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アナタが作る世界の中で生きる僕たち  作者: 無知蒙昧な白い神
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百番目のアナタでワタシは…

主人公  鹿目(かなめ)珠輝(たまき)

幼馴染  広瀬(ひろせ)乃愛(のあ)



「おかえり、珠輝(たまき)

「……ただいま」


 ヘルメットを脱ぐと見慣れた顔が私を迎えた。幼馴染の乃愛(のあ)の顔。彼女は嬉しそうに笑っていた。


「どうだいどうだい?コイツの使ってみた感想は」


 乃愛(のあ)は裏にギッシリとメモが書かれた紙を板に挟み、先が丸まった鉛筆を持ってこちらに尋ねてくる。

 『懐かしい道具(アナログ)』だ。

 彼女は趣味に対するこだわりが強く、今じゃ誰も使わない紙と筆記用具を未だに大事にしている。

 慣れたその姿に突っ込みはせず、私は端的に答える。


「なんか、頭が重い……」

「ヘルメットくらいの重さしかないだろ。それより中身だよー」


 乃愛(のあ)はコンパクトな物より、ガチャガチャとしたデザインが好きな変わった女の子なのだ。装着型で市販されている機械類はどんどん軽量化しているというのにこいつは全く意に介さない。使用者の意見を取り入れる場合ではないのか。

 乃愛(のあ)の質問に意識を向けると私は思い出した。


「中身……ああ、あのAIのこと?」

「そう!私が作った(アシスタント)(アイディア)!売れそう?」

「AIってそんな意味だったっけ?人工知能じゃないの?」

「そんな凡庸、私が作るわけないじゃない!私が作るのはもっと凄いものなのよ」

「ふーん」


 私は所々発光を繰り返すこの重い機械を見る。

 重さの原因は管の量か。ジャラジャラと凄い、本当にこんなに必要なのか?


 これは乃愛(のあ)が作ったおもちゃ。

 AIを用いた擬似空間作成装置、の意識を読み込む通り穴の役目をしていると説明をされたが使ってみるまで半信半疑だった。


「その顔は成功したっぽいね。良かった、ただ一時間寝てただけかもってこっちは心配だったんだから」

「は?一時間?そんなに経ってんの?」


 体感では二十分くらいの感覚だったのにそんなに経過しているとは驚きだった。


「正確には一時間二十分くらいかな。アラーム聞こえなかった?」

「あのうるさいやつね。頭が割れるかと思ったわ」


 事前に聞かされていたとは言え、想像していたものと違っていた。頭の中に直接アラーム音が聞こえるという拷問じみた苦行。鳴り初めは緩い間隔だったのがどんどん狭まり音を遮断するほどに鳴り続けるという。乃愛(のあ)の悪戯かと思っていた。

 乃愛(のあ)は悪気はないと言った顔で、改善項目にメモをした。


「出力間違えたんかな。そこは後で下げるとして…向こうはどんな感じだったん?」

「えっと…白かった。何もなくて何処までも白い変な世界だった」


 不思議な景色だった。天も地もない、見渡す全てが白く果てがあるようで無さそうな寂しい空間。その中に私は立っていたのを思い出す。

 それを伝えると乃愛(のあ)は声を弾ませて喜んだ。


「よしよし。中は歩いたりした?」

「いやいや、歩けるとか初耳。ずっとその場で会話してたわよ」

「会話?誰と?」

「AIと」

「え?」

「え?」


 驚く乃愛(のあ)と視線が合う。何故か説明を要求され、私が体験した20分間(体感)の出来事をかいつまんで説明した。


「は〜、やっぱり乃愛(のあ)ちゃん天才だわ」

「計算外で作っちゃう天才ー」

「いやいや、後で組み込む予定ではあったから。計算のうちだったから。ただ気付かない内に才能が出ちゃったってだけ」


 乃愛(のあ)の予定していたAIは人物イメージを入力することで、作成者の意図したアバターを演じるものだったらしい。本人曰く初期段階は入力した言語の発音だったり、口調を組み替える程度しか予定していなかったらしいのだが、私と会話していたAIは流暢な日本語を自然体に使いこなしていた。あれが無意識にできていたというのなら、天才の箔を付けてもいいのだが、文句というか少し困ったこともあったのだ。


「会話はできても設定が全然入力されていなかったんだけど、初期値とかはないの?選択項目とか。こっちが入れなきゃ決まらないんじゃ…何も変わらないのだけど」

「ありゃ、キャラクター出来なかったの?」


 私は焦りや不安感が募り、八つ当たりみたいな口調になる。しかし乃愛(のあ)はそれを気にしたそぶりはなく、あくまで失敗かどうかを聞く。

 私の質問は改善項目にメモされたとは思うが、()()を今聞くのは少しずるい。出来なかったわけじゃないからだ。


「適当にその場で決めてみたはいいけど、彼…彼女?は会話ができるだけで何も知らない記憶喪失みたいなことを延々と繰り返してきたわ」

「AIっぽくない?」


 良かった、というように一つ笑った乃愛(のあ)は振り返って壁板みたいなボードに図式を書いていく。どこまでも古風なやり方を貫く姿勢は尊敬に値するが、私の文句はまだ終わってはいない。


