鎧武者と刀の謎 その2
翌日のこと。
踊る石刃は、鳥屋で浦野と出会い、港までの道行きを共にしていた。
「と、いうことがありました」
その道中、昨夜あった出来事を話す。
浦野は珍しい話をうらやましがる顔で聞いて、ため息をついた。
「それで辻切りはもういない、と。僕も見たかったなあ。……ああいや、不謹慎か。何はともあれ、危ない話は一つ終わったわけだ、と」
「話はまだ、終わっていませんよ」
「え。どういうことだい」
「この刀です」
背負った刀を手に取る。
ひやりとした刀を受け取って、浦野はしげしげと眺めた。
「もしかして、あの鎧武者の刀かい? おいおい、本物か……」
「幽霊と共に消えると思っていました。でも、刀は残りました」
「よくわからないが、刀だけと残っちゃだめなのかい? ああいや、刀も幽霊の一部というなら消えて当然だろうけど、刀だけなら残ってもいいんじゃないかとか、幽霊であるにしろ刀だけなら問題ないんじゃないかな、とか僕なら思っちゃうんだが」
むしろ面白い逸話の証拠として残しておきたい、飾っておきたい。なんなら周りに自慢したい。
明らかに浮かれた浦野を横目に見つつ、ふと、踊る石刃は尋ねた。
「欲しいですか?」
「え。いや、それは……ううん。どうしようかな。いざそう問われると、なんだか、不気味というか、怪しい気もしてくる……。ははは。小心者だな、僕は。ああいやもしかして、君もそうなのかな? なんとなく不安とか?」
「わたしは道具です。道具はそんな感想を抱きません」
「う、ううん。そういうもの、なのか」
あまり納得していない様子だったが、どうせ説明だけで伝わることでもなかったので、踊る石刃は話を進めることにした。
「踊る石刃とは、魔法を終わらせに現れるものです。わたしは昨夜、鎧武者を終わらせるつもりでした。しかし実際には幽霊の一部、鎧武者の刀が残ってしまいました。だから、まだ終わっていない……あるいは、何かが始まってしまったのかもしれないのです」
「そういうことならこれは僕が持つべきじゃないね」
刀を返しつつ、浦野は少しほっとしたような、残念なような浦野である。
踊る石刃はそれには何も言わず、鎧武者の刀を背負った。
「それで君はまた曳き雲を借りに来たと、そういうことでいいかい?」
「いいえ。今はやめておきます」
「おや。僕に会いに来る理由なんてそれくらいだと思ったが……」
「今、わたしは、どんな魔法の上にいるのかわかりませんから。不用意に筋書きをなぞれば、相手の魔法使いの思惑に乗る可能性があります」
「相手の魔法使い? え、魔法使いが裏にいるのかい?」
「わかりません。ただ、わたしの魔法が狙い通りに綴られなかったことから、背後に魔法使いがいる可能性があります」
踊る石刃は少し考えた。
ここから先を、浦野に説明するか、否か。
「……この国の鳥師であり、曳き雲という生きた魔法を抱えているなら、知っておいた方がいいですね」
「な、何をだい?」
「魔法使いの戦いを」
踊る石刃はそう言うと、話し始めた。
それは多くの魔法使いが、未だ魔法使いならぬ者に魔法を教える際に伝える物語だった。
「魔法使い同士の戦いとは、いわば、一つのお話の競作です。
同じ白紙上に、それぞれが魔法を綴り、話を進めていく。
一度綴られた魔法と矛盾する魔法は綴れません。
相手が何を綴るのかを知らずに魔法を綴ってはいけませんし、不用意に白紙を潰してもいけません。
かといっていつまでも魔法を綴らないのもいけません。それは相手の思惑だけが成就することを意味します。
わたし達は、常に相手の綴った魔法と折り合いながら、自らの都合も成立する魔法を綴りきることを目標とします」
「……なんだか、囲碁や将棋の話にも聞こえてくるね。相手の手を読みながらっていう部分は。まあまるきりそのままってわけじゃないみたいだけど」浦野は頭を掻いた。「わかった。いやわからないけど、ともかく、なんでもいいからやってみればいい、というわけじゃないことは承知した」
踊る石刃は頷いた。
それで、と浦野は頭を掻きながら話を進める。
「君は、これからどうするんだい? というかなんで鳥屋に来たんだい?」
「鳥屋には、手紙を出しに。からすの遣いです。あなたとは、そのあと、わたしが鳥屋を出るときに会いました」
「あ。あぁ……そうだったのか」
それはつまり。別に浦野に用事があったというわけではなく。
これまでの勘違いしたやりとりを思い出し、浦野は恥ずかしそうに顔を覆った。
