クズ王子は、修羅場を目撃する
「フェリクス、わたくしをお茶に誘っていたのに、同じように聖女様を誘っていたなんて、少々気が多いのではありませんか?」
今回、フェリクスと聖女マナがやってきたのは、以前タブレットを破壊した詫びだろう。そう思っていたが違った。
「もう、壊したお品の弁償はされたとおっしゃっていましたよね? どうしてまた、ご一緒しているのでしょうか?」
「それは、偶然彼女に会ったから」
それは嘘だろう。先ほど、以前から約束していたような会話をしていた。
話を聞く限り、フェリクスはアウグスタと親密な関係になるため、すでに行動を起こしていたようだ。
「わたくしは将来義理の姉となる身ですから、あなたと一緒にいても、周囲の者達は変に思わないでしょう。しかしながら、そちらの女性は聖女様です。親しくお付き合いするのは、どうかと思います」
アウグスタの主張は真っ当なものである。だが、フェリクスは人目に付かないよう、サロンカフェ〝クライノート〟に聖女マナを誘った。
ここで見知ったものは口外しないというのが、〝アーベント・ガルデン〟での暗黙の了解である。アウグスタは少々、言い過ぎなのではないか。
アウグスタは王族としての体面を守るために、あれやこれやと口出ししてくる。その辺が合わないと、かねてより思っていた。
「聖女様は大聖教会が保護し、支持する御方です。一緒にいるところを誰かに目撃されたら、フェリクスは大聖教会派だと思われてしまいますわよ」
国内にはいくつかの派閥が存在する。
最大の勢力は、国王と騎士隊で構成された〝国王派〟。私はここに含まれている。
枢密院のメンバーを中心に、国内の貴族達が集まって作られた〝貴族派〟。
多くの信者と共に結束している〝大聖教会派〟。
長年国王派と貴族派がジリジリと不穏な空気をまき散らしていたものの、私とアウグスタの婚約を以て和解しつつあった。
大聖教会派は裏金疑惑や、奴隷斡旋など、黒い噂が流れているため、王族は深く関わり合いにならないよう国王陛下からのお達しが出ている。
そのため、アウグスタは大聖教会派と近しい聖女マナと親睦を深めるのはどうかと意見しているのだろう。
ちなみにフェリクスは、どこに所属しているか表明していない。王太子ではないので、わざわざ宣言する必要もないのだろう。
「フェリクス、あなた、最近おかしな行動が目立っていますわ。この魔法学校に突然入学したこともそうですけれど――」
「ああ、もう、うるさいなあ!」
考えていることが口から飛び出てしまったのかと一瞬思ったが、発言主は聖女マナである。
「せっかくのデートイベントなのに、ごちゃごちゃ言って、迷惑なんですけれど!」
「なっ!」
聖女マナはアウグスタの前に対峙するように立つ。
「面倒だけれど、リセットしてやり直さなきゃ。デートの場所変えなきゃいけないな。はー、せっかく、サロンカフェ〝クライノート〟でのイベントだったのに」
「リセット? イベント? あなた、何をおっしゃっていますの?」
「んー、こっちの話」
リセットと聞こえた瞬間、私は立ち上がる。なんとしてでも阻止しなければいけないと思っていたものの、聖女マナの判断のほうが早かった。
「それじゃあいくよー、〝リセット〟」
やられた!!
そう思ったのと同時に、目の前が真っ白になる。
◇◇◇
『イヤイヤ、二兎追うものは一兎をも得ず、なんて言葉もあるんですよ』
神獣ラクーンの甲高い声で目を覚ます。
サロンカフェ〝クライノート〟のテーブルに突っ伏し、意識を失っていたようだ。
聖女マナの〝リセット〟を食らってしまったわけだが……。
以前、〝リセット〟は五分前だと神獣ラクーンが言っていたが、五分前に奴はいなかったはずだ。
胸ポケットから懐中時計を取り出す。
蓋を弾いて時間を確認した。表示された時刻を見て、ぼんやりしていた意識が鮮明となる。
懐中時計が指し示していたのは、二時間も前。カイとルイーズが茶を飲む以前だ。
驚きはそれだけではない。
〝リセット〟をしたのに、私は影響されず、記憶を持ったままその場に止まった。
二時間前は、ここにはいなかったはずなのに……。
当然、この場にカイはいない。私を見失ったので、今頃探し回っているだろう。
この時間帯であったら、魔法学の授業に出ている時間だ。早く戻らなければならない。
立ち上がった瞬間、神獣ラクーン以外の声が聞こえた。
「ラクーン君、心配はいらない」
フェリクスの声である。まだ授業を受けているような時間帯なのに、なぜここにいるのか。
「僕は兄上様よりもずっと、上手くやってみせる」
『でも、どちらかに絞ったほうがいいと思うんですよねえ』
「いいや、どちらも落とす」
いったい、なんの話をしているのか。
神獣ラクーンはなぜ、フェリクスと話をしているのか。
わからないことばかりである。
授業の終わりを知らせるチャイムが響き渡る。
「行こう。聖女マナと約束している」
『はあ、行ってらっしゃいませ』
「ラクーン君、君も兄上様の部屋に戻るんだよ」
『わかっていますよ』
フェリクスは去り、それを見送っていた神獣ラクーンも転移の魔法陣と共に姿を消す。
ひとり残された私は、呆然としていた。




