クズ王子は、信じがたい気持ちになる
なぜ、二時間も前に時間が巻き戻ってしまったのか。
もしかして、私や神獣ラクーンが知らぬ間に〝リセット〟で遡る時間が変わっていたのか。
神獣ラクーンに今すぐにでも問いかけたかったが、奴はフェリクスとよくわからない会話を交わしていた。
どうしてふたりが関わり合いを持っていたのか。わからない。
ただでさえ問題が山積みだというのに、さらに追加されるとは思ってもいなかった。
フェリクスと神獣ラクーンが何を企んでいるのかわからない以上、こちらの手の内は見せないほうがいいだろう。
今後、味方はカイだけと思っていてもいいのかもしれない。
教室に戻る途中、カイが駆けてくる。
まだ授業中だが、私がいないのに気づいて探していたのだろう。
「クリストハルト殿下!!」
「カイ!」
走ってくるカイを、そのまま抱きしめる。ぶつかるような形となり、「うっ!」と苦悶の声が漏れた。
けれども、カイの匂いと温もりを感じていたら、ざわざわと落ち着かなかった気持ちが静まっていく。
「突然姿を消したので、驚きました」
カイをぐっと抱き寄せ、耳元で囁いた。
「聖女マナが、〝リセット〟を使った。それで時間が巻き戻ったのだが、なぜか私は記憶を保持したまま、現場に取り残されてしまったのだ」
「なるほど。そういう訳だったのですね」
カイに〝リセット〟について説明しておいてよかった。おかげで、不可解な状況を理解してもらえた。
「というか、カイ、よく信じるな」
私が何度も死んでは生まれ変わっているという話も、カイはあっさり信じてしまった。
普段からも、このように物わかりがいいものかと不安になる。
「別に、なんでもかんでも信じているわけではありません。クリストハルト殿下のおっしゃることなので、信じているだけです」
「そ、そうか」
私以外の他人の言うことはまず一度疑いにかかるらしい。それはそれで大丈夫なのかと聞きたくなる。
「話したいことがある。特別談話室は――フェリクスがやってきたら困るな」
「何か問題でも?」
「ああ」
どこかふたりきりになれる場所がないものか。
私の私室は神獣ラクーンがいるだろう。カイの部屋で話すという手もあるが、このあとルイーズとサロンカフェ〝クライノート〟に行く予定があるため、寮に行っている時間はない。
「まあ! ふたりで抱き合って、どうしたの!?」
甲高い男性の声に、ゆっくりと振り返る。ゴッガルドだった。
「あ!!」
「え、何?」
「保健室にある個室を、借りてもいいか?」
「いいけれど、ナニするの?」
「何かするわけではない。カイと話すだけだ」
「ええ、話すだけだったら、個室じゃなくてもよくない?」
「いいから、貸せ!」
「強引ねえ。モテないわよ」
「別に、モテなくてもいい」
ちょうどいいところに通りかかった。保健室には、重傷者用の個室があるのだ。
ゴッガルドは医師の免許を持っており、生徒が大きなケガを負った場合でも治療できる。
「クリストハルト君、学校内でいやらしいことをするのは禁止だからね」
「するか!」
ゴッガルドは姿勢を低くし、カイに個室の機能を説明する。
「この呼び出しボタンを押したら、あたしが扉を蹴破って助けにくるからね。安心してちょうだい」
「は、はあ」
去り際に、ゴッガルドは「この部屋防音魔法がかかっているから、会話は外に聞こえないから安心して」と片目をパチンと瞑り、去って行った。
私の行動を怪しんでいたくせに、防音魔法について説明するとは、応援したいんだか妨害したいんだかよくわからなかった。
まあ、ゴッガルドについては昔から理解できなかった。おかしな言動は今に始まったことではないだろう。
「カイ、ゴッガルドが変なことを言ってすまない」
「いいえ。その、賑やかな御方で、元気になります」
ゴッガルドについては措いておくとして。本題へと移る。
「実は、〝リセット〟によって遡ったあと、神獣ラクーンとフェリクスが会話している場面を目撃したんだ」
「なっ――! 神様の使いである神獣ラクーンと、フェリクス殿下がなぜ?」
「わからない」
神獣ラクーンは、〝二兎追うものは一兎をも得ず〟などと口にしていた。異世界の言葉で、二羽の兎を追う狩人は、結局どちらも仕留められないという意味がある。
そのあと、フェリクスは〝僕は兄上様よりもずっと、上手くやってみせる〟なんて言っていた。
「カイ、どういう意味だと思う?」
「二兎というのは、アウグスタ様とルイーズ嬢のことではないでしょうか?」
「私もそう思う」
そこから推測すると、おぞましい可能性が浮上する。
「ありえないことなのだが、神獣ラクーンとの関わりから察するに、フェリクスも私と同様、崩壊した世界の記憶があるのではないのだろうか?」
かつての私はアウグスタと上手くやっていけず、婚約破棄と国外追放を命じた。
その結果、処刑や殺害されてしまったのだ。
フェリクスの上手くやってみせるは、私を反面教師とし、国王として即位してみせる、という宣言にも思えた。
「調査が必要だな」
「そう、ですね」
警戒しておくに越したことはない。今後、フェリクスには注意するよう、カイにも伝えておいた。




