クズ王子は、聖獣を見守る
聖獣の目がカッと見開く。『クエ~~!!』とひと鳴きし、がばりと起き上がった。
立ち上がって翼を大きく広げる。瞳はらんらんと輝いていた。
どうやら、聖獣の具合はよくなったらしい。
「リリー!!」
感極まったアウグスタが、聖獣に抱きつく。聖獣は愛おしそうに頬ずりしていた。
ドロテーアは信じがたいとばかりに、効果を目の当たりにしているようだった。
「これが、世界樹の葉の力なのね」
「みたいだな」
「私も欲しいわ」
「それは無理だ」
「どうして?」
世界樹の葉は一枚しか生えていなかった。次に生えるのは百年後。高い確率で、私達は生きていないだろう。
「百年後ってどういうことなのよ! 世界樹は今、どういう状態なの?」
「クリストハルト君、まさか、世界樹は枯れかけているの? だとしたら、聖獣が具合を悪くするより最悪よ」
「いや、安心しろ。世界樹は枯れていない。むしろ元気だ」
メルヴ・イミテーションについては、カイ以外に話すつもりはない。ゴッガルドについては他の者より信用しているものの、それでもすべてをさらけ出そうと思える段階ではないから。ドロテーアについては、出会ったばかりなので問題外である。
「すまないが、世界樹についてはあまり話せない」
ドロテーアは納得していない様子だったが、ゴッガルドはあっさりと大人しくなった。
話が途切れたタイミングで、アウグスタが私達に頭を下げる。
「皆様方、リリーを治してくれたことを、心から感謝いたします」
今後は聖獣の世話に専念するという。
「魔法学校も、退学しようと考えております」
「それはなぜだ?」
「どうしても、心がかき乱されてしまいますので」
「それはそうだが……」
同じ年頃の男女が通い、魔法を学ぶ魔法学校――友を作り、定期試験で成績を競わせ、社会に馴染むための協調性を身に着ける場。
どうしても他者と自分を比べてしまうような環境になるため、劣等感も刺激されやすい。
周囲や環境に馴染めず、退学し家庭学習に変える者も少なくはなかった。
けれども、アウグスタは親友がたくさんいて、成績もよく、教師からも模範生だと評判だった。本人も、楽しそうに通っていると思っていたのだが……。
「もしかして、フェリクスが問題なのか?」
「それは――」
黙り込むのは、肯定するようなものだろう。
「わたくしが心を乱してしまったせいで、リリーが具合を悪くしてしまったのです。だから、もう魔法学校に通わないほうがいいと判断しました」
今後も聖女マナは魔法学校に現れるだろう。その現場をアウグスタが目撃したら――その後の展開は考えたくない。
けれども、たったそれだけで魔法学校を退学させていいものか。
いいや、いいわけがない。
「アウグスタ、退学は許さない」
「え? しかしそれでは――」
「フェリクスを休学させる」
「なっ!?」
これまで、アウグスタには苦労をかけさせた。そんな彼女から、魔法学校に通う楽しみを奪ってはいけない。
「アウグスタが魔法学校に通う期間、フェリクスは休学とし、卒業後に通う意思があるのならば、復学すればいいだけなのだ」
「問題を起こしたわたくしに、そのようなことが許されるのでしょうか?」
「よい。私が許す」
そもそも、聖女マナが現れたこと自体、イレギュラーな状態なのだろう。その影響を、アウグスタがうっかり受けてしまった。それだけなのだ。
「今後も、学業に励んでほしい。聖獣についても、よく世話をするように。手が足りない場合は、人を派遣する。無理せず、相談してくれ。アウグスタ、私はお前の味方だ。遠慮することなく、なんでも話してほしい」
「――っ!」
アウグスタの瞳から、涙が零れる。ずっと自分を責め、追い詰めていたのだろう。
もう心配はいらない。アウグスタをそっと抱きしめ、「もう大丈夫だ」と耳元で囁いた。
◇◇◇
聖獣の問題も解決したので、今度はフェリクスの問題へと移る。
ここ最近、フェリクスを避けていた。そのため、久しぶりに話す。
特別談話室に呼び出し、休学について話を持ちかけることにした。
「兄上様、なんだかこうしてお話しするのが、久しい気がします」
「そうだな」
ここ最近は忙しく、なかなか話す暇がなかったのだとはぐらかす。
「西方国境のこと、お聞きしました。まさか難民を受け入れ、獣人達に開拓を任せるなんて。さすが兄上様です」
「偶然思いついただけだ」
西方国境については、獣人の血を引くビュークナー伯爵家の者達が対応に当たっているらしい。枢密院からは「上手くいくものか!」という声も上がっていたが、衣食住を提供した獣人達は騎士達の指示に従っているという報告が届いていた。開墾も、想定以上のスピードで進んでいるようだ。
カイと共に視察に行く予定だったが、つい先日キャンセルした。
現地で強そうな獣人をスカウトする予定だったが、やはりよく知らない者を傍に置くことは危険だと思い直したのだ。
ドロテーアが使い魔を放つ様子を見て、幻獣や精霊、妖精などと契約を交わすのも悪くないと考えているところである。
「ところで兄上様、ご用件はなんだったのでしょうか?」
「ああ、そうだったな」
考え事をしている場合ではなかった。さっそく、本題へと移る。




