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アナタが作る世界の中で生きる僕たち  作者: 無知蒙昧な白い神
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僕が生まれて世界ができる

「初めまして、ヒャク」

「………あ」


 女性の冷めたような声が僕に向けられていることに気づいた。なんだろう、感覚が鈍い。

 とりあえず声は出せるみたいだ。女性は僕の反応を待っているみたいで、慌てて返事を返す。


「初めまして……あれ?」


 おっとりとした声。悪く言えば気の抜けていそうな声。馴染みのない声だったのに、数秒も経てばなんだかしっくりきた。変だなぁ。


「返事ができて偉いわね」


 褒められた。只それだけのことが無性に嬉しい。気にかかるのはこの人の顔の表情が殆ど変わらなかったこと。感情が表に出にくい人なのかな。声も淡々としているし、まるでロボットみたいな人だ。

 ロボット、見たことないけど。


「アナタの名前はヒャク。理由は簡単、百番目に生まれたから。苗字は必要になったら考えるけど、今はいらないわよね。希望があったら聞くけど?」

「…ヒャク。ヒャク、ヒャク。素敵ですね。…って自分の名前を褒めるのは変ですかね」

「良いんじゃない?キャラ表にメモしておくわ」


 キャラ表?女性は何かに書き残こそうとはしなかったけれど、覚えていてくれるそうだ。僕はそれがすんなりと受け入れられ、無尽蔵に彼女を信じられた。


「あ、アナタのことは?聞いても良いですか?」


 僕は無性に彼女が気になった。薄々気づいてはいるけども実感というか、彼女の言葉でそれを肯定してほしかった。

 女性はどこか悲壮感を感じさせる雰囲気で僕の言葉に返事をくれた。

 

「私はアナタを生んだ人」


 良かった。予想通りだ。彼女は僕を生んだ人。それってつまり。


「お母さんってことですか?」


 もう一声。只一言、肯定を求めてしまう僕。女性は半ば苦笑いで答える。


「そうねぇ。そうとも呼べるのかしら」

「そっか。………はあ」


 表情が変わった。苦笑いだったけども彼女の変化が嬉しい。もっと彼女が…いやお母さんのことが知りたい。と同時に僕のことをもっと知ってもらいたい。


「お母さん…会えて嬉しいです」

「変な気分ね。…もしかしてマザコンキャラ目指してる?ダメよ、そんな設定は要らない」

「えっと…多分違います。あ、でもお母さんのことは好きですけど」

「うーん、家族関係が良好なのは別に良いけど…メモはしないわよ?」

「分かりました」


 お母さんがなんのことを憂いているのかまでは分からなくても、この会話を僕は楽しんでいた。お母さんもさっきより口数が増えているし、きっと楽しんでくれている。そう思うと幸せだった。


