鎧武者と刀の謎 その3
今日は学院の授業も休みの日。
踊る石刃は叶絵に誘われ、彼女の同級生と共に、白石丘にやってきていた。
ちょうど、ここに狂い咲きを見せた桜があると知った叶絵による、少し時期の早い花見である。
「あなたが悩んでいるなんて、珍しいわね」
桜を見上げていた、踊る石刃が振り返る。
目の前を、小さな花びらが横切っていく、その向こう。
丘の斜面から伸びた桜の枝の下、木陰に立つは着物の少女。
からすの館の同居人、叶絵である。
「何か隠し事?」
にまにまと、好奇心に満ちた猫のような眼差しで叶絵は踊る石刃に問う。あわよくば一枚噛もうという魂胆を隠す様子もない。
好奇心の強さは浦野といい勝負だが、浦野と違って叶絵の場合土壇場で引き下がったりしないだろう。
扱いに困るというべきか、勇気があるというべきか。
それにしても隠し事ときたか。
「適切な指摘です」
魔法使いには隠し事が多い。
特に他の魔法使い、他の魔法が綴られていると考えているときは、魔法使いは自分の言葉に慎重になる。
魔法を綴るとは、語り、振る舞うこと。魔法使いの言動は全て魔法に連なる。当然慎重にもなろうというもので、隠し事はどうしても多くなる。
ましてや、ここにいるのは踊る石刃。今では最も古いとも言える魔法使いの一人なれば。
「そこで誤魔化しも悪びれもしないのがあなたよね」
叶絵は肩をすくめた。
初めの頃は誤魔化されたかと思って食って掛かることも多かったが、今では「踊る石刃はそういう人」と思えるようになったようで、叶絵の態度もあっさりだ。
何より、彼女は言えることは結構説明してくれる。
たとえばこんな風に。
「ここは珍しい土地です」
「珍しい? 確かに丘の上には石碑もあって、大層な来歴が書いてあったけれど……」
叶絵が見回すも、ここに石碑などはない。
ここは丘の中腹だ。そこにちょっと開けた場所があり、一休みするにはもってこいの場所になっている。斜面からは手を伸ばすように伸びた桜があり、今はその枝に、白い花を綿のようにいくつもつけていた。
その枝の下で敷物を広げて、お弁当を食べている少女がいる。叶絵と寮で同室の娘であった。
「二人は知ってる?」
「何の話よ……」
まったく聞いていなかったようで、少女の片方がしかめ面になった。
四篠歌穂、という。基本的に部屋から出たがらない、気がつけばいつもの本を読み続けている、いわゆる本の虫である。
叶絵がまったく気にせずに踊る石刃とのやりとりを説明すれば、「別に事情を聞きたかったわけじゃないのに」とぶつくさ言いながらも説明してくれた。
「丘の上の石碑なら、祭祀場とか丘の来歴について書いてあったけど」
「さすが歌穂。よく覚えてる」
「あなたも見たでしょうになんで忘れてるの……」
「あのときはぴんとこなかったから。なんだか一部だけができあがったパズルを見たような、変な感じがして」
「……よくわからないわ」
「あなたが覚えてるなら問題無いし」
「あると思うけど」
「そう? 説明してくれるんでしょう?」
「……するけどね」
ため息交じりの歌穂に、叶絵は踊る石刃の手を引いて向かって、敷物に腰を下ろした。
不思議と敷物の上は風もとどかず、ほんのりと空気が暖かい。都の貴人が使うような、特別な敷物であった。
叶絵はおにぎりに手を伸ばし、聞いた。
「それで祭祀場って?」
「丘の上の、白い祭祀場のこと」
「あっ」叶絵が手を合わせた。「そういえば、あったわ。真っ白い、つるつるした丸い舞台が。あそこだけ土がなくて、周りに灯籠があったのよね。いくつか壊れちゃっていたけど」
「それよ。なんでも白石丘は、大昔にここ暴れていた巨人を封じたことで作られた丘だと言われていて、昔はあそこでは毎年封印のための祭儀を執り行っていた……とか」
「巨人はまだ見たことないわ。踊る石刃は?」
なんでそんなこと聞くのよ、と歌穂は呆れた顔。
だがもっと呆れたことに、踊る石刃は経験があるらしかった。
「何度か」
やはりか、という顔の叶絵。
歌穂はそんな踊る石刃に「一体何者なのよ」とこぼす。
そして二人の感想をそっちのけに、踊る石刃は考えを口にする。
「けれど、ここの土地にいたのは、もう少し別のものだったように見えます」
「どういうこと?」
「この丘の下にいるのは、生命の苗床です。魔法禍によってに生まれる呪われた生き物。それは荒れた土地で呪いを取り込みながら成長し、やがて、誰かに打ち倒されて、荒れた土地を再生するための礎になるのです」
「魔法禍……?」
「……それが本当なら、あっちの逸話も本当だったのかしら」
