クズ王子は、大森林に戦々恐々とする
「危ない!!」
カイの鋭い叫びを聞き、背後を振り返る。そこには、極彩色のトカゲがぱっくりと大きな口を広げていた。
すぐさま目の前に黒い影が躍り出る。カイだ。
剣を引き抜くのと同時に、トカゲの首を刎ねた。戦闘後、剣を強く振って刃に付着していた緑色の血を払う。ここまで、一瞬の出来事のように思えた。
「クリストハルト殿下、おケガは?」
「ない」
魔物が出現して存在に気づき、倒されるまで一歩も動けなかった。
一応、一学年のときから魔物相手の戦闘訓練があったのに、何もできない自らに驚きを隠せない。
私の様子がおかしいとゴッガルドは気づいたのだろう。心配そうに顔を覗き込んでくる。
「本当に大丈夫?」
怖じ気づいたのかと聞かない彼は優しい。
「いや、少し驚いただけだ。あのように、気配がまったくない魔物に遭遇するのは、はじめてだったから」
「そう。心配はいらないわ。ここに出現する魔物は、規格外だから」
ごくごく普通の魔法学校の生徒であれば混乱状態になり、走って叫んで逃げてもおかしくないようなクラスの上位魔物だったらしい。
「動かず、大人しくしているのが大正解だったってわけ」
ちなみにゴッガルドは、私が逃げた場合捕獲しようと背後で準備していたらしい。トカゲはカイが仕留めてくれると信じていたようだ。
「そんなわけだから、カイから離れないようにね」
「ああ、わかった」
なんとも情けない話だが、今はカイを頼り、信じて進むしかないだろう。
それからというもの――魔物図鑑や物語でしか見たことのない魔物と遭遇する。
即死の猛毒を持つバジリスクに、巨大で獰猛な鳥ロック、上半身はニワトリ、下半身はトカゲという姿のコカトリスなどなど。
カイが剣を振るって魔物の気を引きつけ、ゴッガルドが弱点を突く。隙ができた瞬間に、ドロテーアが大魔法で止めを刺すのだ。
当然と言うべきか、私の補助など必要なく、皆戦闘後はケロッとしていた。
二時間ほど歩いただろうか。空を見上げても、世界樹なんて見えやしない。
「本当にここは最深部なのか?」
「そのはずよ」
うんざりしているのは私だけで、ドロテーアは嬉しそうに草を摘み、ゴッガルドはいいトレーニングになると嬉々としている。カイは疲れた様子もなく、淡々と付いてきていた。
「少し休みましょうか」
「ああ、そうだな」
すかさず、カイがマントを外して地面に広げる。
「クリストハルト殿下、こちらでお休みください」
「ああ」
カイは直立不動のまま、腰を下ろそうとしない。私を守るために、用心しているのだろう。そんなカイに、ドロテーアが声をかける。
「魔物避けの魔法をかけるから、魔物は寄ってこないわ。あなたも、休みなさい」
「カイ、お言葉に甘えろ。命令だ」
「え、ええ。わかりました」
カイは器用に腰を下ろす。以前、板金鎧をまとったことがあるのだが、歩くのだけでも一苦労だった。おそらく、着用したままでさまざまな動きができるよう、訓練を積んでいるのだろう。
「それはそうと、魔物避けの魔法があるのならば、歩いている間も展開できなかったのか?」
ドロテーアがかけた魔法を見るからに、魔法陣を描いて展開させるその場でしか効果がない魔法には見えなかったのだ。
「よく気づいたわね。そのとおりよ」
「やはり、常時展開型の魔法だったか」
なぜこれまで使っていなかったのかと問い詰めると、ドロテーアはにやりとほくそ笑む。
「それは、上級魔物から稀少な素材を得るためよ!」
「な、なんだと!?」
大森林へやってきた目的は、珍しい薬草だけではなかったようだ。
なんでもドロテーアは戦闘終了後、使い魔を放って素材を回収するよう命じていたらしい。
「バジリスクの鱗に、ロックの羽根、コカトリスの肉――どれも入手困難で、冒険者に依頼を出して高額の報酬と引き換えにしなければ入手できない素材なのよ。それを無償で入手できるんだから、魔物避けなんか使うわけないでしょう?」
「命よりも、素材集めを重視するとは……!」
「最強の布陣だから、命の心配なんてしなくてもいいわ」
たしかに、カイもゴッガルドも、ドロテーアも強い。襲いくる上級魔物と対等、もしくはそれ以上の実力で返り討っていた。
命の危機にさらされることはなかったが……。
「ゴッガルドは気づいていたのか?」
「ええ、まあ……。ごめんなさいね。こうでもしないと、ドロテーアは付いて来ないって思って」
一番の負担は、前衛で剣を振るうカイだろう。ひとまず謝罪しておく。
「カイ、必要のない戦闘をさせてしまい、すまなかった」
「いいえ、お気になさらず。強敵相手に、いい訓練になると思っていたところでした」
「訓練……」
間違いなく実戦なのだが、なぜ訓練と言えるのか。それは、カイが強いからだろうが。
「無理はするなよ。きつかったら、ゴッガルドと役割を交代すればいいだけなのだから」
「それはクリストハルト君の言うとおりよ。次から、あたしが前衛になりましょうか?」
「大丈夫です。まだまだ戦えます」
「そう」
ゴッガルドは眉尻を下げながら、カイに飲み物を差し出す。
「えーと、こちらは?」
「特製プロテインよ。ちょっと飲みにくいかもしれないけれど、筋肉が付くから」
「あ、ありがとうございます」
あれは、私が「まずいもの飲ますな!」と怒ってしまったパワープロテインだ。
カイは兜の口元だけ外し、プロテインを飲む。
ごくごくと、一気に飲み干していた。なんという見事な飲みっぷり。思わず拍手してしまった。
「カイ、あたし特製のプロテイン、どうだった?」
「意外とおいしかったです」
「あら、そう? あたしと趣味が合いそうだわ!」
あのまずいプロテインがおいしいだと!?
カイの味覚を疑ってしまったのは言うまでもない。




