クズ王子は、オーガを前におののく
額から二本の角が突き出た、鋭い目に牙、筋骨隆々の体を持つ亜人オーガ。
見間違えるはずがない。あれは、かつての私を殺したオーガと同じだった。
「ヤット……見ツケタ!」
そう言って、オーガが戦斧を向けたのはカイだった。
なぜ、私でなくカイを狙う!?
双方が接近し、剣と戦斧を交えたのは一瞬の出来事だった。
オーガが一歩踏み出し、戦斧を振り下ろすたびに部屋が揺れる。
カイは回避したり、戦斧を剣で弾き返したりと、冷静に戦っているように見えた。
以前、終わってしまった世界で戦ったときは、一方的に圧されていたような記憶が残っている。カイは日々、鍛錬に勤しんでいた。そのため、戦闘力は向上しているのだろう。
カイがオーガを引きつけている間に、どうにかしなければならない。
「うわあああ、扉が開かないよー! どうして!」
「聖女マナ、ちょっと黙っていてくださいませ!」
何か魔法がかかっているのではないか。そう思ったのか、アウグスタは解析の魔法を試みる。けれども、魔法の反応はなかった。
もしや、誰かが力で押しているのではないかと思って体当たりする。
「ぐう!!」
力の限りぶつかってみたものの、人力でどうにかしているような手応えはなかった。
肩が悲鳴を上げていたが、そんなことなど気にしている場合ではない。
そういえば、ドロテーアから渡されていた魔法巻物があった。けれども、彼女が敵か味方かわからない状況で使うのは恐ろしい。
「聖女マナよ、転移の魔法巻物は持っていないのか?」
「あ、ある!」
「ならば、アウグスタとふたり、逃げてくれ」
「わかった」
聖女マナは魔法巻物を取り出し、一気に破いた。けれども、転移魔法は発動されない。
「ええっ、どうしてぇ!?」
魔法巻物が使えないなんて、これまでなかったのに。
アウグスタは先ほどから聖獣を呼ぼうとしていたものの、応じないという。
「おい、メルヴ・イミテーション。今、あの場所に、転移できるか?」
『ウーン、アレ……? デキナイヨオ』
やはり、魔法を徹底的に封じる何かが展開されているのだろう。
「何か、魔法を無効にする結界でもかかっているのか?」
「おそらく、そうとしか思えません」
「そんなーー!!」
このような高位魔法を使えるのは、ドロテーアしか思い当たらないのだが……。
オーガも彼女に場所を伝えてからやってきた。
本当に、ドロテーアが私達の敵だったというのか。
そんなことはどうでもいい。今は、アウグスタと聖女マナを守らないといけない。
「ふたりとも、暖炉の中に入っておけ。あそこならば、オーガの戦斧も簡単には届かないだろうから」
ふたりを暖炉の中に避難させ、メルヴ・イミテーションを抱きかかえておくように頼む。長椅子やテーブルなどの障害物を積んですぐに接近できないようにする。カイがやられたら、私が戦うしかない。覚悟を決め、ぎゅっと拳を握った。
カイはオーガを圧しているように見えた。そんな彼女を支援したかったものの、呪文を唱えても魔法は発現しない。
今はカイだけが頼りだった。
カイは一歩踏み出し、オーガの腕を切り落とす。
しかしながら、やられたオーガは口元に笑みを浮かべていた。
『ハハ、ヤッタナ』
そう呟いた瞬間、カイの足元に黒い魔法陣が浮かぶ。
糸で足元を縫い付けられたように、カイは動けなくなってしまった。
「な、なんだ、あれは!?」
「犠牲魔法ですわ!!」
アウグスタが叫ぶのと同時に、魔法陣から鋭く長い槍のような杭がいくつも突き出す。それらは、カイの体を貫いた。
「カイ!!」
鎧の隙間から、大量の血を流す。
視界がぐにゃりと歪み、意識が遠のいていきそうになった。
そんな私を支えたのは、メルヴ・イミテーションの蔓である。
『シッカリシテエ! メルヴノ、葉ッパガ、アルカラ!』
そうだ。メルヴ・イミテーションの葉は一緒に過ごす間に急成長した。その葉を食べさせたら、カイの傷は治る。
オーガは自らの腕と引き換えに、魔法を発動させたようだ。
まさか、魔法も使えたなんて。魔法を封じる結界も、あのオーガが使ったものなのか。
オーガは戦斧を振り上げ、カイの首を狙う。
「止めろ!!」
駆け寄って、ふたりの間に立ちはだかる。
「邪魔ダ!!」
オーガは目標をカイから私へ変える。戦斧を振り下ろそうとした瞬間、空気が震えるほどの叫びが聞こえた。
「ああああああ、ああああああ!!」
カイの叫びだった。オーガは戦斧を落とし、片耳を塞ぐ。
「カイ!!」
振り返った先にいたカイの姿に異変があった。
兜から、二本の角が突き出していたのだ。
その瞬間、記憶が甦る。
そうだ、カイはオーガの血を引く娘だったのだ。




