クズ王子は、婚約破棄の理由を知る
「これまでわたくしは、未来の王妃となるため、絶え間ない努力をしてまいりました」
「それは、知っている。お前は誰よりも自分に厳しくあり、努力も行ってきた」
アウグスタは悲しげに首を横に振る。そうではないと否定しているのか。
「けれどもある日、王妃教育よりも頭に占める存在に気づいてしまったのです」
それはフェリクスだと、震える声で口にした。
「最初、フェリクスへ感じる気持ちは、幼少期から知る者への親しみだと思っておりました。それがある日、恋心であると気づいてしまったのです」
フェリクスはアウグスタを愛しており、恋人にしたいと望んでいた。
私はそれを反対せず、恋は自由だと送り出したのが間違いだったのかもしれない。
王太子の婚約者とフェリクスが両想いというのが広まると、略奪愛や、不貞を働いたと糾弾する者が出てくる可能性もあるのだ。
私が考えなしだった。あの日、フェリクスを叱り、止めておくべきだった。
私は自分のことで精一杯で、周囲について深く考えられなかったのだろう。
「王太子殿下という男性がいながら、その弟に恋してしまうなんて、なんて浅薄なのだと、自分自身を責めておりました。それから意識を立て直し、再び王妃としての一歩を進めようと思っていたのですが――」
ある日、アウグスタは目撃してしまう。
フェリクスと聖女マナが、親しげな雰囲気でいることに。
さらにフェリクスは、聖女マナにアウグスタに囁いたような甘い言葉を口にしていたらしい。
「それを目にした瞬間、黒い感情がわたくしを支配したのです」
アウグスタは聖獣を遣い、ふたりに報復をしようと計画した。
だが、実行しようとしたその瞬間――聖獣に変化が起きる。
「リリーが突然倒れ、弱ってしまったのです」
「ま、まさか!」
聖獣は気高く、神聖な存在だ。それを復讐に利用しようとしたため、弱ってしまったのだろう。
「今、リリーは治療を受けております。けれども、快方に向かわず……」
問題はそれだけではなかった。国を守護する結界も弱まっているという。
結界については、現在国王陛下とヴュルテンベルク公爵しか把握していなかったらしい。私には、今日の夜にでも連絡が届く予定だったようだ。
「自分で自分が恥ずかしくなり、王妃にはふさわしくないと思ったのです。すぐに、国王陛下とお父様に婚約を破棄していただくよう、わたくしから望みました」
「そう、だったか」
不安げな表情で、アウグスタは私を見つめる。
「どうした?」
「愚かなわたくしを、責めないのですか?」
「責めるわけがなかろう」
そもそも、フェリクスを止めなかった私にも責任がある。それに恋に溺れた状態というのも、私は知っていた。
まだ成人もしていない未熟なアウグスタの行動を、誰が責められるのか。
「アウグスタ、これまで辛かったな」
「――っ!」
「これからは、一緒に考え、共に悩もう」
私達は仲睦まじい夫婦にはなれないのかもしれない。けれども、よき親友にならばなれるだろう。
私とカイ、それからアウグスタが一致団結したら最強なのではないか。そう言うと、アウグスタは淡く微笑んだ。
現在、聖獣の弱体化によって結界の効果が薄くなっている。まだ、魔物の襲撃は報告されていないらしい。けれども、被害が出るのも時間の問題だという。
聖女マナに助けを求めているようだが、肝心なときに彼女は姿を現さなかった。
「ならば、優先させるべきは聖獣の回復だろう」
けれども、考え得る限りの治療はどれも効果がないという。
「国一番の回復魔法の使い手でも、リリーの具合をよくすることは難しく……」
「そうか」
腕を組み考える。何か、策があるはずだ。
神獣ラクーンが脳裏を過ったが、奴がフェリクスと手を組んで一致団結している可能性を考えると、相談しないほうがいいだろう。
あと、頼れる者といえば――脳裏に浮かんだのは、筋骨隆々の白衣を纏った大男。
ピンと閃く。信用できる者が、ひとりだけいた。
「アウグスタ、ゴッガルドに相談してみよう」




