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終末宣言

 黒煙が空を覆い、嵐が砂を巻き起こし、崩れた灰が宙を舞う。

 死と血潮の匂いが充満する場所に、それはいた。


「ようやく終わりか……?」


 呟いたものは少女の姿をしていた。特段の装飾のない質素な衣服に、背中の中ほどまでの長い黒髪を揺らしている。

 周囲に広がる惨状とは裏腹に、砂と灰にまみれた衣服の下に傷はない。

 もう原型が分からないほどにつぶれた肉塊、四肢が千切れとんだ胴体、半分に割れた頭からは脳漿が垂れ流しになっていた。そのようなものが至る所に散らばり、何処を見ても視界に入ることは想像に難くない。

 かつて人が住んでいたであろう建物には巨大な穴があき、その大部分が吹き飛んでいるなど、もう人が住むには不十分なものしか残っていない。

 中でも目を見張るものは、宮殿であったであろうものだ。

 国がその威光を示すよう巨大に建てられていた宮殿は、文字通り斜めに切断されている。その断片は重力に従って崩れ落ちたようだ。

 

 血と灰に塗れて荒廃しきった都市の中、大きな広場に積みあがった死体の山の上で物思いにふける。

 もしかしたら別の道があったのかもしれない。別の目的を選ぶべきだったのかもしれない。

 それでも、何をおいてでも欲しいものがあった。どうでもいい他人を何十万と殺してでも叶えたい望みがあったのだ。

 

 そんな中、一人の男が死体の合間を縫うように歩いてきた。


「よくも、やってくれたな。」


 怒りと恨みを全く隠さない調子で吐き捨てる。

 端整な顔を醜く歪ませ、砕けた鎧に傷だらけの様子を見て状況を分析する。


 殺し損なったか

 でもこいつ……

 少し試すか

 

「なんでこんなことをした。」


 声量は大して大きくないが、その中に極大の凄みを聞かせて問うてきた。

 この疑問は当然だろう。この国の崩壊は何の前のぶれもなく始まり、数日とかからずすべてを蹂躙した。民にとってはただの理不尽な災害以上のものだ。

 崩壊の元凶であろう存在が目の前にいたのなら、罵詈雑言を撒き散らしながら殴りかかってきて当然だろう。

 この問いを聞き流しながら自身の内側に意識を向ける。ここに来て進化させてきた一つの力、この国を蹂躙した権能。それを起動する言葉トリガーを口にする。


「《アリアドネ》」


 短く言葉が発せられると、少女の周りの景色が陽炎の様に歪み始める。

 さらにその姿が霞むように掻き消え、次の瞬間には男の前に現れた。

 高速移動の余波で数々の死体を吹き飛ばし、右手を振りぬいた形で静止している。その手にはいつの間にか透き通る刃の長剣が握られており、振りぬかれた衝撃波で放射状に地面が削れていた。


「……は?」

「一般人だったか。」


 男は呆けたように声を漏らし、少女は感情の起伏のない平坦な声でつぶやく。

 ゆらりと下ろされた長剣は直後に形を崩し、水のような液体になって消えていった。


「ケガは治療してもらいなよ。」


 そう言って、少女はどこへともなく歩き出していく。

 この惨状を作り出した人間とは思えない、ケガ人を気遣うような言動。マグマに冷や水をかけるような行動に堪えようもなく憤懣の情があふれ出す。


「おい、ちょっと待て。一般人を虐殺しておいて何を言ってやがる。一体何がしたいんだ!」


 喉が千切れんばかりに張り上げられた声が少女に叩きつけられた。

 ちらと確認した男の姿は先ほどまで以上に苛烈で明確な敵意に彩られている。

 少し視線を外したかと思うと、すぐに疲れたような声で答えを告げる。


「目的は成し遂げた。お前は関係者じゃなかったってだけだよ。」

「国を住民もろとも滅ぼすのなら、まだここに一人いるぞ。」

「……結果的に国を潰すことになったけど、それは目的じゃない。」


 話を切って、少しため息をつく。


「目的は、根源を殺し、象徴を壊し、その系譜をすべて滅ぼすことだ。」


「それは全て終わった。お前はその系譜上に居なかった。だから必要はない。」


 さらにもう一息ついて、それだけだというようにまた歩き出した。

 男が言葉の意味を咀嚼し理解しようとしている間にも、よたよたと歩く背中との距離は遠くなっていく。

 それでも頭の整理もつかないまま声を荒げて止めようとするも、言いかけた瞬間巻き起こった突風と砂埃により遮られてしまう。


 死の匂いが充満し、血と灰に塗れて荒廃しきった都市の中、獣となったモノの慟哭が響きわたる。


 ─────


 景色が消え、地面が消え、空も何もかもが消えた空間の中、中空に浮く巨大な泡があった。

 その泡の中、ゆるく膝を抱えてたたずむ少女がいた。

 その身長を優に超えるほど長い、色の消えた白い髪をしている。擦り切れて、光の薄くなった眼に一体何を見るのだろうか。


 そこに歩み寄る影が一つ。疲れた足取りだが、確かな希望を臨む眼をした長い黒髪の少女である。


「ごめん。遅くなった。」


 視線が交錯すると、呼応するように白髪の少女の目にも光が宿り始める。


「おかえり~」


 力の弱い、間延びした声と小さな微笑みで応じる。


「終わったよ。」

「おわったね~」


 ふわふわとした会話が続き、互いに微笑みを交わしながらの沈黙が続く。

 そこに気まずさなどはなく、積年の望みが結実した感動があった。

 

 黒髪の少女は微笑んだままゆらりと手を構え、国を蹂躙した力を発動する言葉を告げる


「《アリアドネ》」


 それは、ここに来て進化させてきた力。接木を排除し、ただ一人を取り戻すための権能。世界の胎を裂いて、光を連れ帰るために創りあげた能力。

 黒髪の少女を取り囲む力は、やがて泡沫を切り裂き、中にいる少女を抱き上げる。


 白髪の少女を横抱きに抱えながら、漆黒の空間を進み続ける。

 眠っている少女を、ちらと見て思わず頬を緩ませてしまう。

 あふれ出しそうになる涙をこらえて、歩を進め続ける。


「行こう。もう十分だろ。」


「これから全部取り戻していくんだ。」


「無くした時間も、削れた心も、躙られた尊厳も、何もかも。」


「全部取り戻して、これまでの全部をチャラにするように生きていこう。」

 

 漆黒の空間を進み続ける。

 進む先には一筋の光、この空間の中でただ一つ光を放つ希望の星。

 他者を終わらせて、踏みにじって手に入れた幸福。

 誰にも認められない、だからと言って絶対にあきらめられないものがある。

 だから行う、これを君たちに贈ろう。


 これこそ俺が贈る、終末宣言だ。

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