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アナタが作る世界の中で生きる僕たち  作者: 無知蒙昧な白い神
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第6話 罪の起源

『こちら、新商品のコードになります。読み取りいかがですか?』

「結構よ。急いでるの」

『落ち着く成分を含む商品のコードを…』

「結構です!」


 落ち着かなきゃいけないのに、焦りが募ってしまう。さっきから心臓がバクバクしていて痛いくらい息苦しい。心音計測したらきっと異常値を示しているのだろう。

 走ってしまいたいけれど、こんな人通りが多い場所では誰かにぶつかる危険行為に捉えられ、AI機器に余計な拘束をされかねない。

 危険人物には透視検査(スキャニング)が問題なく使用されてしまうと聞く。落ち着け、私。今は一番、それをされてはいけないのだから。


『青に変わりました。ベルトコンベアが動きますのでご注意ください』


 目的の場所までが余計に遠く感じてしまう。仕方ないと言えばそうなのだが。何故あんな辺鄙な場所に住んでいるのか、納得できるのだが今の私を癒してくれる情報にはならない。


「やっと街から抜け出せた。次は…はぁ」


 長く伸びる下りの階段。エスカレーターではないことに安心すればいいのか、嘆けばいいのかよく分からなくなってきた。


 街から外れて30分の徒歩移動。その果てにこの場所があった。


「来たわよ、()()


 ガラリと手動の引き戸を開け放ち、中にいるであろう人に呼びかける。出迎えも無ければ、返事もない。これがここでの通常だ。


「先生?また工房(そうこ)?」


 工房を倉庫と呼ぶ理由は、そのままだからである。街外れには使えなくなってしまった建物を残している場所も多い。多くは倒産した会社が潰す金もなく、国が買い取るまでもない残骸ばかりだが、昔に自営業や趣味で自宅に建てた建物はそのまま財産として残る。何かをそこで作ることは許されないが、部屋として使うことまでは禁じられていない。

