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クズ王子は、大森林へ向かう

 聖獣の結界が消失したら、国内は大変な状況になる。

 さらに、最近帝国との仲もよくないというので、攻め入られる可能性も否めない。

 そんなわけで、聖獣の守護を今、失うわけにはいかないのだ。

 学校が休日のときに大森林へ、などと暢気に言っている場合ではない。

 今すぐ出発するという。


「装備を調えなくてもよいのか?」

「魔法学校の外套は、生徒を守るために最強ランクの防御魔法がかけられているのよ。その辺で購入する法服ローブよりも、よっぽど守りは強固なんだから」

「なるほど。だから卒業する前に外套は要返却となっているのか」

「そう。手が込んでいるから、大量生産できないのよ」


 私が着ている外套は新品だったが、卒業後は別の生徒に回されるのだという。もちろん、修繕の魔法で新品同様に手直しされてから、新しい生徒に引き継がれるのだ。


「魔法薬はどうせドロテーアがたくさん持っているだろうから、敢えて買いに行く必要はないと思うわ」

「言っておくけれど、無料提供じゃないから」

「もちろん、代金は支払うわよ。国王陛下が」


 何も所持していないように見えるが、ドロテーアは異空間に繋がった小型の鞄をベルトに吊しており、そこには魔法薬の在庫を入れて持ち歩いているという。


「体力を回復するものに、傷を回復するもの、毒、麻痺、火傷を治すものに、気付け薬と、まあ他にもいろいろね」


 下町の者からは「歩く薬屋さん」と呼ばれているらしい。パンや干し肉など、ちょっとした食料も持ち歩いているようで、数日の探索ならば可能だという。


「まあでも、最深部に繋がっているっていう話だから、遅くても八時間以内には世界樹のもとへ近づくんじゃないかしら」

「そうか。わかった」


 ひとまず、同行を頼むドロテーアに頭を下げる。


「報酬は戻ってきてから、必ず払おう。すまないが、今回は力を貸してくれ」


 反応がなかったので顔をあげたら、ギョッとしたような表情で私を見つめていた。


「なんだ? 今の頼み方では、不服だったのか?」

「違うわ、逆よ。よく、一介の魔女なんかに頭を下げたわね」

「協力を頼む者に、誠心誠意お願いするのは人として当たり前のことだと思うが」

「いや、それができない王族がほとんどなのよ。みんな、自分達が誰よりも偉いんだって顔をしているのが普通だし。あんたも最初はそうだと思ったんだけれど」


 これまでの私はそうだっただろう。けれども終わってしまった世界の記憶が甦り、自分の愚かさを知った。

 これまで、多くの人々の怨みを買ってきた。それを排除するだけで、殺される割合はぐっと減るのだ。

 怨みを買わないためにはどうすればいいのか。

 他人の善意を当たり前とせず、謙虚に、感謝の気持ちを忘れないように、誠心誠意の心をもって生きればいいだけ。それは簡単なようで難しい。けれども、私にできることといえばそれしか思いつかなかった。


「ふうん。未来の王妃様の、教育の賜物ってやつ?」

「いいえ、それは違いますわ」


 これまで大人しかったアウグスタが、ドロテーアに凜としながら意見する。


「王太子殿下がお変わりになったのは、ご自身の強い意志からです。わたくしは関係ありません。それに、王太子殿下との婚約は破棄しました」


 アウグスタの発言を聞いたドロテーアは、どういうことかと問い詰めたいのだろう。私をじっと見つめる。


「いろいろ深い事情があるのだ。詮索するな」

「それはまあいいとして。王太子殿下にいい噂は聞かなかったけれど、最近はマシになっているってわけなのね」

「そうだといいな」


 だらだら話している場合ではなかった。今すぐ、大森林に向かわなければならないだろう。 


「クリストハルト殿下、出発前に実家に寄っていただきたいのですが」

「いいが、何か用事でもあるのか?」

「装備を取りに行きたいのです」


 身に纏うのに十五分ほどかかるらしい。それくらいならば問題ない。おそらく、全身漆黒の板金鎧を装備したいのだろう。


「アウグスタ、もしも私達が二日経っても戻らなかったら、国王陛下に報告してほしい」

「わかりました」


 さらに、聖女マナがやってきたら、聖獣の治療ができないか相談を持ちかけてほしいと頼んでおく。フェリクスに言っておけば、聖女マナがやってきたときにすぐに報告してくれるだろう。

 フェリクスとはもう話したくもないだろうが、その辺は割り切ってほしい。


「迷惑をかける」

「いいえ、それはわたくしの台詞です」


 気に病まないよう声をかけ、励ますように肩を叩いた。


「王太子殿下、どうかご無事で」

「カイやゴッガルドがいるから心配するな」

「私もいるんですけれど」

「そうだったな。この通り、ドロテーアもいる」


 そんなわけで、大森林へと出発することとなった。


 ◇◇◇


 大森林へ繋がる関門は、王宮の裏側にある噴水に仕掛けが施されているらしい。

 この噴水は近くの湖からくみ上げた水を浄化させ、生活用水にする仕組みだという。主に、下働きの者達が料理に使ったり、飲み水にしたりしているようだ。今日、ドロテーアから説明を聞いて、初めて意味のある噴水だったのだと知った。


「まさか、この噴水が水質浄化の効果があったとは」

「やっぱり、伝わっていなかったのね」


 くみ上げている湖の水質はよくなく、浄化しないととても口にできないらしい。


「昔王妃殿下が、ここの噴水は古いから新しいものに変えるとおっしゃっていたのだが、それが実行されていたら大変なことになっていたな」

「サラッと恐ろしいことを言わないでちょうだい」


 その計画は王妃殿下のご病気が発覚し、立ち消えとなってしまったのだ。今後は国の財とし、大切にしていかなければならない。


 ドロテーアが呪文を唱えると、水が浮かんで噴水の受け皿の底が見えた。そこには魔法陣が刻まれており、選ばれし王族が触れると開くという。

 指示通りに触れると、ガコン! という大きな物音と共に地下へと繋がる出入り口が出現した。


「これを帝国の者が知っていたというのは、ゾッとするほど恐ろしい事実だな」

「たぶん、帝国に嫁入り、婿入りした誰かがうっかり話してしまったのでしょうね」


 地下へ繋がる通路は、真っ暗で恐ろしく思ってしまう。

 私が先陣を切らねばと思っていたが、ゴッガルドに止められる。


「あたしが行くわ。クリストハルト君はそのあとに」

「すまない、頼む」


 ゴッガルドを先頭にして、大森林の入り口へ繋がる通路に下りていった。 

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