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転生した悲劇の王妃は今世の幸せを死守したい  作者: 悠井すみれ
終章 新しい時代の幕開け
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5.ベレロニード、一触即発

 密林を拓いた街道をさらに進むこと一日、アンナリーザたちの一行はイスラズールの都ベレロニードに到着した。アンナリーザを前に抱えて騎乗したユリウスが、感慨深げに呟く。


「ここがベレロニード……」


 とはいえ、彼の声には驚きは薄い。何しろ大陸屈指の大国であるフェルゼンラングの人だ。しかも《東》や《南》の諸国に旅したこともあるというから、ベレロニードの街並みはさほど感動を覚えるものでもないだろう。この地に最初に入植したのは《北》の人々で、ゆえに建物の様式も、遠目にはユリウスの目に馴染んだものとさほど変わりないはず。それでいて、装飾の美しさや洗練度ではフェルゼンラングの街に及ばない──大陸なら、せいぜいが多少繫栄する港町ていどでしかないのだから。


(近くで見れば、色々と違うところもあるのだけれど、ね……)


 大陸の様式を真似たようでも、イスラズールの気候は《北》のそれとはまるで違う。暑さや湿度、虫や獣に対処するための工夫を、この地の人々はちゃんと発明してきた。()()は、それをよく知っている。

 アンナリーザは、押し寄せる想いを漏らすまいと、そっと胸元を握りしめた。二十年振りに見るベレロニードの街並みは変わっていない。懐かしい一方で、発展は進んでいないということでもある。かつての嫁ぎ先が、かつての夫と祖国のせいで足踏みを続けたのだと思うと居たたまれなさが胸を刺した。


 俯くアンナリーザの頭上で、ユリウスとクラウディオが言葉を交わしている。


「見咎められることはないのですね。意外でした」

「それは、開拓地から物資を輸送するのは日常茶飯事ですから。ですが──静かですね」


 クラウディオの言う通り、ベレロニードの街は一見すると穏やかだった。けれど──恐れていた混乱がない代わり──静か過ぎる。首都に住まうのは爵位を与えられた「貴族」や裕福な者が多いとはいえ、人通りさえまばらなのは不審だった。


「市民も、何か気付いているのでしょうか」

「船の入港を見た者は多いでしょうから。通常ならば、大陸からの品が出回るのを手に入れようと騒がしくなるものです。様子がおかしいのが、おのずと分かるのでしょう」


 アルフォンソの人脈によって、フェルゼンラング派の有力者の名はおおむね見当がついているとのことだった。情報を共有する場で挙げられた名は、アンナリーザが持つエルフリーデの記憶からしても妥当なもので、たとえ当たっていなくても()()に渡りをつける糸口にはなるだろう。ユリウスとアンナリーザ──大陸から訪れた貴族と王族の名前と立場には、それだけの価値があるはずだから。


「王宮は──見たところは、何ごともないようですが」

「一見して異常があるほど差し迫っていなくて良かった、ということになるでしょう」

「そうですね」


 心なしか緊張を孕んだ静寂を、馬の蹄の音で破りながら、アンナリーザたちは進んだ。街の外縁から中心に向けて。王宮を街の中心に抱き、その周囲を貴族の館が取り囲む──そんな構造は、海を越えても変わらないのだった。


      * * *


 開拓伯コンタ・ピオネロこと、冷遇された王子クラウディオの突然の訪問に、その館は騒然となった。


「これまでも、ベレロニードに上る機会はあったのですが。()()と接触することはありませんでしたからね」

「なるほど……」


 屋敷の主人を待ちながら、クラウディオはそっとアンナリーザとユリウスに囁いた。茶菓は一応出されたものの、彼女たちの前にはいまだ誰も挨拶に訪れていない。


(今にも王宮に突入するか、というところだったかもしれないものね……さぞ慌てていることでしょう)


 王宮の事情を、彼らも知っているのかどうか。ディートハルトが引き起こした騒動は、彼の性格を知らなければにわかには信じがたいかもしれない。フェルゼンラング派の者たちにしてみれば、彼らをおびき出すための罠にも見えるだろう。