 ここも改築などはせず、()()()()使われ続けている。


「あ、いた。先生、元気そうだね」

「ああ、珠輝。よく来たな」


 白髪の初老の男性は振り返ってこちらを見た。

 彼が先生。名前はよく知らない。教えてくれるつもりがないのか、会った時からそう呼べと押し付けてきた。祖父の知り合いで、出会いは5年ほど前。

 祖父の葬儀の後に声をかけられたのが始まり。向こうはその時以前から私を知っていたようだった。 葬儀中、先生がずっと祖母の近くに立っていたのを覚えている。

 不思議だったのは、二人が会話をするでもなく、隣にいるわけでもなく、少し距離をとって近くに立っていた。いまだにあれが何だったのかを聞けてはいない。


「引っ越したりしないの?独り身の老体には不便じゃない?」

「なんだ?久しぶりに会いにきてそんな無駄話を持ってきたわけじゃないだろ。さっさと見せな」

「本当…愛想がないよね。先生ってば」

「お前も大概だろが。いいから出せよ」

「はいはい」


 私は普段はあまり使わない大きいリュックサックの()()()()()下口の方から封筒を取り出した。

 封筒は使い回しているために折れやヨレがびっしりと刻まれている。少し曲がってしまったが、読む分には影響ないだろう。

 しかし先生は慌てるように声を荒げた。


「お前、何をそんなに詰め込んでんだ。原稿曲がっちまってんだろが!」

「ちょっと!私の完璧な偽装にケチを付けないでよね。おかげでここに来るまで重労働だったんだから」

「要改善なら完璧じゃねえな。もっと試行しろ」

「うっさい」


 先生が封筒から取り出したのは、手書きの紙束約百枚。先生が原稿と呼んだそれは、2種類の小説束だ。


「二つ?量も差があるな。…まあいい。お前、適当に暇をつぶしてろ」

「冷蔵庫使ってもいいよねー」

「碌なもんはねえが、そこの棚のも飲んでていいぞ」

「棚?……これか」


 戸棚を開けると数種類の果糖飲料が入っていた。

 小さい頃に祖父の家で出されて喜んで飲んでいた物とどこか似ている。

 今じゃ健康飲料(ケアドリンク)純粋果汁飲料(ピュア・ジュース)ばかり置いている店しか見かけないと言うのに、どこで見つけてくるのか。

 お買い得シールが物理的に重ねて貼られている。少し面白い。50円て。ケアドリンク一杯の価値にも満たないのか。


 先生の方へ振り向くと彼はもう読書を(集中)していた。何を話しかけても無視されるし、聞こえてすらいないのだ。のめり込む…という状態らしい。

 私は適当に飲料を一本掴み、部屋を探検することにした。


 まず工房。別名倉庫。

 一見、置物以外何もないように見えるが、この置物がまず異質だった。工芸品も違反対象になり得るはずが、「家屋には適用されない」と言う抜け穴を使って全ての置物が接着されることで、壁や段差、手すりとしてそれぞれ役目をもつことが許されているのだという。無理やり過ぎると最初は呆れたものだが、今では慣れたもので壁の柄の一部と見れば悪くない。壁としてはあまりにも隙間が多過ぎるけどね。

 これらの人形や陶器は先生が昔作っていたものなのか、それとも集めていたものなのか、そんな話もしたことがない。


 一度屋外に出て、別の家屋に入る。母屋というらしい。先生が日常生活に使用している建物だ。

 片扉を開けると小さな靴脱ぎ場があって、段差を登ると左右に扉があり、右は台所へ通じ、左は居間に通じている。

 玄関、中の間、奥の間、二階に通じる階段、浴室、便所。昔の家は区切りが多く部屋の数が多い。

 2階は寝室と便所と空き部屋が2つ。1人で暮らすには有り余っているが、その分余白だらけで寂しさを感じてしまいそうな家だ。

 普通なら、AI機器をそれぞれの部屋に置くことで快適さと賑やかさを両立させるのが常識的だけど、この家では稼働しているAI機器が一つもない。

 存在していないわけではないが、みんな停止している。まるで壊れたように動かない。実際は最初から使っていないだけなんだろうけど。

 ふと喉が渇いたので、持っていた飲料に口をつけた。


「グッ!!あっま!!」


 驚く甘さだった。喉を通った後も口の中にまだ甘さが残っている。

 けれど、少しだけ懐かしいと思えた。十数年前もこんな飲み物を楽しみにしていたなと思い出した。

 二口目には驚きは少なくなっていた。確かに甘いが苦手というほどでもないな。

 ホットレモンコーヒーと似た感慨深さがある。


 最後に寝室を覗きみた。個人的な空間だし、入るこもまではしなかった。遠目から中を探索するだけ…。


「あ、写真…とアレはなんだろ」


 二、三人の男女が写った写真立て、と歪な機械のようなもの。何故か動き出しそうに思えた。置物ならあんな目立つ場所に置いてあるはずもないし、AI機器を寝室に置くような人にも思えない。本当になんだろうあれ。

 くいっと飲料を煽りながら他にめぼしいものは無いかと視線だけ動かしていて、一つ気づいた。

 飲み物がいつのまにか空になっていた。無意識に飲み切っていたらしい。やたらに喉が渇く。2本目をもらいに行こうか。

 とりあえず工房に戻ることにした。



「……」

「ブツブツ……」


 先生はまだ読み終わってないみたいで、独り言を呟きながら小説に書き込みを繰り返していた。

 終わるのを待っている私は持ってきていた栄養グミと2本目のジュースを貰って机に寝そべっていた。こんなにだらけるのも久しぶりだ。何だか眠くなってきた。いっぱい歩いたし、仕方…ないよね。



ー記憶の栞ー


 おじいちゃんが元気だった時、少しだけ作っているものについて聞いたことがある。


「話は主人公になった奴が作り上げていくんだ。そいつがどんなことをするのか、それを周囲にどう見せて何を感じさせるのか、俺たちは主人公たちの生き様を見させられるんだ」

「ふーん」


 まるで理解もしていない私は懐かしいジュースを口に含み、口の中で泡が膨らむのを楽しんでいた。

 ソーダ、確かそんな名前だった。あれ、ラムソーダだったかな。


「珠輝、好きな話はあるか?」

「えー?」


 何と答えたか思い出せないな。昔やっていた児童向けチャンネル…の映像…だめだ、全く思い出せない。


「俺はなー」


 そう言っておじいちゃんが見せてくれたものがあった。たしか…マンガというもの。

 古いものでおじいちゃんが子どもの頃から集めていたものの一番最初の本だったという。ボロボロで色もくすみ、触ったら破ってしまいそうで扱いづらいものだったと記憶している。

