クズ王子は、コンパクトの説明を聞く
「そうそう、ひとつ質問なんだけれど」
「どうした?」
「あなた、仮に犯人が捕まったとして、王族に戻る気はないの?」
私の日々の言動や行動から、元の地位に戻る気がないことをドロテーアは感じとっていたらしい。
「まあ現状、私は死んだ者として扱われているからな」
「でも、敵の陰謀を暴くためにって、言い訳はできるはずよ」
「そうだとしても――」
もう、命の危機に晒されることなどこりごりだ。それに、二度とカイを危険な目に遭わせたくないという気持ちも大きい。
「ここでなくてもいいから、カイやメルヴ・イミテーションと共に平和に暮らしたい。王族であれば、おそらく叶わない願いだろう。私はもう、他人から命を奪われたくないのだ」
王族として、無責任かもしれない。
これまで十八年間、私は国王になるためにさまざまな教育を受けてきた。
その資金源は、国民が納めた税金である。
それらは立派な国王となって、返さなければならないものなのに……。
ただ、私が死んでこの世界が滅びてしまったら、元も子もないだろう。
今回の選択は、仕方ないとしか言いようがない。
「前にも思ったが、私の記憶が戻るのがもう少し早ければ、いろいろとやりようもあったのだが」
「それはそうね」
今回、聖女マナの登場も数年早かった。いろいろと準備するには、あまりにも時間が足りなかったのだろう。
「わかったわ。クリストハルト殿下は死んだ。そういう方向で、話を進めるから」
魔女の伝手で新しい家名や、国籍など用意してくれるらしい。
「迷惑をかける」
「いいえ。それが、私達国家専属魔女のお役目だから」
これからどうなるのか、まったくわからない。今はただ、犯人を暴くために調査に乗り出すしかない。
「そんなわけで、変装するわよ」
ドロテーアは三つの変身コンパクトを手にしていた。
「ひとつはあなたの。ひとつは私の。もうひとつはカイのよ」
ドロテーアは男に変身し、女性では立ち入れないような社交場を調査するという。ちなみに男になるのは初めてではなく、これまでも何度かあったらしい。
「きちんと爵位と名前もあるのよ」
「本格的なんだな」
王家に何かあったときに、動けるよう国家専属魔女が秘密裏に用意している立場だという。
「名前はジン・フォン・ドレッセルっていうの」
「ジン・フォン・ドレッセルだと!? 国内でも歴史ある、魔石商の商会長ではないか!」
「そうよ。歴代の国家専属魔女がドレッセル家を運営しているの」
ドロテーアから聞いた情報に、絶句してしまう。同時に、信じがたい気持ちになった。
ここまで手を尽くしてくれる国家専属魔女を、便利屋扱いしていた挙げ句、契約を途切れさせてしまった王族はなんて罪深い存在だったのか。
「まあ、そんな話はいいとして。この変身コンパクトは、カイにも託しておくから」
「女性であるカイが、男に変身するのか。いいや、今は男装しているから……頭がこんがらがってきた。カイはどうなるんだ?」
「どうもならないわ。これを使わずに、男装から女装した状態になるだけよ」
「ああ、そうか。カイは変身せずとも女性だから、魔法で姿を偽る必要はないのだな」
もともと、公の場では板金鎧をまとっていたので、社交界でカイの素顔を知る者は少ない。学園内でも、私の陰に隠れていたため、その美貌はそこまで知れ渡っているわけではないはずだ。
「化粧でもしたら、あの子、別人みたいになるわよ」
「そうか。楽しみにしている」
この変身コンパクトには、化粧モードというものもあるらしい。なんでも一瞬にして、化粧を施してくれるようだ。
「便利な品だな」
「でしょう? 異性へ変身する機能はオマケみたいなもので、ほとんどの魔女は化粧モードを中心に使っているみたいよ」
他にも、自動で髪を結ってくれるモードや、流行のドレスから地味なメイド、村娘に街娘など、さまざまな変身機能が付いているらしい。
王都の潜入にうってつけの道具というわけだ。
一通り使い方を習う。別に難しいことはない。コンパクトの中心に填め込まれたルビーを撫でると、空中に呪文が浮かび上がる。用途に合わせて、呪文を指先で選択するだけでいいようだ。
「じゃあ、一時間後にここに集合ね」
ひとまず明日の葬儀に潜入するらしいが、恰好は街娘風でいいだろうとドロテーアは助言してくれた。今日から喪服を着用していたら、街中で悪目立ちをするらしい。
「またあとでね」
「ああ、わかった」
自室に戻り、変身コンパクトのルビーを撫でる。〝女性になる〟を選択すると、文字が魔法陣に変化した。
全身が光に包まれ――あまりの眩しさに目を閉じる。
光が収まったあと、瞼を開いた。
まず、視界に映った指先の変化に驚く。白魚のような細い指になっていた。
着ていたシャツやズボンも、ぶかぶかだ。
いったいどんな姿になっているのだろうか?
恐る恐る部屋に置かれた姿見を覗き込んだ。
「――え!?」
鏡に映っていたのは、金髪碧眼の美少女だった。