「殿下のお立場は、彼らにはどう思われているのでしょうか?」


 そこへ、クラウディオが現れたのだ。父王に与しているなら、彼らにとっては告発の先鋒せんぽうだ。彼自身に王位を狙う意図があると疑えば、さらに警戒されるかも。フェルゼンラングの血を引くことを覚えているなら、協力する余地もあるだろうけれど、果たしてどうだろうか。


「たぶん、今までは考えたこともなかったでしょう。忘れていたのではないのかと」

「では、思い出していただかないといけませんわね」


 肩を竦めたクラウディオにアンナリーザが微笑んだ時、客間の扉がようやく開いた。屋敷の主人がどのような考えに至ったかはさておき、とにかくも招かれざる客に会わなくては、と結論したらしい。


開拓伯コンタ・ピオネロ閣下──クラウディオ殿下。今日はいったいどのような──」


 やはり、イスラズールの貴族は社交というか駆け引きというものに慣れていないようだ。あるいは、クラウディオがそれだけ侮られているのか。交渉の場に相応しくなく、顔を顰めて現れたその男は、待っていた()たちを──あるいはその並びを見て眉を寄せた。

 彼を訪ねたはずのクラウディオが、脇に控える格好なのがまず不可解だろう。さらにもうひとり、見慣れぬ貴公子──ユリウスの存在も気になるはず。そして何より、ふたりを左右に従えるアンナリーザだ。いったいどこの小娘か、どうして主賓のような顔を座っているのかと、彼の頭には疑問が渦巻いているはずだ。


(落ち着く前に、話を進めてしまいましょう)


 見た目からして相手を圧倒すべく、アンナリーザは屋敷に入る前に正装のドレスに着替えていた。ゲルディーヴたちが《海狼(ルポディマーレ)》号から強奪してきた荷物の中に、レイナルドと対面する時のためにあつらえていたドレスが入っていたのは僥倖だった。


「はじめまして、フロレス伯爵。御目にかかれて光栄ですわ」


 青い薄絹を使った、流れるような線が優美な意匠。ベアトリーチェの技術と閃きを駆使した、大陸の流行の最先端のドレスは、イスラズールではさぞ眩しく見えるだろう。両翅が揃った例の蝶の宝石は、今はアンナリーザの髪と胸元をそれぞれ飾っている。マリアネラへのわだかまりはひとまず置いて、その絢爛さを()のひとつとして使わせてもらうことにしたのだ。


「その……貴女は──」


 フロレス伯爵なる屋敷の主人が、ドレスと宝石の眩さに目を細めたのを見て取って、アンナリーザはにっこりと微笑んだ。ひとまず、奇襲に成功したと思って良いだろう。そして、相手が怯んだなら、手を休めずに攻め立てるのが戦いの常道というもののはず。


「マルディバル王女、アンナリーザと申します。クラウディオ殿下に()()()いただき、イスラズールを訪ねております」

「は……?」


 フロレス伯爵の目が、アンナリーザとクラウディオの間を慌ただしく揺れ動く。彼は、アンナリーザの存在を把握していただろうか。彼らと密かに通じていたであろうラクセンバッハ侯爵アルフレートは、そこまで伝えていなかったかもしれない。彼らの計画の本筋は、フェルゼンラングの王子をイスラズール王に据えることであって、どの国の船に便乗するかは些末なことでしかなかっただろうから。


(まあ、今教えて差し上げれば良いでしょう)


 祖国を隠れ蓑に使われた不快を覆い隠して、アンナリーザは笑みを深めた。大陸諸国の名前も関係もさほど知らないであろう相手にも分かるように、ゆっくりとはっきりと言葉を紡ぐ。


「ご存知でしょうか、我が国は交易で身を立てる国ですの。豊かな恵みを誇るイスラズールが、大陸に対して門を閉ざしているのはとても残念なことです。ですから、外交と通商についての交渉を求めて参りました。できることなら、現在王位にいらっしゃるレイナルド陛下ではなく、こちらのクラウディオ殿下と。……イスラズールの有力な貴族の方々にも、是非ともご理解いただきたいのですけれど」

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