セルイーラの夢の欠片 その3
綿野の旧市街地、現在では煉瓦街と言われる地域に、鳥屋がある。
白馬で鳥屋といえば古くから郵便を担ってきた者達だ。
これは遙か昔の、燕の女神が縁結びを行った逸話にあやかって生まれた仕事だ。
都の貴族が鳥の足に文を結んで思い人に送り、見事結ばれた……ということがおこり、最初は貴族女性の間で、やがて貴族の間で、後にはそれが一般に広まっていったことがある。
これが転じて鳥は人の縁をたどることができると言われるようになり、武士が台頭してきて貴族の数が減ってきたあたりで解雇された鳥師達が集まり、遠方の相手へ手紙を送る郵便業務を請け負うようになって、鳥屋が成立した。
ちなみに鳥が運ぶという性質上、ある程度大きな荷物の配達は請け負えず、そのあたりは人間が担ってきた歴史がある。これらの人は飛脚と呼ばれ、飛脚が格安で郵便も運ぶようになって以来、鳥屋は段々と縮小していっているらしい。
さて。綿野の一角、煉瓦街にある通り沿いの三階建ての建物に、珍しい客がやってきていた。
頭からすっぽり黒衣で隠した、小柄な少女である。
変わった出で立ちなので当然目をひくのだが、不思議とそれが異物だと思えず、すぐに気にしなくなってしまう。
まるで新たに飾られた置物でも見たような周りの者の振る舞いは、踊る石刃にとっていつものことだった。
それはそれとして。
「えっと、ですから、鳥の貸し出しも、鳥師の紹介も請け負っていません」
そんな踊る石刃にも、ちょっと困ったことがあった。
いや困っているのは鳥屋の受付だ。
黒っぽい木造の立派な受付の向こうで、着物姿の女性が助けを求めるように視線をさまよわせる。
だが面倒を請け負いたくない他の受付はこぞって視線を逸らしており、このやろうと怒りを燃やすことしか彼女にはできなかった。
「とにかく、そういう依頼は請け負いかねます」
もはや、気合いを入れて強引に話題を打ち切るしかない。
決意と共に言い放ったときだった。
「おやぁ? なんだか揉めているね。一体どうしたんだい」
「あ……浦野さん……」
「この娘は?」
やっかいなタイミングで、と受付は内心顔をしかめる。
興味深そうに黒衣の少女を見ているこの男こそ、百年以上前から鳥屋と契約している、古株の鳥師であった。
踊る石刃が、顔を上げた。
浦野は白馬に生まれた人にしては珍しいほど背の高い男だった。
一見優男に見えるが、ゆらりと体を傾けて受付の卓に寄りかかる動きは、まるでしなやかな駿馬のようだ。よく鍛えられた体で、おそらく何らかの武術の心得があると思われた。
彼は着物に舶来の帽子をかぶっており、影になった顔は口元以外の表情が影になってよくわからない。
いつも笑みを浮かべているし、同じような話し方をするので、知り合いからはどうにもうさんくさく思われていた。
「人捜しのために、鳥を貸して欲しいのです」
踊る石刃が言うと、へぇ、と浦野はこぼしてしゃがみ込んだ。
フードに隠れた踊る石刃の目と、帽子に隠れた浦野の目がまっすぐにぶつかる。
「驚いたな。お嬢さん、ずいぶんな美人じゃないか。それならわざわざ、縁結びにかこつけた人捜しなんてしなくてもいいと思うけど? それとも運命の人でも見つけたいのかな」
「いいえ。頼み事を一つ、されたので」
「頼み事? それは一体……おっと、睨まれてる」浦野は立ち上がった。「場所を変えよう。ちょいと上の部屋を借りるよ」
「あなたはまた、そうやって……」受付は頭が痛そうに額を抑えた。
「いいじゃないか。前から言ってるだろ? うちはね、じいさんの代からこういう話には縁があるのさ」
話題を切り上げると、浦野は踊る石刃を連れ立って二階の個室に案内した。
通常は特別な手紙のやりとりなどのため使われる部屋である。
「ここでいい。それで? 頼み事っていうのは……」
「わたしが今、会うべき人を探してくれる鳥は、いますか?」
踊る石刃はいきなり切り出した。
それは強い口調でも、冷い物言いでも無かったが、何故だが、軽い言葉を紡げなくするような鋭さがあった。
ひやりとした、抜き身の刃物に触れたような。
浦野はつばを飲むと、ソファに腰掛けながら言った。
「何もわからないまま貸すのは嫌だな。替えの効かない鳥なんだ」
説明しろ、と浦野は言った。
踊る石刃はソファに座らず、立ったまま浦野を見ていたと思うと、こく、と頷いた。
