クズ王子は、聖女マナから事情を聞く
「私、フェリクス様から聞いたの。この世界が、ゲームの仮想空間ではなくて、実際に存在する世界だってことを」
「信じたのか?」
「最初は信じられなかった。でも、時間をかけて信じさせられたっていうか、まあ、びっくりだよね」
話を聞きながら、ふと我に返る。
そういえば、フェリクスにここが〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟を参考に造られた世界だということを、説明していない。
「聖女マナ、お前がここを〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟とまったく同じ世界だと言ったのか?」
「違うよ。フェリクス様は最初から〝知っていた〟。前世っていうの? 一回、ゲームオーバー……世界が滅びた記憶があるんだって」
「な、なんだと!?」
まさか、フェリクスにも記憶があったなんて。
「ならば、神獣ラクーンはフェリクスの傍にもいたのか?」
「いたねえ。あの、食いしん坊アライグマちゃん」
「……」
一度、フェリクスと神獣ラクーンが会話している場面に出くわした。
あれはいったいどういうことだったのか、フェリクスや神獣ラクーンに聞けないままだったのだ。
まさか、フェリクスにも記憶があったとは。おそらく、神獣ラクーンはフェリクスにもたびたび助言していたのだろう。
「そういえば、フェリクスは〝僕は兄上よりもずっと、上手くやってみせる〟と言っていたんだが、あれはどういう意味だったんだ」
「あー、それはたぶん、私とアウグスタを同時に攻略して、手中に収めようとしていたんだと思うよ。聖女と、聖獣の力を得られたら、最強だし。まあ、失敗していたけれど」
終わってしまった世界の記憶を持っていたフェリクスは、私が死なないようにあれやこれやと行動を起こしていた。聖女マナを私のもとへ派遣したのも、私を生き延びさせるための作戦だったのだろう。
「あのね、クリストハルトは私の〝リセット〟や〝ログアウト〟に警戒していたから、使えないようになったって言ったほうが、傍に置いてくれるだろうってフェリクス様が言っていたの。その通りになったから、驚いた」
すべてはフェリクスの作戦の上に踊らされていたというわけか。
がっくりと、肩を落とす。
「そうだ。ドロテーアはどうなんだ? あいつは、やはり敵なのか?」
「敵じゃないけれど、完全にクリストハルトだけの味方じゃなかった」
「どういう意味だ?」
「彼女、フェリクス様にも手を貸していたの。国家専属魔女だから」
しかしながら、すべての情報を提供していたわけではないという。
「クリストハルトが生きているって情報を提供してくれたのも最近だし、まあ、どちらかと言えば、あなた達寄りの味方だったみたい」
「そうか。そう、だったのか」
ドロテーアが私達に対して都合良く助けてくれているように見えたのは、フェリクス側からも情報を得ていたからだった。
なんとも紛らわしいことをしてくれる。
「ということは、オーガはドロテーアの情報提供で現れたわけではなかったのか」
「そう」
なんでもここ最近、オーガらしき角が生えた男の目撃情報があったらしい。
私がオーガに殺されたという記憶が残っていたフェリクスは、血眼になって探していたようだ。
「先日の、超絶苛立っていたフェリクス様は、オーガを探していたってわけ」
「私を探していたのではなかったのだな」
公爵家に突然フェリクスが現れた理由は、オーガを追っていたからなのだろう。
私の中にあった謎が、ひとつひとつ解かれていく。
「そろそろ十五分くらい経ったかな」
聖女マナの呟きに、アウグスタが頷く。時計を見て、時間の経過を見ていてくれたらしい。
「じゃあ、もうオーガは倒されているかな?」
「だといいがな」
三時間も経っていたら、状況は大きく変わっているだろう。
世界樹の空間から、公爵邸へと戻る。
私達が元いた部屋は、血まみれになっていた。
そこには、絶命したオーガの亡骸がある。
現場を調べていた騎士達は、転移してきた私達を見てギョッとしていた。
「あなた様は――!?」
否、騎士達は死んだはずの私の姿があったので、驚いていたのだろう。
「兄上様ーーーー!!!!」
フェリクスが弾丸のように走ってきて、私の懐へと飛び込んでくる。
涙で顔がぐちゃぐちゃになったフェリクスを、力いっぱい抱きしめた。
「フェリクス、これまで苦労と心配をかけたな」
「いいえ! いいえ! 兄上様のほうが、お辛い思いをされていたのに」
脅威は去ったのだろう。これから先は心配なんかない。
なぜだかわからないが、そんなふうに思ってしまった。
24日、25日と、最終話まで連続更新します。どうぞよろしくお願いいたします。