 ただ、おじいちゃんがそれを見せてくれる時の表情はとても嬉しそうでキラキラして見えた。だから、私の中でこの記憶は割といい方に仕舞ってある。

 おじいちゃんが宝物を見せてくれた時の思い出。

 今はもう、あの家に残されてはいないのだろう。

 キラキラとした宝物を奪われる、そんな感覚を私は理解できるようになった。


 私の奪われたあの作品はいったいどんなものだったのだろう。


ー  ー


「珠輝」

「んえ?」


 いつのまにか寝てしまっていた私は机に涎を垂らす寸前で声に起こされた。

 先生が苦笑いでこちらを見ている。袖で口元を拭いつつ呼ばれた理由に思いつき、確認を入れる。


「先生、読み終わったの?」

「ああ。採点も済んだ」

「学校の先生かよ」

「元な。んなことより、これお前の字だろ?」


 先生がマジの先生だったとか。担当は国語?…いや歴史かな?AI講師にレクチャーする先生とか面白すぎる。あ、でも10年以上前の可能性もあるのか…どんな先生だったんだろ。

 先生が書き込みだらけになった小説束を指差しながら話を逸らした。


「そうだよ。ほんと!大変だったんだから。書き写すのに一週間掛かったんだからね」

「急いで書いたから字が汚いってか?」

「違う!…え?私の字って汚いの?」

「で、内容は書きながら読んでるんだろ?どう思った?」

「どうって、先生が教えてくれるんじゃないの?」

「お前の感想を聞いているんだ」


 私の質問は無視して、自分の問いを押し通す。先生の得意技。答えるまでしつこく聞き返し、語気が荒くなっていく。

 …確かに書き写すために全文目を通してはいるが、ハッキリ言える言葉がない。が、答えなければしつこいのだから、適当に思い出したことを口にする。


「タマイチさんのは簡潔的で量としては書きやすかった。でも短いのは、難しい字や言い回しばっかで理解できたかというと微妙ね。もう一方のヒャクが作ったものは、地獄だったわ。量が多いし内容も重いし、写してて何度も恥ずかしくなってうんざりしたもの。

 …私にはこのくらいのことしか言えないわよ」

「そうか」


 先生は落ち着いた顔で、短く返事をした。

 興味がなくなったかのように私から視線を外し、また小説に書き込みを加えている。

 期待されていたように感じていた私は、小さく落胆した。…いつも通りなのに、どこか悔しい。

 私は椅子の上で足を抱え込んで、どう言えば良かったか考え込む。


 言いたいことは言えたはずだ。だけど言い足りない気もする。情報が少ない?多過ぎたらヒャクと同じようになるかも…。伝えるって難しい。


「ほら。用は済んだろ。そろそろ帰れ」


 いつの間にか、先生が目の前に立っていて、私に小説束を差し出していた。

 しっかりと封筒に入れられ、封も閉じられている。(因みにこの封筒と用紙は先生がくれたものだ。どこで買い揃えているのかまでは知らない)


「…うん。帰る」


 私はリュックの下ポケットに折れ曲がらないように封筒を仕舞い込み、チャックをカバーで隠した。


「ねえ先生」

「何だ」


 玄関まで見送りは来なさそうだったから、工房を出る時に私は先生に気になることを一つだけ聞いた。


「創ることと、奪うことって、どっちの方が悪いの?」

「何だそりゃあ」


 先生が初めて見る顔をして私を見ていた。あれは、驚きなのよね?


「自分で思うように決めればいいんだよ。俺たちはそうしてた」

「それって、答え?」

「聞くな。さっさと帰れ」

「じゃあね」


 先生が手のひらをプラプラとさせて何かの仕草をしている。よく分からないけれど、満足したし帰ろうと思う。偶には遊びに来るのもいいかもしれない。


「…訂正。二度と来ないわよこんなとこ」


 私は目の前の地平線まで続きそうな階段を睨みながらそう呟いた。

読んでいただきありがとうございます

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