クズ王子は、魔女の話を聞く
なんとかドロテーアの協力を得られそうだ。ホッと胸をなで下ろす。
「あ、そうそう。一点だけ、気になることがあるんだけれど」
「なんだ?」
「さっき、クリストハルト殿下の契約印を調べようとしたのに、反応がなくて。言いにくいんだけれど、もしかして今の王族って、どこかで別の家に乗っ取られていたの?」
「……」
以前、ドロテーアが話していた国家専属魔女との血の契約について話を聞いていた。
かつて協力関係にあった魔女達は、王族を助ける契約を交わしていた。その契約は親から子に継承され、胸に花の印として現れていたらしい。
「否定しないってことは、やっぱりそうなのね」
「乗っ取りとは違うのだが、王家直系の血は数世紀前に途絶えていたらしい」
「やっぱり、そうだったのね」
ドロテーアに隠す理由はないので、数百年前に起きた王妃と愛人の不貞話を話すこととなった。
「信じられない。不貞を働いた挙げ句、生まれた子を国王陛下の子だと偽るなんて」
「そのあとに王家と近しい家との婚姻を行っていたから、まったく王家の血が流れていないというわけではない」
「そういう問題じゃないわ。王家と魔女の契約は、国にとって大事なものだったのに!」
「ドロテーア、たしかにお前の言うとおりだ」
国家専属魔女が王家との関わりが薄くなったのは、血の契約の消失が原因だったのだろう。
「そもそも、魔女達はこれまで契約の消失に気づかなかったのか?」
「血の契約は王家のほうから呼びかけがあるものなの。魔女のほうから、安易に触れられるものではないわ」
今回、契約について気になったのは聖獣の治療を依頼したとき、契約印を使わずに呼び出されたからだという。
「通常、契約印があれば魔女をどこでも召喚できるの。それがなかったから、不思議に思って」
「そうだったのだな」
ドロテーアの口から、詳しい事情が語られた。
血の契約というのは魔女を召喚して助けを求められる。それ以外に、魔女は絶対に王族を裏切らないと誓うものらしい。
ここで、ドロテーアが思いがけない話を持ちかけてくる。
「血の契約を交わしておきましょう」
「それは、いいのか?」
「いいわよ。あなたのほうこそ、不安でしょう?」
襲撃を受けたのであれば、誰が敵か味方かわからない状況だろうとドロテーアは指摘する。
「血の契約があれば、安心して私を傍に置くことができるでしょうから」
「ありがたい話だが、なぜそこまでしてくれるのだ?」
「それは、王族がいなかったら魔女は今でも迫害されていたでしょうし。それに、あなたについていたほうが面白そうだから」
「面白……は?」
「この前も、許可がなければ入れない大森林で素材集めができたし、興味深い護衛騎士を連れているし」
まだカイの血を欲しているのか。それに関しては諦めてもらうように言っておく。
「私につくほうが、茨の道かもしれないぞ」
「いいわよ、それで。誰かが伐り開いたなだらかな道ほど、つまらないものはないから」
ドロテーアは指先をナイフで切り、床に血で魔法陣を描く。呪文を唱えると、淡く光った。
魔法陣に手を添えると、胸の辺りにチクリと痛みが走る。
制服の襟を寛がせ、どうなっているのか覗いた。胸の上部に、クロッカスに似た花模様が刻まれていた。これが、魔女との契約印らしい。
「魔女ドロテーア、心から感謝する」
「お安いご用よ」
頼りになる仲間を得て、ホッと胸をなで下ろす。
使い魔を探しに行ったのに、まさか魔女と契約できるなんて。本当に、人生とは何が起きるのかわからないものだ。
さっそくドロテーアに今後について話したいが、その前に私がどういう状況にあるのか説明しなければならないだろう。
「少し長い話になるのだが、聞いてもらえるだろうか?」
「ええ、構わないわ。ここじゃなんだから、上の階に行きましょう」
地下から一階へ移動し、客間に案内される。
そこはテーブルとソファがあるだけの、シンプルな部屋であった。
窓から覗く人通りが気になったものの、ドロテーアは大丈夫だという。
「ここは特別な結界が張ってあるから、私が中から招かない限り侵入できないの」
「そうか。それは助かる」
ドロテーアは私とカイに紅茶を、メルヴ・イミテーションには蜂蜜湯を淹れてくれた。
紅茶を一口飲んで、ホッと息をはく。
「それで、長い話ってなんなの?」
「ああ、そうだったな。信じがたい話かもしれないが、聞いてくれ」
私はドロテーアに、これまであった話を打ち明けた。
何度も何度も同じ人生を繰り返し、殺されてしまったこと。外の世界からやってきた聖女マナの『リセット』と『データ削除』が脅威であること。そしてこの世界が、最後のチャンスであるということ。
ドロテーアは眉間に皺を寄せ、険しい表情で私の話を聞いていた。
「そう。これまで大変な目に遭っていたのね」
「信じるのか?」
「ええ。だってあなた、神獣の祝福をまとっているから」
「神獣の祝福だと!?」
そんなもの知らない。けれども、魔女の目を通して〝視えた〟らしい。
神獣ラクーンはフェリクスと協力関係にあり、私を罠に嵌めようとした疑惑がある。それなのに、祝福を贈っていたとは……。
「神獣の祝福とは、どんなものなのだ?」
「あなたが纏っているのは、〝絶対に、食べ物に困らない〟祝福ね」
「なんなのだ、それは」
「私が聞きたいくらいよ」
たぶん、神獣ラクーン自身がおいしいものにありつけるように、私に〝絶対に、食べ物に困らない〟祝福を贈ったのだろう。
脱力してしまった。




