クズ王子は、ジュエルベリー探しに出かける
この辺りは木々が鬱蒼と重なり、草花も背が高く、魔物が潜伏しやすい場所なのだ。
気を付けて進もう。そんなことを考えつつ一歩踏み出した瞬間、カイが腕を引く。
「クリストハルト殿下、足元に破裂キノコがございます」
「は、破裂キノコだと!?」
足元を見ると、教科書で見かけた危険なキノコが生えていた。このキノコは踏みつけた瞬間パン! と破裂し、周囲に毒を振りまく。
カイが止めていなかったら、バッチリ踏みつけていたに違いない。
「カイ、助かった」
「踏まれる前に、気づけてよかったです」
私の肩に乗っていた神獣ラクーンはそっと下りて、自分の足で歩き始めた。私の傍にいたら危険が伴うと、気づいたのだろう。
神獣ラクーンの案内で先へと進んでいたところ、鋭い牙が生えたネズミが飛び出してくる。瞬きをする間にカイが剣を抜き、倒してしまった。
前方から出現する敵をカイが斬り、背後から出現する敵を護衛騎士が両断する。私の出る幕はなさそうだった。
前方から、角の生えた狼が襲いかかってくる。カイは先頭を走っていた一頭の首を斬り飛ばした。弧を描いて飛んでいく狼の首を見ていたら、突然カイが振り返ってから叫ぶ。
「クリストハルト殿下、上!!」
上がどうしたのかと空を見上げると、牙を剥きだしにする蛇が落ちてきた。
「うわっ!!」
思わず声をあげてしまったものの、自然と身体が動く。プリンセス・ラブリー・ロッドを振り上げ、蛇を勢いよくなぎ払った。
蛇は勢いよく地面に叩きつけられ、ピクピクと痙攣していた。すかさず、カイがやってきて脳天を剣で突き刺していた。
「魔物ではなく、毒蛇ですね」
「こ、これは、クサリヘビではないか!」
猛毒を持つことで有名な蛇で、出血毒と神経毒を併せ持つ最低最悪の蛇だ。おそらく木に巻きついていたのが、落ちてきたのだろう。
まさか、魔物以外の襲撃で命の危機にさらされるなんて。
ゾッとしてしまった。
強力な魔物がいない上に、護衛も十分にいるからといって安心しきってはいけないのだ。
心臓がバクバク音を鳴らしている。
カイが毒蛇を対処している間に、狼は騎士達の手によって倒されていた。
「クリストハルト殿下、参上が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいや、気にするな。お前も戦闘で手が離せなかったときだっただろうが」
「ええ、ですが」
背中を軽くポン! と叩いたつもりだったが、鈍い金属音がガン! と鳴り響く。ついでに手も痛かった。
「あ、あの、大丈夫でしょうか?」
「平気だ。さ、先を急ごう」
「そうですね」
神獣ラクーンはあと少しだと言う。
『こっちです! もうすぐですよ』
森は奥に進むにつれどんどん暗く、不気味な雰囲気となる。
本当に幻獣や妖精が好むジュエルベリーとやらがあるのか。
疑い始めた瞬間、ぞくりと悪寒が走る。全身に鳥肌が立ち――何事だ?
カイが音もなく剣を鞘から引き抜く。私よりも先に違和感を覚えていたようだ。
続けて、騎士達も警戒を強めていた。
目を凝らすが、森の奥は暗くてよく見えない。
けれども、何かがいるというのを感じ取っていた。
森の奥から、生々しい気配を感じる。ギラギラに光る目と、視線が交わったような気がした。
ぬっと、闇から人の形がいくつも浮かび上がる。
敵襲だ。
黒衣に身を包んだ男達が、次から次へと襲い来る。
木漏れ日から差し込んだ日の下で、何かがキラリと光った。刃物である。
カイが迫り来るナイフを剣で弾き飛ばし、足払いをしたのちに頸動脈を切り裂く。
ひとり倒しても、また新たな敵が飛びかかってくる。
目的は間違いなく、私なのだろう。
騎士が私を守るために取り囲む。
前方からでなく、後方や上空からも襲いかかってきた。騎士のひとりが倒れる。血が噴水のように噴き出していた。驚いた。鎧をナイフが貫通し、切り裂いていたのだ。急いで傷口から血を止めなければならない。敵は近くで絶命していたようだった。きっと倒したのを確認してから、意識を失ったのだろう。
騎士は顔色が悪く、全身をガタガタと震わせていた。
しゃがみ込み、回復魔法を唱える。
「祝福よ、不調の因果を癒やしませ」
傷が一瞬で閉じる。傷跡も残らなかった。
これまでの回復魔法と回復の早さや精度がまったく異なる。ゴッガルドが託してくれたプリンセス・ラブリー・ロッドのおかげだろう。
「うっ……」
騎士は目を覚ます。ホッと胸をなで下ろした瞬間、別の方向から悲鳴が聞こえた。
その方向を見た瞬間、黒衣の男と目が合った。