まるきりはしゃいでいたことに気づいた今、彼は呻いてのたうち回りたい心境であった。
「あーその。なんだ。君には何か予定があるのかな」
苦し紛れの話題変更。
浦野が精一杯平静を装って尋ねると、踊る石刃は刀に触れた。
「この刀を、鑑定して貰おうと思います」
「鑑定? それの来歴について?」
「いいえ。行く末について。……おそらく、あの人は露店市場にいるでしょうから」
「ふぅん? どうやらそれも君の得意分野の話みたいだね。僕もついていっていいかい?」
踊る石刃は何も言わずに、こく、と頷いた。
さて、二人は綿野の街を南に向かった。
旧市街から大通り沿いに、港へ。
催事に使われる広場は昼時の食事を求めてやってきた近場の労働者で賑わっている。
そこは各地の特色を表す出店が並び、お腹をすかせる匂いが漂っていて、今日は特にスパイシーな、好きな者にとっては一嗅ぎするだけでお腹がすく香辛料の香りに満ちていた。
有り体に言えば、カレー祭の日であった。
「おっと、これはこれは……」
「苦手?」
「いや。僕は好きなんだが、鳥がね。
あまり慣れない匂いをつけて帰ると距離をとられちゃうのさ。
昔、じいさんにもそれで叱られてね。喉がチクチクするけど、甘くて暖かい飲み物を飲んだんだが、その日は家にいれてもくれなかったよ。
……ああ、でも今はあんまり気にしないでいいよ。綿野で仕事を引き受けているうちに、鳥たちも大分慣れてきたしね。
いや、でもこの匂いは珍しいから、今日は弟子の方に任せるしかないかな……」
「弟子がいるのですね」
「今時珍しいだろう? もしかしたらあいつで最後の代になるのかも、と思うとなかなか受け入れるのも抵抗があったんだけど。それを言うならじいさんが僕を引き受けたのもね……。だからこういうのも縁とか、流れというやつなのかな、と思ってさ。引き受けたわけ」
話しているうちに二人は広場は抜けた。煉瓦の建物沿いに歩いて行くと、別の広場が見えてくる。
港にやってきた商船団、中でも個人の商人達が自由に店を広げられる一角には、日々変わる様々な商品が並べられている。一日とてまったく同じ顔ぶれが並ぶなどと言うことはない。珍しいものを探す者には、これほどうってつけの場所も無い、などと言われている。
そこは露店市場。朝早くから日が暮れるまで人の絶えない綿野の街でも、とりわけ賑やかな場所だった。
「ここに刀の鑑定をしてくれる人がいるのかい?」
「特別な商品だけを扱う、目利きの商人がいるのです」
「特別?」
「はい。彼の手に収まること、彼の手から離れること、それはいずれも彼の商人の魔法にあたう出来事です」
ここにも魔法使いが、都目を丸くする浦野が、恐る恐る市場を眺める。
見慣れた景色だと思っていたのに、急にそこがお伽噺の中に変わってしまったような。それはひどく奇妙な感覚であった。
その中を踊る石刃は影のように歩いて行く。
特別意識してのことではない。足音が無いのも、気配が無いのも、普段通りの歩き方だ。
なのにそれが、今はひどく、不吉なものの現れに思えてしまう。
やがて、踊る石刃はある露店の前で立ち止まった。
そこは雑貨を扱っているように見えた。見事な装飾のされた皿、異国の模様の織物、細工物の短剣、いかにも古めかしいパイプに、あれはマッチ入れだろうか。
……扱っているものが多岐にわたりすぎて、何の店かよくわからない。
「なんだいお嬢ちゃん。あんたがうちに縁があるようにゃ見えないが」
商人の男が口を開いた。
港でよく見る日焼けした者達とは一風違う、肌の白い男だ。
彼はあぐらをくんで頬杖をつき、見上げるように二人を眺めている。
「鑑定をして欲しい。スペルビアの商人」
商人は軽く目を見張った後、しかめ面になった。
「……やれやれご同輩ときたか
「これを」
踊る石刃が背中の刀を渡した。
両手で受け取りつつ、鞘から抜かずに商人は刀を眺める。
「この国の剣だな。眠ってるようだが」
「あなたの商品になる?」
商人は難しい顔で刀を見た後、首を振った。
「……いや、うちでは取り扱えない」商人は刀を返した。
「この刀は、眠っている、と言ったけれど」
「ああ。担い手を求めている気配がない。だから誰の手に渡ることもないし、渡ったところで役目はない。……ま、目が覚めたら、うちで取り扱ってもいいけどな」
踊る石刃は頷いた。
「意外ってわけでもないみたいだな」
「わたしの銘は踊る石刃」
「なんだ、お前は剣だったか。なら俺が見るまでもなくわかったろう」
