番外編 王子の夏休み
夏休み――それは、課題と政務に明け暮れる期間である。去年までは。
今年は最後の夏休みだから、と陛下が「好きなだけ遊んでこい」と言ってくれたのだ。
同級生に夏休みはどうするのかと聞いたところ、家族でキャンプに出かけるという。
そこで私は、カイとメルヴ・イミテーションに提案してみたのだ。
「そんなわけで、今年はキャンプに行くぞ!」
『ワーイ』
「キャンプ、ですか」
喜ぶメルヴ・イミテーションと、表情を険しくさせるカイ。正反対の反応を見せていた。
「カイ、乗り気ではないのか?」
「いいえ、警備面について、安全なのか考えておりました」
「ああ、それか」
カイは私が護衛を大勢引き連れ、かつ彼女自身がいても心配なのだという。
「キャンプ地というのは、不特定多数の人々が行き交う場ですよね? とても心配です」
「う、うむ……。人気のキャンプ地に行くつもりだったが、王家の静養地に変えようか」
「そのほうがいいかもしれません」
「キャンプがいや、というわけではないのだな?」
「もちろんです。誘っていただけて、その、光栄です」
ここでやっとカイの表情が和らいだ。ホッと胸をなで下ろす。
「では、一週間後の朝に出発する。心しておくように」
カイとメルヴ・イミテーションは同時に、手を上げて「了解!」と勇ましく返事をしたのだった。
◇◇◇
キャンプに行くことが決まったとなれば、準備をしなければならない。
まず、キャンプとは何をするのか。
野外で料理を食べたり、テントを張ったりと、野営みたいな活動を楽しむものだということは知っているのだが……。
カイが休日でいない間に、こっそり準備しておきたい。
当日、彼女やメルヴ・イミテーションを喜ばせたいのだ。
ちょうど聖女マナが遊びにやってきたので、捕まえて話を聞いてみる。
「すまない、聖女マナ、少しいいだろうか?」
「え、何? また恋愛相談?」
「違う」
ゲームの攻略を知り尽くしている彼女に、何度かカイとの関係について相談していたのだ。そのため、またか、という表情で見られる。
報酬として料理長自慢のクッキーと引き換えに、キャンプについて話を聞く。
「キャンプについて知りたいって?」
「ああ、そうだ」
「キャンプイベかー。プレイ動画で見たことあるけれど、やたら気合い入っていたなー。スチルの絵も美麗だったし」
聖女マナは訳がわからないことをべらべら喋ったあと、キャンプについて教えてくれた。
「まず、キャンプと言ったらバーベキューだよね」
「ばーべきゅー、とはなんだ?」
「お肉や野菜を串に刺して、炙り焼く料理だよ。焼肉のタレをかけて食べると美味しいんだ」
「焼肉のタレとは、どこで売っている?」
「あー、こっちの世界はないか。いや、そういや街に課金ショップがあるはず。そこだったら、花火とかもあるかも!」
課金ショップというのは、聖女マナがやっていたゲーム内で利用できる、特殊なアイテムを販売する店らしい。
「王都の路地裏にある、眼鏡をかけた胡散臭い店主がいるお店、知らない?」
「路地裏にある、胡散臭い――あ! もしや、リートベルク伯爵家のアルベルト・フォン・バルテンが経営するアンティーク店ではないのか?」
「いや、店長の名前まではわからないけれど」
以前、惑わし眼鏡を買った店に間違いない。まさかあそこが、聖女マナが言う課金ショップだったなんて。
「あそこでいろいろ買うのと買わないのとでは、イベントがまったく違ったものになるんだよね」
「聖女マナ、課金ショップとやらに行くぞ!」
「えー、今から? 私、これからフェリクス様とお茶する予定だったんだけれど」
「フェリクスも連れて行って、帰りに茶を飲めばいいだろうが。課金ショップとやらで、好きな物を買ってやるから」
「それだったら、まあ、行ってあげなくもないけれど」
そんなわけで、フェリクスを同行させ、課金ショップへ向かった。
警備面の問題で、フェリクスとは別々の馬車で、異なるルートから店を目指す。
聖女マナは当然、フェリクスのいる馬車へと乗りこんだ。
一時間後――課金ショップの前で落ち合う。
「兄上様、お待たせしました」
「いや、悪かったな。急に誘ってしまって」
「いえいえ。ご一緒できて、とても嬉しいです」
ここは以前、カイと共にやってきたアンティーク店だが、課金ショップで間違いないという。
中に入ると、眼鏡の店主が出迎えた。
「いらっしゃいませ。クリストハルト殿下、フェリクス殿下、聖女マナ様、ようこそお出でくださいました」
驚かせてはいけないので、先触れを出しておいたのだ。
「ねえ、クリストハルト、知ってる? ここで販売されている、〝刺身包丁〟って、邪竜を一刀両断できる最強アイテムなんだよ」
