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踊る石刃  作者: 黒霧
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セルイーラの夢の欠片 その5

「……なんだかとてもモヤモヤするわ」

「わたしも同感ですよ。でも踊る石刃はもうすっかり一仕事終えた気分でベッドの中ですからねえ」


 場所は、薄野からすの館に戻る。


 この館には三人が暮らしている。

 家主である薄野からす、彼女の拾い物である踊る石刃、そして女学生の叶絵であった。


 その日の夕食の席でからすが今日の出来事を語ると、叶絵はうずうずと、踊る石刃の眠る部屋の方を見やった。

 このままだと叶絵は食後に部屋へ突撃し、端的なことばかりであんまり説明にならない踊る石刃の言い分を聞いて、すっかり不機嫌になり、からすは八つ当たりを受けるだろう。目に浮かぶようだ。

 からすは、あれこれと考えながら口を開いた。


「踊る石刃に言わせるとこの件は終わり始めただけで、まだ解決していないそうですが」

「それはそうね……。だってその犯人……肥多昭継はいなくなっていたのでしょう?」

「それだけでなく、綿野を覆った夢はまだ覚めきっていないそうで」

「あら。それは楽しそうね。だって悪用しようとすれば、いくらでもできるということでしょう、きっと」

「どうでしょう……あれで肥多昭継は数百年生きる魔人の一種ですし。あれほどの腕でもなければ……」

「でもあなたならできるのではなくて?」

「どうでしょう」

「できるのね」叶絵は肩をすくめてご飯をぱくついた。「まあそれはいいの。まったく、踊る石刃も中途半端なことをするのね……」

「それはどうでしょうね」

「え。犯人は取り逃して、夢もほったらかしてるのに?」


 だから叶絵としてはすっきりしないらしい。これで終わりと言われても、いろんなものが片付いていない、と気炎を上げているのだ。


「元々、踊る石刃が受けた願いは、この夢を終わらせて欲しい、だったそうですよ。セルイーラの夢の欠片を見つけて、それを彼女が砕いたことで、それは確定したわけです」

「……ああ、そっか。あの娘は魔法(いつわ)を終わらせる運命をになってるんだったものね」

「それにわたしは一足先に夢から覚ましてもらいましたから」

「何それ、ずるいわ。どうやったの?」


 腰を浮かせて叶絵が詰問する。

 にやにやと笑うからすは、では、と背もたれによりかかった。


「聞くと真似したくなくなりますよ」

「……ますます気になるわ」

「いいでしょう。では、そうですね……叶絵は夢を見ているときにそれと気づくことってありますか?」

「わたしはどうかしら。砂喜だった頃は結構自覚してたみたいだけど。ほら、病室の外にほとんど出られなかったから、普通に歩いてる、なんて思った途端に夢だって気づけちゃったみたいで」

「それはそれで難儀な話ですが。そういう時に夢から覚めようとしたことありません? 特に悪夢だったときとか……」

「割と悪夢とか、えっと、ホラーって言うの? 怖い夢も歓迎してたから……」


 うーんと考え込んで、叶絵は首を振った。


「……話がずれちゃったわね。どういう質問の趣旨なの?」

「大抵、夢だと自覚した人は、夢から覚めようとしたこともあるんですよ。わたしの場合、幻術にかけられた場合の対策として師に教え込まれました」

「ふうん。あ、でも、それで抜け出せたわけじゃないのよね?」

「おや。どうしてそう思いますか?」

「だってあなたの話だと、すごく自信満々だったんでしょう、肥多昭継っていう人。そんな簡単に抜け出せるなら、そんな大口叩いたりしないと思うの」

「なるほど。まあそうですね。実際わたしもいくつか試してみたが駄目でした。そこで踊る石刃にお願いしたんですが……」


 からすは苦笑しながら首をさする。

 その手を、ぴっと、横に退いた。

 ……叶絵は気づいたのだろう。

 まさか、と顔をしかめる叶絵に内心満足しながら、からすは言った。


「あの短剣で首を切られると、どんって、なんだか堅くて重たい物にぶつかられた感じがするんですね。それに滑っていく景色がすごくゆっくりで……」

「やめてちょうだい」


 気軽に「あなたならわたしを起こしたりできません?」なんて聞いたが故の惨劇であった。


「うーん、わたしは遠慮するわ。このままでもそのうち、夢から覚めるのよね?」

「ええ。……もしもどうにもならなかったら、踊る石刃が街中の人の首をはねていく大惨事になります」

「そんな悪夢はお断りよ」ぷいと叶絵はそっぽを向いた。


 ともあれ、苦手意識はすり込んだ。これで叶絵も、踊る石刃に突撃することはないだろう。

 自分の悪夢を無事回避できたからすは、おいしそうに夕食に手を伸ばすのであった。





 一つ、後始末をすることがあった。


「今夜ばかりは鳥目になって貰いますよ、からす」


 その一言で魔法を綴り終え、追跡できなくしてしまうと、踊る石刃は夜の街に躍り出た。

 向かう先は視界の端で曳き雲が飛んでいる。曳き雲が嘴を向けた方角を見て、踊る石刃は軽やかに夜を飛んでいく。

 屋根から屋根へ。星を跳ねる兎のように。


 かくして彼女がたどり着いたのは、煉瓦街から少し離れた住宅街。

 取り壊された長屋の代わりに建てられた真新しいアパートの一室だ。


 鍵穴をなぞり、ひとりでにあいた扉の向こうへ踏み込めば、そこには住人のいない部屋がある。

 誰かが暮らしていたにしては寂しい部屋には、敷きっぱなしの布団とか、立てかけられた箒とちりとりとか、読みかけの本とかが散らばっている。

 踊る石刃はしゃがみ込むと、布団の上に何かを置いた。


 それは砕けた壺の欠片だった。


 踊る石刃が静かに立ち去ると、壺の欠片は雪のように溶けて消える。

 その代わりに、しばらくすると、そこには一人の男が眠っていた。


 部屋の外、扉に寄りかかり、踊る石刃はぽつりと零す。


「夢の話を蒸し返されるようでは、終わったとは言えませんから」


 そして彼女は離れていく。

 足音も無く、気配も無く、担い手の無い石の刃も眠りにつく。

 願いに押し出された刀身がくるくる踊るのも一休み。

 魔法(いつわ)を終えて、彼女もようやく寝台で目を瞑るのだった。

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