「逸話って?」
「元々、ここは白骨丘と呼ばれていたっていう話があるのよ。あの白い石舞台は、巨人の頭の骨だとかいう、眉唾な、ね」
歌穂が知っている話はこうだ。
それは朝廷が成立する前、帝が狼から生命樹を託されて都を築くよりも前のこと。
空が火傷を負ったように赤く、雨も地のように赤かったものだから、灼天時代などと呼ばれていた頃。
綿野は、草木一本ない荒れた土地で、地のひび割れからは火が吹き上がり、亜人や巨人といった者達の住処になっていた。
そしてこの土地を支配していたのは、天を衝くような巨人であったそうだ。
だけど、あるとき、北からやってきた戦士がいた。
それは木の枝の槍で巨人を貫き、見事倒してのけたそうだ。
「倒れた巨人は大地になり、巨人の手下は土の下に引っ込んだ。
巨人を倒した木の枝が根を張り、大地は緑を取り戻し、綿野が沃野へ生まれ変わった。
この丘は巨人の頭だった部分が残ってできたものと言われていて、古代の祭祀場は巨人が生き返らせないための儀式の場だったとか。
丘の上にある白い広場は、かつての巨人の頭の骨だと言われてるわ」
「……ずいぶん大きいのね、巨人って」
「話の通りなら、ね」
麓に立てば見上げるくらいの高さのある丘が、頭一つに過ぎないという。
ならば巨人の姿が『天を衝くような』と言われるのも、決して誇張ではないのだろう。
「あ、でも、それなら今でも封印の祭儀が続いてないとおかしくない?」
「だから、そういうお伽噺だと思ってるんだけどね……そこのところ、どうなのよ」
「特に、矛盾はありませんよ」踊る石刃は言った。「魔法禍の怪物は不死です。だから封印と土地の再生をかねて、生命の苗床にするのです。……今のように土地が栄え、豊かになるほど、封印はより強固になる。だから、ある時期から、祭儀は必要なくなります」
「……むぅ。筋は通ってる、か」
ものすごく不満そうながら、歌穂は引き下がった。
それはそれとして、踊る石刃の気づいたことがあった。
「桜が咲いたのも、そのせいでしょう」
「どういうこと?」叶絵が尋ねる。
「これだけ大きな桜なら、生命の苗床まで根が届いてもおかしくありません。それは呪いを吸い上げて、狂い咲きになった」
踊る石刃はじっと桜の木を見上げた。
呪いを吸い上げる浄化の木。都の生命樹から枝分かれし、変質することで生まれた桜の木は、生命の苗床から呪いを吸い上げて今も白い花を咲かせている。余分な力を大地から吐き出そうとして。
それをなぞれば、あるいは。
踊る石刃は立ち上がった。
頭上で枝が鳴る。丘の斜面から伸ばした手のひらのような枝がゆらゆら揺れる。
「あなたは無念と言いました。……思い残すことがあるのなら、ここはきっと、良い場所です」
背中の刀をそっと手に取り、踊る石刃は桜の木の根元に立てかけた。
何事かと、少しはなれて叶絵と歌穂は見守っている。
……果たしてそこには、何か、ゆらぎのようなものがまとわり始めた。
地の底からしみ出してきた紫色の霧が、刀の周りで形を作っていく。
鎧武者の幽霊。刀を掴むようにしてそれは、膝をついていた。
「……」
ついた膝をあげる。刀を手に立ち上がる。
重たい鎧が揺れ、兜の下の顔が、踊る石刃を見据えた。
「……俺は、お前に、破れた。それは望外の、幸運だった」
鎧武者は握り絞めた刀を持ち上げた。
苦渋の眼差しが、そこにはある。
「戦場ではまともに戦えずに死ぬこともある。わかっていた。俺は奇襲を受けて、なすすべも無く死んだ。仕方がないと、わかっていた。……だが、どうにも収まらなかったのだ。それは」
刀を、突き出す。
掴んだ鞘ごと、前に。
「これを、振るってやれなかった。戦って、負けてやれなかった。それが俺の、収まらぬものだった」
踊る石刃をまっすぐ見据えて鎧武者は言った。
「これはもっとふさわしい者に振るわれ、相応しい敵と相対すべきだった」
「この刀に、そんな運命はありません」
「だが、俺は、そう思っている。……いや、願っているのだ」
「……ああ、それは」
……何かが、すとんと腑に落ちたように。
踊る石刃の声音が柔らかさを帯びる。
「命にあたう願いなら、それは、わたしの役目です」
踊る石刃が手を伸ばす。
差し出された刀を再び受け取ると、鎧武者は頷いた。
「頼む」
「はい。あなたの願いは、確かにわたしに触れました」
鎧武者の姿が揺らめいた。
それは風に巻かれて散る花びらのように青い姿が消えていった。
思いの丈を伝えきり。今度こそ、鎧武者はその思い遂げたのだった。




