クズ王子は、護衛騎士について思いを馳せる
休日の朝――カイは妙にめかし込んで、出かけていった。
青地に銀の刺繍が入ったフロックコートなんぞ、私と一緒にでかけるときは一度も着なかったのに。いつも、動き易い近衛部隊の制服姿だったのだ。てっきり、オシャレに関心がないものだと思っていたのだが……。
いや、カイのことなんてどうでもいい。ゴッガルドが組んだトレーニングメニューをこなそう。
腕立て伏せから始まり、続けて腹筋、体幹訓練、大臀筋強化、屈伸運動に下半身強化、三角筋後部強化――全身くまなく鍛えるメニューをこなすと、身体が悲鳴をあげる。
仕上げに、ゴッガルドが教えてくれたプロテインを作り、ぐぐっと飲み干した。
「まずい!!」
筋肉トレーニングを始めてしばらく経つが、プロテインのまずさにはいっこうに慣れない。味についてもっとどうにかならないか、研究したい。
トレーニング後、風呂に入り、部屋に戻る。
今日も今日とて、神獣ラクーンは部屋で食っちゃ寝を繰り返しているようだ。
本当に、世界を救う気はあるのか。
私がやってきても、ピクリとも動かなかった。
ゴッガルドから預かっているプリンセス・ラブリー・ロッドで突いてみるも、反応はなかった。
続けて、ぽつりと呟いてみる。
「あ、神だ」
『え、神様ですか!? どうもどうも、神獣ラクーンは世界を救うために、日々尽力している最中でございます!!』
シーンと静まり返る。神獣ラクーンは周囲を見渡し、小首を傾げていた。
『あれ、神様は?』
「私の勘違いだったようだ」
『あ、勘違い? なんだ。あ、いや、はは、そ、そうでしたか』
神獣ラクーンはバツの悪そうな表情を浮かべ、後頭部をポリポリ掻いている。
本当に、こいつはお調子者だ。
『そういえば、カイさんの気配が学園内にいないようですが』
「カイはデートだ」
『あ、そうなんですね。だから今日のクリストハルト様、不機嫌だったのですねえ』
「私が、カイの不在ごときで不機嫌だと?」
『ええ、そのようにお見受けしますが』
たしかに神獣ラクーンの言うとおり、カイがいなくて不満な気持ちはある。それは認めよう。
「あいつは、私になんの相談もなく、ルイーズ・フォン・レーリッツと出かけたのだ」
『えっ、でも、今日ってカイさんは休日ですよね? クリストハルト様に断りなく出かけても、なんら問題ないのでは?』
神獣ラクーンの言うことは正しい。けれども、いつもカイが何かをするときは、私に許可を取っていたのだ。それが、なんとなく気に食わない。
『休日まで主人に予定を伺わなければならないなんて、ある意味パワハラですよね』
「なんだ、その〝ぱわはら〟とは?」
『パワーハラスメントの略で、地位のある者が、地位が低い者に対し、精神的な圧力をかけるという行為ですね』
「だ、誰がパワハラを働いた!」
『じ、冗談ですよお』
危うく、神獣ラクーンの尻尾を引っ張りそうになった。暴力行為をしてむしゃくしゃした気持ちを静めるなど、あってはならないだろう。
『えーっとですねえ、クリストハルト様が感じた気持ちは、たぶん、嫉妬だと思うのですが』
「私が、カイに嫉妬だと?」
『いえ、休日に時間を作って会うふたりの関係を、妬んでいるのかなと』
腕を組み、しばし考える。
たしかに、カイがひとりで出かけるのであれば、何も思わなかっただろう。問題は、ルイーズとふたりっきりで出かけるという点だ。
神獣ラクーンの言うとおり、私はカイとルイーズの関係に嫉妬していたのだ。
『えーっと、すみません。私ごときが、差し出がましいことを口にしまして』
「いいや、気にするな。このなんとも言えない感情は、たしかに嫉妬だ」
嫉妬するということは、私はカイを自分の所有物のように考えていた部分があったのだろう。
「そうだな。これは、パワハラというものだろう」
『いえいえ! パワハラについては忘れてくださーい』
何はともあれ、私はカイについての考えを改めないといけない。
彼女にだって、自由はある。
それを許せる寛大な心を、今後は持たなければならないだろう。
「神獣ラクーン、感謝する」
『お役に立てたのならば、何よりです』
その日の私はプロテインをおいしく飲む方法の研究をしつつ、カイの帰りを大人しく待ったのだった。