「それは…そうだけど。変に会話ができる分、チグハグで気持ちの悪い人物みたいなキャラに思えて不気味だったわよ。私は自分という芯がある主人公を書きたいんだから」

「注文が多いやっちゃで。ま、それは今後改善していくでしょう!」


 改善点を書き込んだのか、早速行動に移る乃愛(のあ)は超薄型ディスプレイメガネを装着した。無線で繋がったタイピンググローブで目にも留まらぬ速さで入力していく。

 乃愛(のあ)はデジタルも使いこなせる。アナログよりもデジタルの方が早いと自覚した上で、古風なやり方を取り入れる。こだわりなのだろう。

 手を止めた乃愛(のあ)はヘルメットを取りに寄ってくる。その際、私に確認を取った。


「んで、次回も使うんでしょ?」

「それは、まあ…」


 私はどう転んでもこれに縋るしかないのだ。幼馴染の才能を利用する方法しか残っていない。

 乃愛(のあ)はまるで悪役のように歪んだ笑顔を作る。


「よしよし。あんたが上手くいけば、私も一緒に儲かるんだから頑張ってよね!将来は億万長者よ!」


 幼馴染の野望は簡単ではない。が何故だかこいつはやり遂げてしまいそうな才能を感じる。それに引き換え私は…。


 私は小説家を目指している。今時、売れない職業だということは分かっている。誰もが自分の世界に浸れる世の中で小説は滅多に売れない。

 乃愛(のあ)みたいに出来ずとも、機械系の分野が将来安心できる職業だということも知っている。


 それでも夢は小説家になることだった。


 しかし今、私は挫折しかけている。自分一人では何も浮かばない。イメージが湧いてこない。

 そこで乃愛(のあ)の手を借りることにした。成長するにつれ才能と異質さを伸ばしてきた幼馴染は、ちょうど試していた新たな実験が役立つかもと言い、私を実験台にした。

 それがあの擬似空間作成装置、ARC(アーク)だった。

 

 『Can ready alter』、単語それぞれの頭文字を逆に並べて作った乃愛(のあ)のお気に入りの名前。

 「世界を変える発明だぜ」と口調が変わるほどに発案した時はテンションマックスになったが、最近は…。

 「あたしは〜楽に〜稼ぐ〜!」とふざけ始めている。


「これが楽って、ほんとすごいやつ…」


 見渡す限りの膨大な資料、散乱した工具箱、回転式の壁板には数式と簡略図。試作機は一つではなく、いくつも挑戦した残骸があちらこちらに転がっている。

 鼻歌を歌いながらタイピングを済ませる乃愛(のあ)

 幼馴染の凄みは毎度関心させられるのに、哀れに思う。

 何故、認められない事をするのかと。


 自分が惨めになるからもう言わないけれど、最後のこれだけは成功して欲しいと思う。

 私のためにも、乃愛(のあ)のためにも。


「1%の成功…だよね、お祖父ちゃん」


 私は頭につけているシオリを撫でた。



 ー『記憶の栞』ー



「お祖父ちゃーん、来たよー!」

「おー珠輝(たまき)ー、よお来たなー」


 お祖父ちゃんは小説家だった。怪奇小説を書いていた。


「またやってるのー?」

「おう。次のやつはな、泥棒が主役なんだ」

「えー悪者じゃん。警察に捕まる落ちしか浮かばないよ」

「ま、善と悪を筋にしたら必ず落ちはそうなるんだがな、そこに繋がるまでが面白いんだよ」

「どう面白いの」

「そりゃあ、今から書くんだよ、待ってな」

「やだよー、絶対長くなるやつじゃん」

「ほら、小遣いやっから、アイスでも買ってこい」

「いいよー、でもこの辺ってデリバリー局遠くない?1時間かかるんじゃなかったっけ?」

「ばっかお前、自分の足で買いに行ってこい、あいつら運賃高えだろうが」

「やだー、じゃあお祖父ちゃんが車出してよ。フライバイク貸してくれるのでもいいよ」

「馬鹿、免許ない奴が乗ろうとするじゃね。最近乗ってねえしな、父さんに連れてってもらえ」

「もー、一緒に行こうよー」

「あー、もーしょうがねえ奴だな珠輝(たまき)は」

「えへへ。やった」


 私はお祖父ちゃんが小説を書くのをいつも邪魔していた。遊んでもらいたかったというのもあるが、一番はお祖父ちゃんが嫌われて欲しくなかったからだ。家の誰にも。お婆ちゃんはいつも黙っているし、お父さんはお祖父ちゃんの小説が嫌いだった。お母さんはお父さんの言いなりで、私もお祖父ちゃんの小説にはそれほど興味がなかった。



 ー



 今になってその行為の無益さを後悔した。

 本当に邪魔だったのだ。私の存在は。

 完成出来なかったお祖父ちゃんは死の間際、私を呪ったことだろう。私ならそうする。というか、思い出すたびにあの頃の私を呪いたいと思っている。


 お祖父ちゃんが完成出来なかった最後の作品、それを遺品整理の中偶然読んで沈み込んだ私はお祖父ちゃんの真似事をするようになった。


 それが今の私。

 周りから嫌われ、疎まれ、孤立した私。


 鹿目珠輝(わたし)はお祖父ちゃんのような小説を書きたい。

 いやお祖父ちゃんの書けなかった怪奇小説をアナタで書こうと思う。

 私の書きたいものはそれだもの。だから…。


 私はまた頭の中が白紙のようになって小説を書けなくなる。

読んでいただきありがとうございます。

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