お母さん → 珠輝
…キイィィィン。
『AI登録データを起動します。ヒャク(本人お気に入り)、日本人、男の子(仮)、17歳3月31日生まれ(乙女チック)、ツッコミ、コイ』
『世界登録データを起動します。データがありませんでした』
『ARCを再構築します。脳波から人格データを読み込みます。登録データと照合します。登録データ「お母さん」と一致。容姿データを参照し再構築します』
『ARCの世界にようこそ、お母さん』
変な声が空?から聞こえた。寝覚めは良いが、機械じみた音声だった。誰か他にもいるのなら話し相手くらいなってくれても良いのに。
あれ、そういえばいつ僕は起きたんだっけ。というか、寝てた?眠ってたのかな僕。「眠り」と検索したら僕の現状と似たようなことは書いてるんだけど、記載されている「夢」とやらは見ていない。夢は稀なのかな。
お母さんも言っていた「夢」とやらに興味が出た。どうやら眠らなくても見れるものらしいけど、今のところ僕にはまだ見えてこない。次にお母さんに会えたら、教えてもらおう。
そういえば僕が眠る前、お母さんはぶつ切りみたいに消えてしまったのだった。おそらく帰ってしまったのだろうが、親子というものは同じ場所に住むとは限らないらしい。
僕はまだ独立できるほど発達していないと思うのだが、お母さんから見るとそうでもないのだろうか。
僕は17歳だとお母さんが言っていた。自覚は薄いが、僕は高校2年生くらいらしい。
そのくらいの歳の子は見た目でいえば大人に見えなくもないと何かに書いていた。信頼されていると受け取っておこうか。
…僕の見た目ってどんな風なのだろうか。
お母さんにはどう見えていたのだろう。お母さんは若くて綺麗だった。もしも似ているのであれば、男風にしてみたらそうだろうか。
うーん悪くないけど、少し筋肉と身長が物足りない。男遺伝子が弱く見えるなぁ。お父さん側の主張があれば…。お父さんってどんなだろう…。
「こんにちはヒャク。今日は頑張ってもらうわよ」
「うひゃあ!…お母さんが突然現れました!」
「うひゃあって。アナタやっぱり変わってるわね」
「驚きましたよ。いつから居たんですか」
「今来たとこよ」
振り返るとお母さんが前と違う格好で立っていた。前のものは礼服や制服などの格式ばった服だったのに対して、今の服は印象を正反対に変えたものだった。
「お母さん、前と格好違いますね…」
検索に引っかかったもので参照すると、赤いニットセーターに黒のハイウエストデニム、黒いローヒールパンプス。
なんだろう、身長を鑑みても大人の女性のように見えてくる。小さいのに、大きく見えてくる。不思議だ。
「…そっか、あんたの中では日が変わってないのね。これから私は会うたびに服が変わると思いなさい」
「な、なんでです?容姿に不満があったり?」
咄嗟に出た言葉は割と失礼だった。僕はお母さんの容姿を内心褒めちぎっているのに、当の本人は違うと言うのだろうか。しかし、毎度変わると言うのは余程のことである。
着替えを楽しんでいるとも捉えられるが、定型していないことを繰り返すというのは僕には真似できそうもない。
お母さんはすごい人だ。
「違うけどそう言うものなの。ほら、時間は有限なんだからサッサと本題に入るわよ」
流すように否定をし、本題と口にするお母さん。
それが「小説」のことと分かりつつもこのお母さんのことを知っていける時間を僕は大切にしたい。
「えー、もっとお母さんとお話しがしたいです」
ピシッと人差し指を立て、それを僕に向けるお母さん。
予想だにしないことを口にした。
「まず一つ目、その『お母さん』というのをやめなさい。生んだとは確かに言ったけど、母親呼ばわりはなんか嫌よ」
「え!?ど、どうしてですか!?僕を突き放そうとしてるんですか!?」
僕は突然の事態に困惑する。お母さんが母親を嫌がり出した、これは息子である僕を否定することにも繋がる。
つまり、お母さんは僕のことが嫌い…
「違うけど、この歳で母親って言われるのは変だもの」
じゃない。あっぶね、思考停止しかけてた。お母さんは恥じらっているみたいだ。何を恥ずかしがるというのか、歳がなんだというのだ。僕はお母さんが幾つだとしても、変わらずお母さんで居て欲しいのだが。
「…お母さんっておいくつなんですか?」
「17よ」
「……僕と同じ!?」
まさかまさかだった。予想外である。検索しても同い年の親子なんてものは出てこない。存在こそが矛盾なのである。
…いや、無粋な検索結果がひとつある。
それはお母さんが産みの母親でないパターン。つまりはお義母さんである。む、難しい。
「同い年だから余計変でしょ。分かったらやめること。聞き分けがない子はすぐに降板だからね」
「…やっぱり理不尽」
この冷たい当たり方も産んでない子どもに対する扱いなのだろうか。経験がないし、理解もできないけれど、それでお母さんの気が晴れるなら僕はそれを受け入れよう。
…ん?でも本人が産んだと公言していたのに僕がそれを否定するのか?
