてほしくないのだ。俺としたことが……とんだ大失敗だ)
アンソニーは腹が空いてはいたものの、まるで自分に罰でも与えるかのように、鶏や牛、馬や豚などにエサをやり、ポンプを押して水を汲んでは、家畜たちに与えた。
そしてとりあえずこれが空腹の限界だと思い、家へ引き返すと、ローラが手間などまるで感じないかのように温め直してくれた朝食を、ずっと待っていてくれた彼女とともに食べた。
(これは……俺がずっと憧れていた生活そのものじゃないか。親父やおふくろが生きていたら……俺は親父の土地を継いで、農夫になっていたことだろう。でもローラほどの妻をロチェスターに勝るとも劣らないあのど田舎で見つけることは、絶対に難しかっただろうな)
アンソニーはこれ以上もないくらい、幸福に包まれていた。そうだ、自分はまだ九つくらいのガキなのだと彼は思った。両親には確かに愛されたという記憶があるが――それ以来、彼を愛してくれたといえば、唯一ジョンの名前が思い浮かぶきりであった。そして今目の前にいるローラと……アンソニーは自分が、突然にして<愛>というものを理解したように感じた。それまでは<愛>というと、軽蔑し、唾棄すべき何ものかという気がなんの根拠もなくしていたものだったが――それは自分が普通の人間よりも<愛>というものに遥かに不慣れなせいだったからなのだと、今はっきりわかった。
(なんとなく、くすぐったいような、こそばゆいような……そういえば、天使の羽毛でくすぐられるとかいう恋愛詩の表現を、昔何かの本で読んだことがあったっけ。その時は寝言は寝て言えとその詩人に対して思ったものだったが……でも考えてみたら俺たちはまだ新婚なんだし……たまにはこういうのも、悪くないかもしれない)
ローラとアンソニーはまるで新婚初夜の翌日の朝を迎えたカップルのように――いや、彼らの場合、その朝は実に会話が弾んだのであったが――言葉少なく、まるで毎日の勤行でも忠実に勤めるかのように慎ましやかに食事をした。だがそれはとても心踊る、楽しい勤行であった。ローラにはアンソニーが、自分の昨夜のふるまいを恥じ、反省しているのがわかったし――アンソニーにはローラが、初心な小娘のように可愛らしく思えていたのである。
「愛してるよ、ローラ」
食事のあと、後片付けを手伝いながら、アンソニーはいつものようにローラの腰を抱いて、そう愛の言葉を囁いた。
「わたしも……あなたを愛しているわ、アンソニー。決して誰かのかわりというわけではなく……」
アンソニーはローラに、みなまで言わせなかった。彼女の唇に朝の軽いキスではなく、熱烈な夜の深いキスをして、そのあと二度三度とそれを繰り返したからである。