「セルイーラの夢の欠片に飲まれて、消えた人が居ます。その人に夢を終わらせて欲しい、と頼まれました。わたしは夢の欠片にたどり着くための手掛かりを探しています」
突拍子のない説明だった。
「……は? ああいや、ちょっと待った、待ってくれ。セルイーラの夢の欠片? 人が消えた? そいつはなんというか」
浦野は帽子を取ると、頭をぽりぽりと掻いた。
そのまま帽子をソファの脇に置くと、膝の上に肘をつき、踊る石刃を見つめた。
「本当の話なのかい? いや疑いたくは無いんだが……何分、お伽噺みたいな話だからね」
「鳥が手紙を運ぶのも、元を正せば、お伽噺でしょう?」
「……ああ、それは、鈴川の恋文のことかい?」
「いいえ、もっと昔。縁結びの燕も、今では、お伽噺なのでしょう」
都の貴族の間で鳥文がはやるより前。そもそも鳥の縁結びは、異国から伝わった、燕が縁結びをした話に由来している、ということを浦野も聞いたことがあった。
「そいつはそうだが……どうあれ鳥が本当に手紙を届けてくれるのは確かなんだ。俺たちはお伽噺はともかく、事実として……」
言いながら、浦野は言葉に詰まってしまう。
別に嘘ではない。浦野自信、知り合いに馬鹿にされたときによく口にしていた言い訳だ。
決してかわせないようなやりとりじゃない。誤魔化しの言葉はいくらでも思いつく。
「……」
だが、不思議なくらい、今はその言葉が軽く感じる。
踊る石刃とのやりとりは……なんだか、上辺の言葉が、全部切り捨てられ行くような感じがする。
何故……困惑に胸が詰まるような思いでいると、踊る石刃が口を開いた。
「あなたは、知っているのではありませんか」
「な、何を……」
「おじいさんの頃から、こういう話に縁があるのでしょう」
「っ、……」
胸にとすりと刺さる、刃物のように。
それは、決して誤魔化すことができない、浦野の核心を突く言葉だった。
「……そこを指摘されたらしょうがないな」
大きく息を吐く。
鳥師という衰退する稼業を見限った父親。
その父親とうまくいかずに祖父の元に逃げ込み、鳥師となった浦野。
彼には、祖父の思い出をないがしろにすることだけは、決して出来なかった。
「誰も信じていないのに、あんたは信じるのか。さっき聞いたばかりの話をさ」
「わたしと出会いましたから」
「それはどういう……」
いいかけ、浦野は首を振った。
踊る石刃の言葉には、それが答えだ、それ以上の続きはない、という意味があると、なんとなくわかってしまったのだ。
どこか懐かしい。祖父が鳥について語るときの態度に、似ていたから。
「ああいや、もういい。あんたの事情を深掘りしようという気はないんだ。
ただ僕は、なんというか、お伽噺というか、不思議な話というものに……ちょっとだけ、特別な思いがあるんだ。だからそういう頼みをしてくるやつが、どういうやつなのか、気になっていたんだ」
浦野はソファにもたれた。なにやらすっきりした表情で、力の抜けた笑みを浮かべる。
「それに、セルイーラの夢が関わる話なら、僕を見つけたのは運がいい。なにしろ僕のじいさんは、百年前の綿野の事件で、それに関わって鳥を貸したんだからさ」
踊る石刃は、こく、と頷く。
浦野は目だけは油断なく踊る石刃を見ていたが、その態度で疑念を捨てることにした。
飲みの席でぐらいしか話せることではない内容だ。それを聞いて当たり前のように受け止める彼女の態度に、なんだか疑うのが馬鹿らしくなってしまった。
「それ以来かな。じいさんの代じゃあ、時々、変わった頼みを受けることがあったらしい。やれ行方不明の天狗に手紙を送りたいだの、やれ記憶の無いやつの故郷を探したいだの……。まあ僕にはそんな話はなかったんだけどね。憧れていただけでさ」
「だから、話しかけてきたのですね」
「そうそう。そうはっきり言われると、我ながら恥ずかしいけどね」
頬を掻きながら零す浦野に、では、と踊る石刃は尋ねる。
「ああ。あの頃じいさんが貸した鳥の子供の子供の……ともかく適任がいる。曳き雲ならあんたの注文にぴったりだろうよ。すぐにあんたのところに送ろう。……その代わり、といっちゃなんだが、一つ頼みがある」
「なんですか」
「その……なんだ」
浦野は頬を掻きながら、照れくさそうに言った。
「片がついたら、何があったのか……その、教えちゃくれないか? 僕にも語れる話の一つくらいは欲しいんだ」
踊る石刃は表情一つ変えず、頷いた。
曳き雲さんはかつての事件の折、からすの友人でもある一刀斎を導いたおじいちゃんハシブトガラの子孫。




