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クズ王子は、眼鏡を購入する

 一見して普通の銀縁ぎんぶちの眼鏡だが、見てわかるほど特殊な一品だった。


「そちらは、存在感を極めて薄くするという、魔技巧品――〝惑わし眼鏡〟でございます」


 魔技巧品――それは魔法がかけられた特殊な道具である。ドワーフが作るのを得意としているが、たまに人間の職人もいるという。


「なぜ、このような品を作った?」

「少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」

「まあ、いい。聞いてやる」


 店内には円卓と椅子があり、いつの間にか紅茶が運ばれていた。そこに座って、茶でも飲みながら聞くようにと勧められる。

 カイの分もあったので、一緒に飲むように命じた。


「あの、私はクリストハルト殿下の護衛ですので、ご一緒するわけには……」

「騎士様、ご安心を。当店は不届き者は入店できない結界が張ってありますので」


 店内に展開された魔法陣が浮かび上がった。カイを安心させるために、見せてくれたのだろう。

 魔法学科において学年首位のカイならば、魔法陣の意味も正しく理解できるに違いない。

 カイは抵抗を止めて「それでは、失礼します」と一言断ってから腰を下ろした。


 神獣ラクーンは重たいので、テーブルに載せておく。

 茶菓子のクッキーを嬉しそうに食べていた。


 右手の中指に嵌めた指輪を、茶器にくっつける。反応はない。

 これは毒の混入を調べる魔技巧品だ。口に入れる物にはすべて、これを使って確認している。

 毒殺されたときは、口移しだった。まったく、間抜けな死に様である。


 こちらがホッとひと息ついたのを確認したところで、惑わし眼鏡について説明を始めた。


「その昔、社交界には目が眩むような美貌の男性がいたようです。あまりにも美しいので、周囲は放っておかなかった。けれども、口下手で社交が苦手な男性はほとほと困り果て、自分という存在がいなくなればいいのにと思ってしまったそうです」


 社交界から離れることを婚約者に申し出ると、ある贈り物を用意していたのだという。


「それは、男性の美貌を隠し、存在感を極めて薄くするという魔技巧品、惑わし眼鏡――」


 ドワーフが丹精込めて作った品の効果は絶大だったという。誰も、男性の存在を発見せず、取り囲むこともなくなったようだ。


「この眼鏡を装着すると、その場にいるのにもかかわらず、いないかのように感じてしまうという効果があるようです」


 男性は婚約者と結婚し、その後は容姿がもてはやされることもなく、平和に暮らしたようだ。


「その後、子孫は男性の美貌は受け継がず、ごくごく平凡な容姿の家系だったようです。そのため、この品は売りに出されたと」

「なるほどな」


 そこにいるのに、いないかのように扱われる品――どこへ行っても注目を集める者にはうってつけだろう。


「クリストハルト殿下も、こちらの眼鏡をかけたら、常日頃から静かに過ごせるのではないでしょうか?」

「それだ!!」


 なんとなく話を聞き流していたものの、カイの言うとおり、私にこそ必要な品だろう。

 これをかけていたら、きっと男爵令嬢ルイーズも私を発見できない。


「これも購入しよう」

「ありがとうございます」


 ルイーズへの対策をどうしようか悩んでいたが、解決しそうだ。ホッと胸をなで下ろしかけていたが、カイの顔を見てハッとなる。


「私だけ目立たないようになっても、意味がないな」


 カイの美貌はどこに行っても際立つ。彼女もどうにかする必要があるだろう。


「惑わし眼鏡と似たような品は、他にもあるのか?」

「はい、ございます!」


 店の奥から持ってきたらしい品は、サファイアをクリスタル型にカットした片側に付けるイヤリングであった。


「惑わし眼鏡とは少々効果が異なるのですが、こちらを装着すると容姿が真逆に見えるそうです」

「美しい者は、美しくなくなり、美しくない者は、美しくなる――というわけか?」

「そうですね」

「わかった。それも買おう」

「ありがとうございます」


 ふたつの品は、幻術系の魔法が付与されているらしい。幻術の弱点は〝認識〟である。

 どういう意味かと言うと、幻術がかかっているとわかっていたら、効果をなさないのだ。

 そのため、私達がお互いに魔技巧品を装着しても、幻術がかかっていると認識しているので効果は現れない、というわけである。


「カイ、このイヤリングを常に装着しておけ」

「しかし、こちらは高価な品なのでは?」

「私の毎年余る予算から支払われるから、気にするな」


 かつての世界で、私が何を贈ってもルイーズは金の心配なんてしなかったというのに。

 挙げ句、彼女は予算が尽きるまで散財もしてくれた。

 それに比べて、カイはなんて謙虚なのか。

 人を比べるのはよくないことだが、ついつい比較してしまった。


「このサファイア、クリストハルト殿下の瞳の色みたいで美しいです」

「そ、そうか」

「ありがとうございます。大切にします」


 カイは素直に、イヤリングを装着してくれた。左耳に揺れるイヤリングは、カイによく似合っていた。


「あの、付けてみたのですが、いかがでしょうか?」

「きれいだ」

「え?」

「ん?」

「あ、あの、幻術の影響はあるのか、聞いてみたのですが」

「そっちか!!」


 顔から火が出ているのではないかと思う。まさか、幻術について質問していたなんて。


「幻術がかかっていると知っているから、いつものカイにしか見えない」

「そうでしたか」


 私も眼鏡をかけたが、効果は同じ。

 念のため、別の店員を呼んでもらい効果を確認する。


「店長、まだ勤務時間ではないのですが~」

「こら! お客様がいるのに、なんて口の利き方ですか!」

「あ、本当だ! その、すみません」


 店員はカイのほうを向いて、深々と頭を下げる。


「こちらのお客様にも、謝罪してください」

「きゃあ!」


 今、私がいることに気づいたようだ。跳び上がるほど驚いていた。


「も、申し訳ありません。まったく気配を感じなかったので」

「気にするな」


 どうやら、効果は絶大のようだ。

 思いがけず、いい品を手に入れた。

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