クズ王子は、決意を語る
突拍子もない提案を聞かされたカイは、銅像のように固まってしまった。大丈夫かと、鎧の肩を拳でコンコンと叩く。
「聞いていたか? 私の死を偽装すると言っている」
「ほ、本気なのですか?」
「本気だ」
私を殺そうと画策している者がいる以上、このままのほほんと過ごすつもりはない。
「私は死んだということにして、犯人を探る。安全かつ確実な方法は、これしかないだろう」
「死体はどう偽装するのですか?」
「魔女ドロテーアに依頼しよう」
ドロテーアはゴッガルドの知り合いであり、国と契約を結んでいる実力が確かな魔女だ。
さまざまな能力も、この目で見ている。
彼女ならば、何かしらの方法を提示してくれるはずだ。
「しかし、それでクリストハルト殿下が国葬されてしまったら、王太子の立場に戻ることは難しくなるのではないでしょうか?」
「それはそうかもしれないが、王太子としての立場と命ならば、命のほうが大事だ」
「これまで努力をされていたのに……」
「まあ、そうだな」
終わってしまった世界の記憶が戻ってからは、国王になるための教育も真面目に受けていたし、魔法学校の課題などもしっかりこなしていた。
「しかし、それらの努力とやらも、ほんの数ヶ月だ。これまでの私は、間違いなくぼんくら王子だった」
努力の期間は、それほど多くない。カイがショックを受けるような月日は刻んでいないので、どうか気にしないでほしい。
「私は今、自分の命が大事であるが、それと同じくらいカイが大事だ。なるべく、危険な目には遭わせたくない」
「クリストハルト殿下……」
死を偽装した結果、私の国葬が執り行われ、本当に死んだ者として扱われる可能性がある。それでもいいと、今、私は思ってしまった。
「もしも私が死んだ存在とされてしまったら、どこか遠い場所に行って、ふたりで暮らそう。もしかしたら苦労をかけてしまうかもしれないが、カイを養うために、一生懸命働くから」
「そんな、クリストハルト殿下……!」
「そのほうが、私もカイも、幸せなのかもしれない」
共に生き残り、穏やかな老後を迎えることが、私達にとってはハッピーエンドだろう。
その瞬間を迎えるためには、暗殺に屈している場合ではない。
なんとしても、世界と共に生存を目指す必要がある。
「カイ、私を信じて、ついてきてくれるか?」
じっと、カイを見つめる。
カイは兜を外し、今にも泣いてしまいそうな表情で私を見返していた。
「クリストハルト殿下、ご一緒するのが、私でよかったのですか?」
「お前がいい。お前しかいない」
手を差し出す。すると、カイは指先をそっと重ねてくれた。
手と手を取り合い、私達は立ち上がる。
敵の姿はまだ不透明である。これから、カイとふたりで探りを入れるのだ。
これまで大人しくしていたメルヴ・イミテーションのほうを見る。もう帰る気配を感じていたのだろう。どことなく、シュンとしていた。
「メルヴ・イミテーション、世話になったな」
『ウン』
「また、来るから」
『アノ』
「なんだ?」
『メルヴモ、クリスヤ、カイト、一緒ニ、行キタイ!』
まさかの申し出であった。寂しそうなので一緒に連れていきたい気持ちは大いにあるが、メルヴ・イミテーションは世界樹である。
「私も、メルヴ・イミテーションと共にいたいが、その、大丈夫なのか?」
『アノネ、世界樹ノ核ハ、ココニ、置イテイクヨ』
世界樹の機能が備わった核をこの場に残し、メルヴ・イミテーションのみ私達と共について行くという。
『百年、メルヴガ、戻ラナカッタラ、ココニ、新シイメルヴ・イミテーションガ、生マレルヨ』
「なるほど。そういう仕組みなのか」
その代わり、以前聖獣に分けたような絶大な回復能力を持つ葉は作れなくなるという。あれは、世界樹の力の恩恵らしい。
『タダノ、メルヴナンダケレド、一緒ニイテ、イイカナア?』
「よい。許す。カイもいいな?」
「はい。叶うのならば、ご一緒したいです」
『ヤッター!』
私達の先が見えない挑戦に、メルヴ・イミテーションが加わった。
なんとも頼もしい仲間である。
『コレカラ、ヨロシクネエ』
「ああ、頼む」
「よろしくお願いいたします」
先ほど私がしたように、メルヴ・イミテーションは手を伸ばす。
私とカイは揃って、握り返したのだった。




