クズ王子は、アンティークショップで買い物をする
この時間帯は市民達の活動が活発になるのだろう。朝市には、大きな荷物を抱えて行き来する者達が大勢いた。
皆、忙しない。歩く速さも、昼間の倍以上のように思えた。
ぼんやり歩いているつもりはなかったものの、何度か人とぶつかりそうになって、カイに腕を引かれる。
「危ない!」
「おっと!」
これを何度も繰り返しているうちに、疲れてしまった。一度朝市の通りから外れて、人通りの少ない路地で休憩する。
「なぜ、しっかり前を見て歩かないのか!」
その疑問に、カイが傍に寄って耳打ちする。ふわりと花梨に似た香りが鼻腔をかすめる。なんだか恥ずかしくなって距離を取ろうとしたものの、腕をがっしり掴まれていたので身動きが取れなかった。
「ぶつかってくる者達は、クリストハルト殿下から財布を抜き取ろうとしているのです」
「なっ、なんだと!」
「だから、なるべく怪しい者とはぶつからないように努めてくださいませ」
酷い話である。なんでも身なりで判断し、スリを行おうとぶつかってくるらしい。騎士隊でも取り締まっているようだが、逮捕しても逮捕してもどこからともなくスリを働く者は現れるのだという。
「そもそも、私は財布など持ち歩かない。ぶつかってきても、何も持っていないぞ」
「盗むのは財布だけではないのです。たとえば――」
カイが突然外套の胸元に手を差し込んできたので、跳び上がるほど驚いた。彼女は懐に入れていた懐中時計を握って示す。
「こういった、売ったら金になる品もまた、狙われるのです」
「それは王家の紋章が入っている。そんなものを売ったら、逆に逮捕されるのではないのか?」
銀製の懐中時計は、王族の家紋である双頭のグリフォンが彫られた珍しい品だ。これを偽造することは、法で禁じられている。つまり、双頭のグリフォンがあしらわれた品を王族以外が持つことは犯罪となるのだ。
「銀はやわらかいので、少し削ったら消せるでしょう。まったく問題ではありません」
「そ、そうだったのか」
「懐中時計は大切なお品です。チェーンで上着のボタンホールと繋げていたほうがよろしいかと」
「それもそうだな」
路地裏の通りに、アンティークの品を扱う店が営業していた。そこで、懐中時計用のチェーンを購入しよう。
「カイ、先にチェーンを買う」
「承知しました」
客を待ち構えるかのように開かれた扉の先に、一歩足を踏み入れる。年季の入った店の外観に反し、店内は毛足の長い豪奢な絨毯が敷かれ、天井からは水晶のシャンデリアが明るく照らす高級感溢れる内装だった。商品はひとつひとつガラスケースに収められ、丁寧に保管されている模様。
店の奥から店員――フロックコートをまとった、単眼鏡をかけた三十代前後の男が出てくる。
「おや、あなた様は、クリストハルト王太子殿下では?」
「そうだが」
「ようこそいらっしゃいました。わたくしは、リートベルク伯爵家のアルベルト・フォン・バルテンと申します」
リートベルク伯爵家というのは、商売で成り上がった一族である。現在も国内優秀の大商人で、社交界でも一目置かれるような存在だ。
こんなところで商売をしているということは、この男は次男か三男なのだろう。
貴族の家に生まれても、長男でなければ爵位の恩恵は受けられない。次男以下は、自分達で身を立てる必要があるのだ。
「今日は何をお求めになるのでしょうか?」
「懐中時計を繋ぐチェーンは置いているか?」
「もちろん、ございます」
ベルベットが張られた盆にチェーンがいくつも並べられる。ひとつひとつ特徴があるようで、熱心に説明していたが、私にはどれも同じようにしか見えない。
「カイ、選んでくれ」
「私が、ですか?」
「そうだ」
「承知しました」
カイは身をかがめ、熱心な目でチェーンを見下ろしている。じっくり選んだ結果、銀のチェーンを選んだようだ。
「こちらは魔法がかけられているようで、お手入れは不要とのことです」
「なるほど、いい品だな。懐中時計にも施してほしいくらいだ」
銀製の懐中時計は、手入れをしないとすぐに黒ずんでしまう。父――国王陛下から貰ったときに、しっかり手入れをするように命じられていたのだ。これだけは、昔から自分でやっていた。
「そういった付与魔法は、ドワーフが得意としています。よろしかったら、ご紹介しましょうか?」
「いや、いい」
ドワーフは偏屈者が多いと聞く。気に入らない人間相手にはいくら金を積んでも、商売はしないと噂も耳にした覚えがあった。
上手く交渉できる気がしないため、せっかくの提案だが断った。
さっそく、懐中時計をチェーンに繋げ、もう片方をボタンホールに通す。この状態で胸ポケットに放り込んだら、盗まれた際に気づくだろう。落とす心配もなくなった。
姿見で状態を確認したが、銀のチェーンがキラキラ輝いていて、なかなか悪くない。
「代金は城のほうに請求しておいてくれ」
「はい、仰せのとおりに」
店から出ようと踵を返した瞬間、ガラスケースに収められていたある品に気づく。
「これはなんだ?」