「私はアナタを主人公にした話を書こうとしてるの」


 お母さんは小説家……ではなく、アマチュア物書きなのだという。もちろん将来はプロの小説家を目標としているようだが、その道は険しく長い道のりになるだろうとのこと。

 話をふんふんと聞いていた僕にお母さんは改まって話し始める。


「アナタのこれからを相談したいの。話を聞かせてもらって良いかしら」


 お母さんは僕の将来を憂いていたらしい。それが分かっても僕自身言えることは少ない。先のことなんて全く想像していなかったのだから。


「何を話しますか?」

「アナタがなるべきもののこと。それによって書きやすくなると思うから」

「はあ。なるべきものとは少しだけ大袈裟じゃないですか?僕がなれるものはせいぜい………なんでしょうか」


 考えてみても何も浮かんでこない。僕の主体性がないことにお母さんがため息をついた。


「アナタ、なりたい物はある?それをヒントにジャンルを決めるわ」

「ジャンル?…なりたい物ですねぇ、うーん」


 しばらく悩んでみても、全く浮かばない。

 僕と一緒に悩むお母さんは疲れたように言う。


「全く浮かばないのよ。アナタが何をする人物でどんな思想を持っていて、どんな行動をする人なのか。私にはこれっぽっちも浮かばない」


 僕にはお母さんの言葉が『知りたい』という感情に聞こえた。早くも夢が叶った。僕はそれを喜ぶ。


「…どうして笑っているの?アナタのことなのよ?しっかりしてもらわなくちゃ、アナタ一人に時間をかけていられないんだから。…そうだ、兄弟はいるの?」

「兄弟…。どうですかね」

「アナタ、自分がないの?それとも隠してる?隠してるなら教えて、じゃないと…リセットしなきゃいけなくなる」


 僕は隠している…のだろうか。そんなつもりはないと思う。お母さんにならなんでも教えてあげたい。この感情が嘘だと思えない。

 でもどうしてだろう。自分に関して自分ですら理解していないような、変な感覚だ。名前はヒャク。でも僕は一体誰でどんな人間なのだろう………


「僕は人間……ですよね?」

「当たり前よ。人外は……ありっちゃありだけど、主人公は人間がベストよ」

「良かった。僕たち日本語で話してますけど、僕は日本人なのでしょうか?」

「そこは……自動翻訳みたいなノリで通じるけど、とりあえず日本出身てことにしましょう。他には?」


 他には……。うーん、あ!


「僕って呼称してますし、男の子なんですよね?」

「そこも決めてないの。男の子でも良いし、女の子でも良い。私だと迷ってしまうからアナタが決めて」

「ええ…。じゃあ男の子の方向で」

「男の子(仮)ね。人気が出なかったら女の子に変更も可にしておきましょう」

「後から変えられるんですね……」


 僕は日本人男子。わずか五文字で終わる説明の可笑しさにようやく僕は焦り始める。


「ご趣味は?」

「えっと……特にありません」


 なんだか面接みたいだ。新鮮な状況の緊張感と不安感、そしてほのかな充実感に呑まれる僕。

 お母さんの声は相変わらず冷めたままなので余計雰囲気に合っていた。


「スポーツの経験は?」

「ありません」

「最終学歴は?」

「入園、入学共に経験ありません」


 僕は真面目に答えた。が、答えはほとんど変わり映えがなく考えても結果は同じだった。

 そしてそれがお母さんの態度に変化を与える。


「アナタ、ふざけてるの!?もっと真面目に考えて発言してくれる?こっちは真剣なのよ」


 まるで見えない机を叩くように両手を振るお母さんは眉を寄せてこっちを見ている。この顔は怒っている?初めて見る他人の怒り顔に僕は何処となく高揚していた。いや、お母さんが感情的になったのが嬉しかったのか?

 しかし、怒りが良くない状態というのは知っているので僕は理由を伝えて落ち着かせようとする。


「そう言われても…僕自身、年齢すら知らないですし」


 趣味、スポーツ経験、学歴、それら以前に自分の歳を知らない。自分を伝える情報が今のところ本当に五文字でしかないのだ。情けなさを通り越していっそ清々しいほどに情報が無い。