「なんだ、その、サシミボウチョウとは」
「あー、こっちの世界、魚を生で食べないから、刺身包丁を知らないんだー」
「魚を生で食べるだと!? なんて恐ろしい食文化があるのだ」
邪竜退治用アイテムとか魚の生食文化とか、理解しがたい情報量に混乱してしまう。
カイでさえ苦戦した邪竜を、刺身包丁で簡単に倒せるなんて……。
「店主、刺身包丁とやらは、本当に売っているのか?」
「はい、ございます」
あるんかーい。
念のため、購入しておく。
「本日は他に何かご入り用でしたか?」
「ああ、そうだ。えー、その、焼肉のタレ、とやらは置いてあるのか?」
「はい、ございます」
「あるんかーい!」
店内に叫びが響き渡る。心の声を、口から発してしまったようだ。
店の奥から、瓶に入った焼肉のタレが運ばれてきた。ラベルには〝秘伝〟と書かれてある。
「あとは、なんだったか」
「クリストハルト、花火!」
「ああ、そう。花火はあるか?」
「ございます」
ぐっと我慢していたのだが、聖女マナが「あるんかーい」と言うので笑ってしまった。
そういうのは止めてほしい。
「それにしても、キャンプでは花火を打ち上げるのがお決まりなのか?」
「キャンプの花火は打ち上げるやつじゃなくって、手に握ってするやつなんだよ」
「花火を手で持つ? 正気とは思えない行為ではないのか?」
「まあ、使ってみたらわかるよ」
手で持つ花火とはいったい……。
恐怖でしかなかった。
「それにしてもキャンプですか。なんだか楽しそうですね」
「フェリクスも来るか?」
「え、よろしいのですか?」
「ああ。キャンプとやらは家族で行くものらしいからな。忙しくなければ、一緒に行こう」
「兄上様、ありがとうございます! 嬉しいです」
「えー、フェリクス様も行くんだったら、私も行きたい」
「よいよい、ついて来い」
「いえーい! 太っ腹ー!」
他にキャンプ道具を購入し、家路に就く。
フェリクスがアウグスタも誘いたいというので、手紙を出しておいた。後日、参加するという旨の返事が届く。
キャンプは思いがけず、大所帯となった。
◇◇◇
キャンプ当日――ゴッガルドの引率で、馬車を使ってキャンプ地へと向かっていた。
なぜ、ゴッガルドがいるのか。その理由は参加者が増えたため、カイが不安がったからだ。ゴッガルドの同行が決まると、やっと安心できたらしい。
「カイ、大所帯になってしまい、すまないな」
「いえ、賑やかなほうがいい思い出になるでしょう。メルヴ・イミテーションも、楽しそうですし」
「そうだな」
メルヴ・イミテーションはゴッガルドの膝の上に立ち、窓の外の景色を眺めていた。
「私も、なんだかわくわくしています」
「それはよかった」
板金鎧姿のカイはキャンプを楽しむ恰好ではない。けれどもその姿が落ち着くというのであれば、それでいいと思ったのだった。
王族の静養地は、湖が美しく、過ごしやすい土地だ。
一般人の立ち入りは許可されていないので、ゆっくりできる。
キャンプ地として選んだ湖のほとりでは、ゴッガルドが仕切ってくれた。
「では、テントを張る組と、料理を作る組と、火を用意する組に分かれましょうか」
テントを張るのはフェリクスとメルヴ・イミテーション、料理をするのは私とカイ、それからゴッガルド、火を用意するのは聖女マナとアウグスタに決まった。
アウグスタと聖女マナは、別の火が燃え上がってしまいそうだが、果たして大丈夫なのか。
「ゴッガルドよ、聖女マナとアウグスタは組ませて大丈夫なのか?」
「平気よ。彼女達、意外と仲良しなの」
「そ、そうなのか」
フェリクスのほうには、従者が大勢ついている。きっと大丈夫だろう。
「では、私達も調理に取りかかろうか」
「そうね」
カイは大量の肉を一口大に切る作業に取りかかる。
私は野菜を切る担当で、ゴッガルドは串打ちする係を担当するようだ。
カイが目にも止まらぬ速さで、肉塊を切り刻んでいた。
握っているのは包丁ではなく、先日課金ショップで購入した刺身包丁なのが気になるところではあるが。
使用する前に、きちんと煮沸消毒をしていたのと、店主は新品だと話していたので問題ないとは思うのだが……。
私が野菜をもたもた切っていたからか、ゴッガルドが加勢し始める。
カイにも負けない勢いで、野菜を切ってくれた。
その後、一緒に串打ちを行う。
野菜や肉を刺すのはなかなか難しい。ゴッガルドはどうしてか、手慣れた様子で串打ちしていた。
他の人達は上手くいっているだろうか。
フェリクスとメルヴ・イミテーションは、和気あいあいとテントを張っているようだった。
