クズ王子は、魔女に真実を話す
神獣ラクーンの脱力するような祝福はひとまず忘れることにして。
ドロテーアに今後について話す。
「とりあえず、私の死を偽装したい。可能だろうか?」
「は!?」
「今回の襲撃で、死んだことにしたいと言っている」
「いや、言っている内容はわかるけれど!」
敵が誰なのかわからない以上、のうのうと姿を晒し続けるわけにはいかない。
いったん死んだことにして、犯人について調査したいのだ。
「というわけでドロテーアよ、私の死体を作ることは可能だろうか?」
「できるけれど、本気なの?」
「本気だ」
「もしかしたらフェリクス殿下の立太子の儀式が行われて、二度と王太子の立場に戻れない可能性もあるのよ?」
「それでもいい」
「いいってあなた……」
何度も経験した世界の中で、王太子だった私は王族としての務めを果たせていなかった。
今回も、記憶が戻るまではぐうたらと、自由に過ごしていた。
そんな私が、そもそも立派な国王になれるわけがなかったのだ。
「フェリクスならば、立派な国王になるだろう」
「あなたを殺そうと画策している人を、国王にしてもいいの?」
「それとこれとは、事情が異なる」
陰謀はフェリクスひとりの意思ではないだろう。きっと、周囲の思惑もあるはずだ。
経験もない、まっすぐに育ったフェリクスが、単独で私の暗殺など思いつくわけがない。
今はそう信じていた。
「もしも犯人が見つからなかったら、どうするの?」
「そのときは、カイやメルヴ・イミテーションと静かな場所でのんびり暮らす」
「あなたみたいな生活能力がない温室育ちが、外で暮らして行けるの?」
「できるかはわからないが、そういう状況になったらやるしかないだろう」
ドロテーアはこの世の深淵に届くのではないのかと思うくらいの、ため息をついていた。
「考えが甘いとしか言いようがないわ。別の作戦にしなさいな」
もうひとり、協力者を増やしたらどうかと助言される。
「ゴッガルドとか、いいんじゃないの? あなた、仲がいいじゃない」
「ゴッガルドは誰にでも平等だ。フェリクスにもきっと、優しく接している。それに、王家に近しい人間と連絡を取りたくない」
「でも、彼なら味方になってくれると思うのだけれど」
「今のところ、ドロテーア以外に協力者を増やすつもりはない。作戦も変えるつもりも、もちろんない」
「頑固ね」
ドロテーアを説得しないと、この作戦は上手くいかないだろう。
ここで、腹を括る。
「すまない、カイ。しばらく、メルヴ・イミテーションと共に席を外してくれないか?」
「承知しました」
カイはなんの疑問も持たずに、部屋から出て行った。遠ざかっていく足音を確認してから、これまで誰にも話していない事情を話す。
「何回も同じ人生を経験し、結果、殺されたという話をしたな」
「ええ」
「その中で、カイも殺されているのだ」
もう二度と、カイが死ぬ場面に出くわしたくない。
カイがこの先長生きしてくれるのであれば、王太子としての立場も、財産も、何もかも捨てたっていい。
「それくらい、今の私は彼女の幸せを願っている」
「彼女?」
ドロテーアに聞き返されてハッとなる。
「クリストハルト殿下、あなた、あの騎士のことを彼女って言った?」
「……」
「男だと思っていたんだけれど、女なの?」
「いや、その、なんだ」
失言だった。けれどもこれから先、ドロテーアと行動を共にするのならば、言っていたほうがいいだろう。
「そうだ。カイは女性だ」
ドロテーアは顎に手を添え、何やら考える素振りをしている。
「もしや、それとなく気づいていたのか?」
「いいえ、そうではないのだけれど……」
何やらカイに関して、引っかかる部分があったらしい。
そういえばカイ自身、ドロテーアから珍しい血筋だと言われたという話をしていたような。その辺に関して、何か考えているのかもしれない。
「私はカイが女性だと知らないことになっている」
「また、こじれた関係なのね」
「こじれていない。カイは自慢の親友だ」
「親友ねえ」
今後、カイが困った事態に直面するかもしれない。男である私に相談できない悩みもあるだろう。そのさいに、話を聞いてやってくれと頼んでおいた。
「わかったわ。彼女に関しては、それとなく気づいた、みたいな話をしておく」
「すまない」
話が大きく逸れてしまった。本題へと戻る。
「それで、今回の作戦について、納得してくれただろうか?」
「ええ。あなたが王族としてではなく、幸せのために生きたいと望む理由は理解できたわ」
「では、協力してくれるな?」
私の問いかけに、ドロテーアはこくりと頷いた。