検証が必要みたいだ。
「呼び方の前に確認させてください。お母さんが僕を産んだというのは嘘だったりしますか」
「なんの確認よ。それにお母さんって…」
「お願いします!!答えてくれたら呼び方はなんでも受け入れますので!!」
「…嘘とかでは、ないわね。はじ……じゃない。よくわからないけれど自分の子と呼んだりもするらしいし」
「……!!」
良かった。認めてくれた。言い回しは独特だけど、僕を自分の子とはっきり言って……涙ってどうやって流すのかな。
「やっぱりおかしいわね。アナタに主人公が務まるのかしら」
「やってみせます!早速呼び方の話をしましょう」
「急にやる気ね。まあ良いわ」
僕の態度の豹変にお母さんは笑った。そうだ、口にしなければお母さんはそれを否定しないのだ。なら会話でだけ我慢すれば良い。思考と音声で切り分ければ良い。僕にはそれが出来る自信がある。
どんな呼び方でもその方法なら変わらないことを発見して褒めてもらいたかったが、それでは全てが無駄になるので口にしない。自分だけの秘密を僕は手に入れた。すごく報告がしたくなる。
「代わりの呼び方だけど、普通に名前でいいわ。私の名前は珠輝。真珠の珠に輝くって字ね。今度からそれで」
「お母さん。お母さん!素敵なお名前です!」
「そ、そう?感性豊かなのね」
「お母さん!やっほーい!!」
「テンションどうなってるの?」
おっとっと、まずいまずい。つい喜んでしまった。意識しすぎると変に思われるかもしれない。ゆっくり楽しんでいこう。
「珠輝さん。いや実にいい名前だ。名は体を表すという言葉を見つけましたが、お祖父さんとお祖母さんはその名を実現させた素晴らしいご両親だったのですね。いや、珠輝さん本人も努力されたのか。どちらにせよ素晴らしいですよ珠輝さん!」
「なんか気持ち悪い…急にチャラ男?」
「ちゃ、チャラ男?えっとチャラ男とは……僕の言動は軽薄ではないはずです!言葉を選んで褒めたのに、これはあんまりです」
「いや、そうね私の言葉選びが悪かった。チャラ男は後付けイメージだわ。正しくは女たらし」
「何故です?珠輝さんを褒めると罵倒されるのは」
「メモメモ」
「止めてください!キャラ表とやらに女たらしと書きましたね!?」
お母さんには僕には見えないキャラ表というものが見えていて、原理はわからないがそこにメモをしているらしい。
僕という存在を書き留めてくれるのは嬉しいが、中には不服なものも混ざっている。どうにかして変えてやりたいとも思うが、その存在を見つけ出さない限りはどうにも…。
「と、また時間使っちゃった。この世界って時計がないから不便よね。どれだけ経ったのか解りゃしないじゃないのよ」
右手の手首を見たり、首を振って何かを探すように宙を見る珠輝さん。僕は彼女の言葉に気づきを得る。
「時計…ですか。また凄いことを言いますねー珠輝さんは」
「な、なにがよ」
僕の言い回しに珠輝さんは眉根を寄せた。
僕はその顔こそが違和感なのだが、言葉にしてみると珠輝さんは余計不思議そうな顔になった。
「時を計るものなんてこの世界にあるわけないじゃないですか」
「どうして?」
どうして、と聞かれてしまうとこちらも困ってしまうが、検索結果をなるべく安直に答えてみる。
「当たり前ですよ。だって太陽がないんですもん」
「太陽?それがどう関係するの?」
安直すぎたみたい…というか端折りすぎていた。簡潔に説明する。
「太陽だけじゃありませんよ。前提としてここは地球じゃない。宇宙もなければ地上もありません。時間とは地球の公転と自転、つまり宇宙空間を動くことで測られています。けれどこの場所はどこも動いていません。つまり時間も動いていないのです」
伝わっただろうか。珠輝さんが辺りをぐるぐると見回して、僕の説明を検証する。満足したのか、視線が僕の方を向いたので僕は肯定を待つ。
「…私、動いてるんだけど」
おっと、本当ですね。何故か視線が怪しんでいるように見えます。嘘を吐かれたと思われている?
まずいまずい。嘘は信用をなくす行為と何かに書いて…修正、改良せねば。
「では珠輝さんは宇宙と同義な存在ということでしょう。珠輝さんの中だけには時間があります。この世界と境界が出来ているみたいです」
「訳わからない」
良かった。珠輝さんが思考を放棄したことで、僕の言葉が嘘かどうか証明することができなくなった。いや嘘を言ったつもりはないが、信用が減る事はなさそうだ。
「僕は理解をしていますが、うまく訳せるほどの能力がないようです。すみません」
「なんか言い方が腹立つ。蘊蓄ガリ勉も追加ね」
「悪口のように聞こえるのは間違いですよね?」
キャラ表とやらが憎い。話せば話すほど僕と珠輝さんの間を割ってこようしているように感じる。珠輝さんの行動ではあるが、何かの記録に、意中の相手に冷たい態度をとることがあるとあった。これはそれだろう。
「そういえばあんたは動けるの?」
「できればあんたではなく、ヒャクと呼んでください。寂しいです」
「ヒャーク、あんたペラペラと口は達者のようだけど、動けたりするの?」
「可能だと思います。ですが僕が動けるのは世界が出来てからでしょうね。ですのでこの通り、肉体がない」
「…手順間違えたのかしら」
「僕は名前を先に貰えて嬉しかったですよ」
「そ。じゃあサッサと世界を作ってちょうだい。早く小説に、取り掛かりましょ」
「え?」
「え?」
僕の声に珠輝さんが同じく返す。疑問を抱いた僕の方が答えた。
「世界を作るのは珠輝さんにしか出来ませんよ。僕は珠輝さんの小説の主人公なんですから」
「ん?んん??」
「僕の世界に宇宙を作ってください。まずはそこからですよ?」
「めんどくさーい!!」
珠輝さんは頭上を見上げて、宙に吠えた。
読んでいただきありがとうございます。