「わたしの見立て以外の保証が欲しかったの。他の魔法使いの手にかかっているかもしれないから」
スペルビアの商人は肩をすくめた。
「そりゃ厄介な話で。特に一文にもならなそうなあたりが最悪だ」
「この刀は、どこにあるのが収まりがいいかしら」
「さてな。ただ、誰かの手の中じゃあないってのだけは確かだ。……あんたは、例外のようだが」
「わたしは道具ですから。担い手ではありません」
「なるほど。だからか」
それで話は終わったようで、言葉は途切れた。どうやら二人は納得したらしい。
要点だけの会話だったので、浦野にはとんと話がわからない。
ただ、筋だけを追えば、どうやらこの刀は売り物にならない、ということはわかった。
二人の様子を見て、今ならいいかと浦野は口を挟む。
「失礼。いいかな。この刀に役目がないとか、誰の手にも渡らないというのは、その、どういうことなんだい?」
「あん? そうだな……」商人は自前のパイプをくわえると、煙をわずかに吐いた。「スペルビアの商人って言って、わかるか」
「いや。失礼ながら聞いたこともない。どこの国だい」
「もうどこにも無い国さ」 そう言うと商人は笑った。「かつて、スペルビアの商人と言えば様々な魔道具を商うことで有名で、セルイーラが王国として成り立っていた頃よりもさらに昔に栄えた大国だった。どんな者でも、スペルビアに行けば真に必要な物と巡り会える。そう言われていたくらい豊かで、様々な道具が、道具を作る者が、いた」
けれどその彼らの国は一夜にして滅びてしまった。
魔神に滅ぼされたとも、悪魔に魅入られたとも、魔道具の暴走だとも言われているが、その真相は定かでは無い。
確かなのはその後の事だ。
わずかに生き残ったスペルビアの民は、壊れていない魔道具をかき集めると、各地へと旅だった。
彼らは貴重な魔道具を必要な者の手に渡らせることになり、いつからかスペルビアの商人と言われるようになっていったのである。
「俺はね、ただの猟師だったんだ。だけどスペルビアの商人と会っちまった。行き倒れさ。熊に襲われて命からがら逃げてきたが、山の中をさまよう時間が長くて、もう死ぬ寸前だったんだ」
そしてスペルビアの商人から、荷物を託されてしまった。
『わたしはもう長くない。最後にお前に会ったのは、そういうことなのだろう。もしも見つけることが出来たら、わたしの荷物は、全て、君のものだ。好きにすると、いい』
鍵を託された猟師は、その後、熊を退治し、商人が乗り捨てたとおぼしき馬車を見つけた。
荷物は残っていた。売ればいくらかの金にはなりそうだった。
それほど豊かとはいえない村で暮らしていた彼は、熊と、商人の使っていた馬を片付け、何日もかかってその荷物を運び入れた。
「そこで、たまたまだ。たまたま、村に騎士様がやってきた」
その騎士が剣を求めていた。
猟に剣など使わないからそんなものはないと思ったが、幸か不幸か、商人の荷物のなかに剣があった。
だからそれをくれてやった。……それが始まりだった。
「冬が終わって、街の方まではるばる毛皮を売りに行った時のことだ。驚いたよ。例の騎士が凍り付いた湖の主……竜を退治したって話を聞いたんだ」
そのときは、そういう偶然もあるのかと思っただけだった。
だけどそれからもことあるごとに、猟師は商人の荷物を誰かに与える機会に恵まれた。
そのうち、奇妙な品を手に入れることも増えてきて、気づけば彼は……。
「俺は、スペルビアの商人になっていたってわけだ」
「『必要な物を、必要な者へ』。それがスペルビアの商人……必要の魔法使いの担う運命です」
「つっても、こんな風に鑑定士扱いされたのは初めてだがな」
「はははは……いやあなんだか、申し訳ない」
「いや、別に責めちゃいない。もう、めっきり、運命に導かれるようなやつとしか顔を合わせなくなっちまったからな。あんたみたいなただの人に用事もなく話しかけられるなんてずいぶん久しぶりだ」
「……うん、いや、待った。君、いつからここにいたんだい?」
「いつからだと思う」
浦野はひくりと頬をひきつらせた。
スペルビアの商人はからからと笑うと、パイプをくわえた。
「潮時だな。河岸を変えるとするさ。本来無い、ややこしい話を持ち込まれた時は、決まって、妙な事件が起こるもんだ。巻き込まれないように俺はどっか行くよ。……さ、今日は店じまいだ。じゃあな、お前さんら。もう縁が無いこと祈ってるよ」
浦野さんは今の時点では一番普通の人。
実家飛び出してどう見ても斜陽産業な鳥師になるあたり全然普通な人生歩んでないですけど。




