クズ王子は、自らの犠牲を訴える
この世界に生きる人々は、髪から魔力を取り込む。
そのため、魔法使いの多くは髪を長くしている者が多い。魔力が降り注ぐ大地に髪を少しでも近づけ、魔力を取り込む努力をしているのだ。
取り込んだ魔力は主に血や唾液などに溶け込んで生命活動を助ける。魔力濃度がもっとも高いのは体液で、魔法の素材として人の血を集める魔法使いも少なくない。
その一方で、髪を素材として重宝する魔法使いもいる。
魔力が通る管として機能する髪は、さまざまな魔法の素材となるからだ。
血を少量分けるのはよくても、髪の提供を嫌がる者は多い。
単純に魔力を取り入れる量が減ってしまう上に、髪がないとなんだか心細い気持ちになるからだろう。
ちなみに髪がなくとも、頭皮がある限り魔力を取り込むことは可能らしい。正確に言うと、髪というより頭部にある魔力回路を通じて魔力を得ているのだろう。
魔力回路から伸びた髪が長ければ長いほど、多くの魔力を身体に吸収できるというわけだ。
魔法使いにとって重要な髪を捧げるというのだ。魔女ドロテーアも私達の願いを叶えてくれるだろう。
「髪? まあ、金貨五百枚の価値はないけれど、王族の髪はたしかに貴重ね。もしも髪を取り引きに使うというのならば、魔法薬を使って毛根ごと持っていくけれどいいの?」
「ああ、問題ない」
ちなみに、ドロテーアが毛根ごと髪を引き抜く場合、二度と生えてこないという。
命を失うことに比べたら、毛を失うなんてどうってことない。
「毛根ごと、持っていってくれ」
「なりません!!」
待ったをかけたのは、カイである。腕を大きく広げ、私とドロテーアの前に立ちふさがる。
「クリストハルト殿下の髪を捧げるわけにはいきません。もしも髪を所望しているのならば、私の髪を持っていってください!」
カイは兜を外し、三つ編みにした長い髪を掴んで訴える。
『メルヴノ、葉ッパデモ、イインダヨ』
皆が皆、自分の髪や葉を犠牲にしようとしている。
そんな行為など絶対に許さない。ここは、私が身体を張る場面だろう。
「カイ、メルヴ、自分の髪や葉は大事にしろ。ここは、私が毛根ごと髪を捧げるから」
「いいえ、私のほうが髪が長いので、都合がいいかもしれません」
『メルヴノ、葉ッパモ、イイ感ジダヨ~』
誰もが引かず、我が、我がと前に出る。そんな私達を前に、ドロテーアが叫んだ。
「うるさーい!! 髪も、葉も、いらないわ!!」
「そ、そんな……!」
がっくりと、膝から頽れる。カイやメルヴも同様に、床に膝をついていた。
「くっ……まさか頼る相手を見誤ってしまったとは」
「ちょっと、早とちりしないでよ」
「はい?」
ドロテーアを見上げると、呆れたようにため息をついている。
早とちりというのは、どういう意味なのか。
「報酬はいらないわ」
「金貨五百枚を貰えるからか?」
「違うわよ。あなたに協力してあげるって言っているの」
「本当か!?」
「ええ」
「だったらなぜ、最初から了承しなかったのだ?」
「それは、あなたの覚悟を知りたかったの」
まだ、私達が何を頼むかまったく話していない。そんな状況で、なぜ覚悟の有無について気になったのか。
「わかるのよ、そういうのは。何か、やろうとしているのでしょう?」
「まあ、そうだが。なぜ、依頼を受けようと思ったのだ?」
「それは、私達国家専属魔女が仕えるべき主人の姿勢だから」
どういうことなのか。詳しく聞いたところ、理解してもらうには国家専属魔女の起源から語ることになるらしい。
「話してくれるか?」
「仕方がないわね」
国家専属魔女の始まりは、三百年以上前の話らしい。
当時、魔女は邪悪で不吉の象徴だった。実際は、魔法に詳しい女性でしかなかったのだが、どうしてか畏怖の対象となった。
人々が魔女を恐れた結果、異端審問局が誕生し、魔女狩りが始まる。
魔女を傍に置くと呪われると囁かれた結果、次々と公開処刑された。
しかしながら、ある国王が魔女狩りに疑問を覚えた。
異端審問局に捕らえられた魔女を集め、ひとりひとり事情を聞いたらしい。
国王は魔女は悪者ではないと判断し、釈放を命じた。
けれども、異端審問局をはじめとする国民が反対した。
困り果てた国王は、ある大きな判断をする。魔女を臣下として傍に置き、自ら彼女らが無害な存在であると示したのだ。
命を助けられた魔女らは国王に誠心誠意仕え、よく働いた。
魔女の雇用に反対した派閥が国王を暗殺しようとしたが、どれも失敗に終わる。魔女達が命がけで国王を守ったのだ。
「その後、国王は魔女に呪われることなく、九十七歳まで生きたわ。以降、魔女が呪われた存在だと表だって言う者はいなくなったの」
国王は今際の時に、魔女らにある願いを言ったらしい。それは豊富な知識をもって王族をよい方向へ導いてくれ、というものだった。
これが、国家専属魔女の始まりだったらしい。
「以後、私達は王族に仕えるようになった」
けれども、無条件に従っていたわけではないらしい。
魔女達を異端審問局から救った国王のように、自分の犠牲と引き換えに目的を遂行しようとする王族がいれば、何よりも優先して助けるようにしていたようだ。
「そんなわけだから、無条件で協力してあげるわ」