アウグスタと聖女マナは、魔法で火を熾しているらしい。火柱が立ち、聖女マナが爆笑していた。火力が強すぎる。あれでは、食材が一瞬にして丸焦げになるだろう。
火が調整できたのを見計らい、バーベキューの串を焼く作業に取りかかる。
軽く塩、胡椒を振って火で炙っていくのだ。
いい感じの焼き色がついたら、刷毛で焼肉のたれを塗っていく。
野菜にしっかり火が通ったら、バーベキュー串の完成だ。
「皆、できたぞ!」
私達が食べる間は、従者達が焼いてくれる。お言葉に甘えて、いただこう。
バーベキューは立食が基本らしい。そして、串のままかぶりつくのがお約束だという。
アウグスタはためらっている様子だったが、聖女マナが頬張っているのを見て、腹を括ったようだ。
私もいただこう。
まずはカイが切ってくれた肉から食べる。
炙ることにより、肉の表面はカリッと焼かれている。中から肉汁が溢れ、それが甘辛い焼肉のタレとよく合うのだ。
「こ、これは、うまい!」
「でしょー?」
聖女マナがいた世界でも、バーベキューには焼肉のタレが欠かせないという。
このようなタレがこの世に存在していたとは、知らなかった。
カイもおいしそうにバーベキュー串を頬張っていた。
メルヴ・イミテーションには、水で溶いた焼肉のタレが提供されていた。飲みたいと熱望したらしい。ごくごくと飲んだあと、頭上に薔薇に似た花を咲かせていた。
『オ、オイシー!!』
焼肉のタレは、メルヴ・イミテーションのお口にも合ったようだ。
アウグスタやフェリクスも、おいしそうに食べている。
ゴッガルドもみんなの世話をしつつ、楽しんでいるようだった。
皆を連れてきてよかった。
なんて浸っているところに、邪悪なる気配を感じた。
「クリストハルト殿下、下がってください!!」
「な、何事だ!?」
晴れていた空は曇り、ゴロゴロと雷鳴が響き渡る。
雲を割って登場したのは――邪竜だった。
私達を狙っているようで、急降下してくる。
「な、なぜ邪竜が!?」
そう口にするのと同時に、カイが飛び出していく。高い木を伝って邪竜へ接近し、剣を振り下ろした。
ガキン! と高い金属音が鳴り、カイの剣が折れるのを目撃してしまった。
ここでハッとなる。
「カイ! 先ほど肉を切るのに使っていた、刺身包丁を使え! 邪竜を討伐するアイテムのようだ」
ゴッガルドが刺身包丁を掴み、カイに向かって投げる。
無茶苦茶な、と思ったものの、カイは見事に受け取った。
そして――邪竜へと振り下ろす。
たった一撃で、首を跳ね飛ばした。
邪竜には人が騎乗していたようで、カイが首根っこを掴んだ状態でやってくる。
「あ、あいつは――!」
終わってしまった世界で、アウグスタに酷く執着していた男だ。
彼が邪竜を使役していたのは、しっかり記憶に残っている。
「お前、何が目的だったんだ!」
「ア、アウグスタ嬢は、孤高の存在でないといけない! このような集まりで、はしゃぐ姿なんて見たくなかった!」
呆れたの一言である。まさか、アウグスタをストーカーしていたなんて。
この男はすぐに騎士隊に拘束され、王都送りになった。
邪竜騒ぎがあったため、テントでの宿泊は止めようという話になった。
別荘で一夜を過ごすこととなる。
アウグスタは責任を感じたようで、しょんぼりしつつ謝罪してきた。
「皆様、ごめいわくをおかけしました」
「いや、気にするな。危ない男が野放し状態だったから、よかったのかもしれない」
「しかし、フェリクスやメルヴ・イミテーションがせっかくテントを張ってくださいましたのに――」
その瞬間、ピカッと稲光が走る。次の瞬間には、雨が降り始めた。
「どちらにせよ、テントでの宿泊は難しいようだ」
ここでゴッガルドが提案する。
「予備のテントがあるから、家の中に立ててそこで泊まりましょうよ」
「それだ!」
その後、皆でテントを張り、中に布団を持ち込んで眠る。
花火はできなかったが、怖いので逆によかったのかもしれない。聖女マナが地球に持ち帰りたいというので、花火一式は彼女に託された。
テントは四つ立てられ、アウグスタと聖女マナ、カイ、ゴッガルド、そして私とフェリクスとメルヴ・イミテーションに別れる。
テントは別々だったものの、皆、関係なくお喋りしていた。
楽しくも愉快な一夜を明かしたのだった。
一夜明け、外は晴天であった。
釣りをしたり、リンゴパイを作ったり、燻製をしたりと、キャンプを存分に楽しむ。
皆に絵日記を描くように頼んでいたのだが、揃って邪竜の絵を描いてくれた。
邪竜と戦う勇ましいカイの絵を描いていたメルヴ・イミテーションには、よくできた賞を与える。
夏のいい思い出ができた。




