クズ王子は、護衛騎士との思い出を振り返る
生まれてからずっと、私は注目の的だった。そこにカイが加わったものだから、さらに人からの視線が集まる。
私にとって、人からの視線は当たり前のもの。けれども、いつまで経っても慣れず、不躾に見られるのは不快としか言いようがなかった。
王太子という立場にいる以上、仕方がない。そう諦めていたのだが――。
「カイ、すごいぞ! 誰も、私達に注目しない!」
「ええ、驚きました」
これだったら、街の散策もしやすくなるだろう。
ひとまず、空腹を満たさなければ。朝市に戻り、食事を確保しよう。
少し離れていただけで、人の通りはぐっと減ったように思える。
「なるほど。朝市はこの時間帯に来ればいいのだな」
「ですね。あ、そんなに頻繁にお出かけされても、警備面で困るのですが」
「わかっている。カイが困らない程度の頻度で、遊びにこよう」
「遊び……ですか」
「そうだ。お前としか行かないから、頼んだぞ」
「はい、もちろんです。私はクリストハルト殿下の筆頭騎士ですから」
「それは違う」
「違う、というのは?」
カイは小首を傾げる。先ほどアンティーク店で購入したイヤリングが揺れ、太陽の光と重なってキラリと光った。
「カイは友達だ。だから、一緒に遊びに行く。わかったか?」
「私が、友達、なんですか?」
「そうだが?」
友達という関係がしっくりこないのか、カイはこれまで見たこともないくらいの戸惑いの表情を浮かべていた。
物心ついたときからずっと一緒にいるので、兄妹のほうがしっくりくるのか。いいや、それもなんか違うような気がする。
カイと初めて出会ったのは、五歳の春。
大人達が優雅に茶会を開く傍らで、子ども達は乳母に集められて庭を駆け回っていた。
その中で、カイは遊びの場に加わらず、噴水の前でぽつんと座っていたのだ。
手足がすらりと長く、ふたつ年上の再従兄よりも身体が大きかったので、年上だと思っていた。しかしながら、カイは同じ年だったのである。
声をかけても反応が薄く、つまらない奴だった。けれども、不思議と気になる存在で、私はカイにちょっかいをかけ続けたのだ。
薄い反応を返すのに飽きたのか、カイは他の子どもと遊ばない理由を話してくれた。
カイは力が強く、同年代の子ども達を傷つけてしまうかもしれない。だからひとりでいるようにと、父親から言われていたらしい。
なんて酷いことを言うのかと憤った私は、カイの手を引いて遊ぼうと誘った。
乗り気でないカイの手を引き、木登りをしたり、虫を捕まえたり、空に浮かぶ雲を数えたり――楽しい時間を過ごした。
それからというもの、国王陛下に頼み込んで、カイを遊び相手として王宮に呼び寄せたのだ。
これが、私とカイの友情秘話である。
遊び相手でい続けると思っていたのに、カイは私の相手をしながら、剣術の修行も行っていた。
彼女が正式な護衛になったのは、魔法学校の入学が決まってから。護衛になっただけでも驚いたのに、四年間同室で過ごすと聞いてさらに驚いた。
私はカイの努力なんて知らずに、のほほんと過ごしてきたわけである。
その先の記憶も、私の中にいくつも在った。神獣ラクーンが甦らせた、終わってしまった世界の私の行動は最低最悪としか言いようがない。
カイは人間の屑としか言えない私に対し忠誠の姿勢を崩さず、命尽きるまで仕えてくれた。
アウグスタという婚約者がいながら、不貞行為を働いていたかつての私を、カイはどういう気持ちで見つめていたのか。
臣下として、恥ずかしかっただろう。今になって、申し訳ない気持ちに襲われる。
今世は、カイにとって恥ずかしくない人間になりたい。そう、切に思う。
「あの、クリストハルト殿下」
「なんだ?」
「私は、人とは違います。力は強いですし、その、人の輪にも上手く溶け込めません。そんな私が、クリストハルト殿下の友と名乗るのは、おこがましいように思えてならないのです」
「何を言っているのだ。私が勝手に友だと思っているのに、おこがましいも何もあったものではない」
「しかし、この力は――」
幼少時もカイは力が他の人より強いことを気にしていた。父親がいろいろ言ったせいで、カイも後ろめたく思っているのだろう。
力が強いくらいで、別に避けたりはしない。むしろ、頼もしいくらいだ。
カイが恐ろしいものを見るように見つめる手を、ぎゅっと握る。
握るのは本日二回目だが、相変わらずの逞しい手だ。
「カイの力が強いおかげで、私はこれまで何度も助かった」
入学式の日、女子生徒が大勢押しかけて潰されそうになったとき、助けてくれたのはカイだった。足を滑らせたときはかならず支えてくれるし、瓶の蓋が開かないときはかならずカイを頼っている。
「カイ以外、私は頼れないからな。いつも、感謝している」
「クリストハルト殿下……」
これからは一方的に助けてもらうのではなく、カイを助けられるような自分になりたい。
「だから、見守ってくれるだろうか?」
「もちろんです!」
こういう関係こそ、友達なのだろう。
そう問いかけると、カイは少しはにかんで、こくりと頷いてくれた。
◇◇◇
それから、腹を満たすために屋台街のほうへと向かった。
焼きたてのパンや、焼ける肉の匂いが漂う、空腹時にはたまらない通りとなっている。
「カイ、何を食べたいか?」
「初めてなもので、何がいいものか……」
「あ、あれ、クラスメイトがなかなかいけるって言っていた!」
牛串焼きの屋台である。ひとまず二本購入し、カイに一本与えた。
「朝から肉ですか」
「そういえば、初めてだな」
朝はたいてい、ハムかベーコンしか食べない。こんなに脂が滴るような肉は、普通は夜しか食べないのだ。
「どこで食べるのですか?」
「ここで食べる」
「ここで、ですか?」
周囲を指差すと、カイはなんとも言えない表情を浮かべた。
食べ歩きというものを、したことがないのだろう。
「歩きながら食べて、串が喉に突き刺さったら危険なのでは?」
「だったら、通行人の邪魔にならないよう、脇に避けて立ち止まって食べよう」
焼きたてが一番おいしいのだと訴えたら、カイはしぶしぶと許してくれた。
道の脇に避け、牛串焼きをいただく。
正直、肉自体は筋張っていて硬く、普段食べている牛肉とはほど遠かった。けれども、深みとコクのあるタレがおいしい。
「カイ、どうだ?」
「肉は大したことはないのですが、タレはかなりおいしいですね」
どうやら、俺とカイの好みは一致しているようだ。