クズ王子は、リセットされた世界に下り立つ
『――ちょっとあなた達、今どこにいるの?』
ドロテーアの焦ったような声が聞こえる。
「は?」
『いや、は? じゃなくて、どこにいるのか聞いているのよ』
私は今、水晶を手にドロテーアと通信している。
目の前には、アウグスタ。その隣にはカイが腰かけている。
ふたりとも、キョトンとした表情で私を見つめていた。
いったい、どういうことなのか?
カイは先ほど死んだはずなのに……。
『ねえ、いいから早く教えなさいよ』
「アウグスタの家にいまーす」
そう答えたのは、聖女マナであった。
突然現れたので、アウグスタとカイはギョッとしていた。
『あなたは! まあ、いいわ。それよりも大変なの。クリストハルト殿下が生きているっていう噂話が出回っているのよ』
「えー! そうなんだ。じゃあ、クリストハルトを探して、一攫千金しようかな。懸賞金って出るよね?」
『……いったん切るわね』
ドロテーアはブツンと水晶通信を切る。
「ちょっと、聖女マナ、あなた、どちらからいらしたの? 急に話に加わったので、驚きましたわ」
「ごめんごめん。それよりも、気になることがあるんじゃない?」
聖女マナの問いかけに対し、カイがぽつりと呟いた。
「クリストハルト殿下が生きているという情報は、どこから流れたのでしょうか?」
カイの発言を聞き、ハッと我に返る。
ドロテーアの助けは私達にとって都合がよすぎる――という会話は、オーガと戦う前に交わしたものだった。
アウグスタは彼女自身を信用しないほうがいいと言い、カイも同じように続けた。
ここで私は疑心暗鬼になるあまり、カイに対して信用を示せなかったのだ。
そうだ、そうだった。カイが死んだ瞬間、聖女マナは「リセット」と口にした。
今、この状況は、先ほどから時間が巻き戻った状態なのだ。
カイと目が合う。私は、彼女を誰よりも信用している。今こそ、それを伝えなければならない。
「何があろうと、私はカイを信じている」
カイは安堵したような表情を見せてくれた。
と、ホッとしている場合ではない。慌てて立ち上がり、叫んだ。
「おい、これからメルヴ・イミテーションの異空間へ行くぞ」
「リス、何をおっしゃっていますの?」
「いいからついてくるんだ! 聖女マナ、お前もだ!」
「えー、世界樹の空間に行けるんだ! レアイベントじゃん」
メルヴ・イミテーションが展開させた魔法陣に、アウグスタ、聖女マナが乗るのを確認した。最後にカイへと手を差し伸べる。
カイは私の手を取って、魔法陣の中へと入ってくれた。
しっかりとカイを抱きしめておく。
「リ、リス、あの、もう魔法陣には入ったのですが?」
「二度と離れないように、こうしているのだ」
もう、カイを手放さない。せっかく与えられた機会だ。失敗なんてするものか。
メルヴ・イミテーションが呪文を唱えると、魔法が展開される。
転移は――成功した。ホッと胸をなで下ろす。
カイも胸の中にいた。さすがにずっとこうしているわけにはいかないので離れたが。
温かな木漏れ日が差し込む、世界樹が守られし空間。ここならばオーガがやってくることもない。
聖女マナは初めてやってきたからかはしゃいでおり、アウグスタは不思議そうにキョロキョロと見回している。カイは慣れたもので、メルヴ・イミテーションを膝に乗せ、落ち着いた様子だった。
「ここは安全な空間だが、私達が過ごす場所と時間の流れが異なる」
以前、ここで十五分ほどメルヴ・イミテーションと会話したのちに、戻ったときは三時間経過していた。
「十五分で三時間も経ちますの!?」
「そうだ」
「じゃあ、ここで十分でも過ごしたら、オーガとの戦闘は回避できるってわけだ」
「聖女マナ!」
「な、何、突然大きな声を出して?」
聞きたいことは山のようにある。まずは、彼女が起こした〝リセット〟について聞きたい。
ひとまず、変身を解いて元の姿に戻った。
聖女マナは死んだはずの私を見ても驚きやしない。
やはり、知っていたのだろう。
「おい、聖女マナ。お前はリセットを使えなくなったのではないのか?」
「使えなくなったという設定なのは、〝ログアウト〟だけだよ」
「設定とはなんだ!? 実際には、使えたということか?」
そう問いかけると、聖女マナは悪びれない様子でこくりと頷く。
「いったい、誰の指示だ? 聖女マナ、お前がひとりで考えたことではないのだろう?」
「うん。フェリクス殿下の指示だったんだ」
「フェリクス?」
「もしも、あなたが死にそうになったら〝リセット〟してくれって、頼まれていたの」
「フェリクスが? あれは、私を殺そうとしていたのではなかったのか?」
「違うよ。逆、逆。フェリクスはあなたが生き延びることを、誰よりも願っているから」
いったいどういうことなのか。聖女マナの話に耳を傾ける。