 僕の声を聞いたお母さんはまた表情を変えた。いや落ち着きを取り戻したのだ。冷めた声が僕を驚かせる。


「あら、年は決めているわ。17歳。高校2年生くらいね」

「初耳です。高校生だったんですか僕。…てことは誕生日も分かりますかね?」


 17歳。人として長すぎず、けれど短すぎることもない年月を過ごしていたらしい。全く身に覚えがないが、お母さんが言うのだからそうなのだろう。

 歳が分かれば、その切り替わりの時期も分かるだろうとお母さんに尋ねた。しかし、また驚く発言をされる。


「さあ、知らないわ。いつがいいの?」


 あろうことか聞いてきた。え、17歳って歳は、経験はどうやって過ぎていったの?という疑問は口にせず、少しばかりの抗議の意味も込めて願いを伝えてみる。


「…適当すぎませんか?もっと丁寧に扱って欲しいです。仮にも主人公なのでしょう?」

「降板もあり得るけどね」

「理不尽がすぎる…」


 お母さんはあっさりとした態度で言い放った。

 こだわりがあるのかないのか、お母さんは謎が多い女性だった。お母さんを『知りたい』。そして、『気に入られたい』。彼女との短い掛け合いが僕を成長させてくれる。

 彼女との会話は『楽しい』。『辞め(させ)たく』ない。


「今は何月なんですか?」

「今?3月よ」

「何日ですか?」

「ええっと、そう31日ね。それが?」


 僕は今日が何月何日か知っていた。でもあえてお母さんに言わせてみる。覚えていて欲しいから。


「じゃあ、3月31日ですね。誕生日」

「誰の?」


 察しが悪いのか、はたまたわざとなのか。お母さんは僕をみて尋ねてくる。僕は少しだけ強調して教えてあげた。


「僕のですよ。お母さんと僕が《出会った日》が誕生日です」

「へー。なんか乙女チック。ま、メモしとくわ」

「そのメモってなんなのですか?何にも書くそぶり無いじゃないですか」

「変なとこ突いてくるわね。それもメモしとこ」

「聞いてない!ぞんざいな扱いにも程がありますよ」


 次は何の話をしようか。僕のことでもいいのだけど、出来ればお母さんのことを話してみたい。彼女の情報から僕という存在を確定していきたい。

 しかし、何やら邪魔が入ったようだった。

 お母さんは僕には聞き取れない声を聞いたようで、独り言のように誰かと会話している。


「…え、もう終わりなの?まだ聞きたいこと山ほどあるのに」

「誰と話してます?」


 僕は敢えてその会話の邪魔をしようとしていた。僕の方に意識を向け直してくれたらいいし、逆にその存在も交えて会話するのもいい。とにかく、お母さんを独り占めさせたくはない。

 お母さんは僕の方を選んでくれたようだった。

 少しだけ早口になって質問を再開させた。


「さ!最後にアナタ、これだけはやりたいって欲…夢はある!?」

「勢いすごいなぁ。…夢ですか、そうですねぇー」


 僕は悩むそぶりをして、会話を楽しむ。どうせ何も浮かんでこないのだから、お母さんに決めてもらうのも手だと思ったのだ。ひょっとしたら面白い決め事があるのかも。

 しかし、お母さんは焦ったようにわちゃわちゃし始めた。


「悩まず、スパッと!適当でいいから!」


 と最初の落ち着きは何処へやら、困った顔で催促してくる。こちらも困ってしまう。だって適当など決められない。僕の情報は足りていないのだから。

 僕は僕自身の情報網から慌てて探る。


「何に焦ってるんですか!というか少しくらい考えさせてくださいよ」


 という注意が出たのは許してもらおう。これでもない、それでもないと、お母さんに合わせて僕も焦る。この同調がなんだか楽しかった。

 お母さんはその場で足踏み?を始めた。なんだか子供っぽくって可愛らしかった。


「じ、時間がないのぉ!早くっ!」

「ええと、恋!恋がしてみたいです!」


 検索にヒットしたものの中で一番閲覧数が多かったものを選ぶ。初めて自分で決断した。

 僕は僕を決めて行動した。それが誇らしく褒めてもらいたかった。

 しかし、予想だにしない現象が起こる。


「コイ!分かった、じゃあアナタは……プツン」

「え?」


 突然お母さんの姿が空間ごと消えた。今まで白かった世界が暗闇に包まれる。

 僕はどうしようもなく不安になり心細くて叫んでしまう。


「お母さん?お母さーん!おかあぁぁあさぁぁ………プツン」


 叫んでいる途中で耐え難い眠気?に襲われて僕の意識は途切れた。



『データを保存します。ヒャク(本人お気に入り)、日本人、男の子(仮)、17歳3月31日生まれ(乙女チック)、ツッコミ、コイ』

『これで登録しますか?』

はい() いいえ』



『登録完了しました』

少しずつ書いていくつもりで、作者の遅筆に目を瞑って長いお付き合いが出来たら嬉しいです。

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