クズ王子は、護衛騎士の話に耳を傾ける
カイは夕方に戻ってきた。なぜか、胸に真っ赤な薔薇の花束を抱いて。
「クリストハルト殿下、ただいま戻りました」
「ああ」
なんとなく、花束について突っ込むタイミングを逃してしまった。
もしや、ルイーズから貰った物なのか。気になるが、なんとなく聞きにくい空気である。
「あの、この花束、街で見かけまして……クリストハルト殿下がお似合いになると思い、ついつい手に取ってしまいました」
「は?」
「お部屋に、飾ってもいいでしょうか?」
珍しくカイは頬を淡く染め、もじもじした様子で覗うように見つめる。
「私に、買ってきてくれたのか?」
「はい。あ、えっと、不要でありましたら、自分の部屋に飾りますので」
「いや、いただこう」
九本という半端な数だったが、花束を貰うのは生まれて初めてだった。
なんだか気恥ずかしい気持ちになる。
「やはり、薔薇の花がよくお似合いです」
「ああ、そうか。その、ありがとう」
花の生け方なんぞわからないが、せっかく初めて貰った花束なので、自分で花瓶に挿してみた。薔薇は自由な方向に向き、まったくまとまりがない。普段見かける花瓶の花は、センスある者達が生けているのだなと、今になって気づいた。
私が薔薇を生ける作業に熱中している間、カイは茶と菓子を用意していてくれたようだ。
テーブルに花瓶を置くと、カイが今日一日の出来事について話し始める。
「今日、ルイーズ嬢と会ったのは、その、実家に届いた縁談を断るためでした」
「お前、ドライス男爵家から縁談の話があったのか!?」
「ええ」
カイもごくごく最近、知らされたらしい。
「その、言いにくいのですが格下の家系ということで、父は断るつもりだと言っていたのですが――」
このままはっきり断ったらルイーズが傷つく。カイはそう判断し、直接言うと父親に宣言したのだとか。
「家柄以外にも、結婚できない理由があるのですが、その、クリストハルト殿下よりも先に、ルイーズ嬢に説明してしまいました」
ルイーズと結婚できない理由とは、カイが女性だというものだろう。
カイはいつか私に話すと言っていた。先にルイーズに話してしまったので、気まずく思っているのだろう。
「それで、納得してもらえたのか?」
「ええ。泣かれてしまいましたが」
それはそうだろう。損得勘定なしに好きになった異性が同性だったのだ。突然言われて、受け入れられるものではないだろう。
「最終的に、ルイーズ嬢は友達になってほしいと、言ってくれました」
「そうか」
「これでよかったのかは、まだわからないのですが」
着地した場所としては、最適だったのではないかと個人的には思う。商家であるドライス男爵家との付き合いがあったら、何かと心強いから。
「話は以上です」
「わかった」
これまでルイーズについて悩みを抱えていたのだろう。カイはすがすがしい表情を浮かべていた。
「疲れただろう。今日はもう休め」
「はい。ありがとうございます」
カイは元気よく立ち上がり、ぺこりと会釈して部屋に戻っていった。
テーブルに置かれた薔薇を眺めていたら、神獣ラクーンがひょっこり顔を覗かせる。
『クリストハルト様、薔薇の花束の、本数の意味はご存じですか?』
「本数に意味なんかあるのか?」
『あるんですよ、実は!』
なんでも、この世界の元となった〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟には、恋愛関係になる男から薔薇の花束を受け取るイベントがあるらしい。好感度によって、本数が変わるようだ。なんでも花束の最大の本数は十本までで、一本一本増えるごとに意味が異なるらしい。
『一本は〝私にはあなただけ〟、二本は〝私とあなた、世界にふたりきり〟三本は〝心から愛しています〟、四本は〝死んでも好き〟、五本は〝出逢えた奇跡〟、六本は〝あなたしか見えない〟、七本は〝秘められし恋〟、八本は〝あなたの想いに感謝します〟、そして九本は〝常にあなたを想っています〟なんですよー!』
ちなみに十本は〝完璧なあなたが好き〟らしい。
『たぶん、カイさんは薔薇の花束の意味を知っていて、九本買ってきたんだと思います』
「偶然だろうが」
『いえいえ、ご謙遜をなさらずに!』
カイが私に抱く感情は、忠誠心のみだろう。それ以外の感情なんかあるわけがない。
花束だって、どうせ売れ残っていた薔薇が九本だとか、そういう理由だろう。
『薔薇が喋ってくれたら、理由がわかるんですけれどねえ』
「そういうのが得意なのは、妖精族だろうが」
『ですね』
「神獣は何ができるんだよ」
『神様との意思疎通です!』
誇らしげに答えたものの神からの連絡は一方通行である。神獣ラクーン自体が何かするというわけではない。
その神からの連絡もないので、神獣ラクーンはただの毛むくじゃらとしか言いようがなかった。
「しかしまあ、ルイーズの問題が解決したようで、ひとまず安心できるな」
『ええ。次はどうなさるのですか?』
「使い魔と契約する」




