クズ王子は、想定外の展開に瞠目する
「それより、私はカイ様とふたりっきりでお出かけしたいわ」
「え!? 私と、ですか?」
「ええ」
「黒薔薇会の茶会に招かれる機会は、二度とないと思うのですが」
「興味ないわ」
きっぱりと、黒薔薇会の茶会への誘いをルイーズは断った。
まさかの事態である。背後に立つ私はカイの動揺が伝わっていた。
「ふたりきりで外出するのは、ご迷惑でしょうか?」
「それは――クリストハルト殿下の護衛任務もありますので」
「それもそうね」
「今日みたいに、〝アーベント・ガルデン〟で会う、というのはいかがでしょうか?」
「まあ! あなたはここに何度も出入りできるカードを持っているの?」
「ええ、まあ」
入れる生徒の数が五十とごく少数である〝アーベント・ガルデン〟だが、毎日自由に行き来できるわけではない。
公開されていないさまざまな条件により、入場できる回数が決まっているのだ。
ほとんどの生徒は、週に一回である。
カイは王太子である私の護衛騎士ということで回数無制限の、自由に行き来するカードが与えられている。もちろん、他の護衛騎士は持っていない。カイだけが特別に許可されているのだ。
「だったら、猛毒が届き次第、ここで会いましょう」
「はい。楽しみにしています」
ルイーズはうっとりしながら話しているが、極めて物騒な会話である。
無事、猛毒を入手できそうで、ホッと胸をなで下ろした。
会話が一通り落ち着いたころ、紅茶と菓子が運ばれてくる。
「こちら、春のそよ風をイメージした、ミルデン茶の春摘み紅茶でございます」
続いて出されたのは、子鹿をイメージしたチョコレートのマカロン。表面に白いアイシングで鹿の子模様が描かれている。中にはルイーズの纏う深紅のドレスを参考に選ばれた、フランボワーズジャムが挟まれているようだ。
ルイーズはどちらもお気に召したようで、やわらかな微笑みを浮かべながら堪能しているようだった。
このように、穏やかな様子の彼女を見るのは初めてである。
ずっと、ルイーズを厄介で我が儘、自分勝手な者だと決めつけていた。けれども、私と同じく物語の都合で利用されていた存在なのかもしれない。
まだ二十に満たない少女が、悪逆の限りを思いつくなど無理があるのだろう。
周囲の大人達に唆されるがまま王妃の座に執着し、私の裏切りによって毒殺を画策する。それも、誰かが助言した可能性が高い。
ずっと毒はルイーズの手作りだろうと決めつけていたが、そうではなかったようだ。おそらくは、誰かがルイーズに毒を渡していたに違いない。
先ほどカイが従業員に何やら耳打ちしていた。何かと思いきや、従業員がラッピングした包みを運んでくる。カイが受け取り、そのままルイーズへと差し出した。
「先ほど召し上がっていたマカロンです。よろしかったら、お友達とご一緒にどうぞ」
「まあ! いいの?」
「ええ、今日の思い出に」
ルイーズは感極まった様子で、カイからマカロンを受け取っていた。
「ありがとう。とても、嬉しいわ」
「喜んでいただけて、何よりです」
ようやく、ルイーズとの茶の時間が終了となる。帰りに他の店で買い物をしたいというので、この場で別れることとなった。
「カイ様、お父様から猛毒の情報が届きましたら、連絡しますので」
「ええ、お待ちしております」
ルイーズは初々しく頬を染め、微笑みを浮かべながら去って行った。
はーーと深いため息が零れる。カイも慣れない任務に、疲れているようだった。
「カイ、茶を飲み直そう」
「かしこまりました」
「言っておくが、お前も茶に付き合うのだからな!」
「はい。光栄に思います」
ここでは必要ないと思い、惑わし眼鏡を外す。
先ほどのテーブルはきれいに片付けられていた。先ほどとは違う従業員がやってくる。
ぼんやりしていたが、ここにはメニューがないことを思い出した。
「あー、そうだな。軽食とそれに合う茶を頼む」
「かしこまりました」
別に、カイのようなロマンチックな注文でなくてもいいのだ。
「猛毒について、なんとかなりそうだな」
「なんとか、なったのでしょうか?」
「なった。カイ、苦労をかけたな」
「いいえ、お役に立てたのならば、幸いです」
「しかし、大した役者だったな」
「もったいないお言葉です」
心にもないことを口にし、女性を口説くという、いかにもカイが苦手に思いそうな任務だった。しかしながら彼女は立派に勤めあげたのである。
「オーガについての対策は立つ目処が付いたのですが、邪竜についてはどうなさるおつもりで?」
「ああ、あれはよくよく考えたら特殊な例だから、気にしなくてもいい」
邪竜を使役していたのは、アウグスタに横恋慕していたブレス侯爵。私がアウグスタとの婚約を破棄し、聖女マナを王妃として立てたことに腹を立てて邪竜を召喚したのだ。
カイは自らの命と引き換えに、邪竜を倒した。
その後、ブレス侯爵は護衛がいなくなった私をナイフで刺したわけである。
「今世ではアウグスタを婚約破棄し、聖女マナを王妃に立てることはしない。だから、邪竜については心配しなくてもよい」
「そうだったのですね」
調べてみたのだが、邪竜召喚には激しい憎しみが必要となる。アウグスタを婚約破棄しない限り、邪竜と邂逅することはないだろう。
「そんなわけだから、心配しないでほしい」
ここで、サンドイッチと紅茶が運ばれてきた。紅茶はアイスティーとなっている。パンは口の中の水分を奪いがちなので、ごくごく飲める冷たい飲み物がありがたい。その辺に気づくとは、非常にありがたかった。
サンドイッチを平らげ、そろそろ寮に戻ろうかと話しているところに、まさかの展開となる。
「窓際の席へどうぞ」
客がやってきたようだが、それがフェリクスと聖女マナだったのだ。
「なっ――!」
驚きの声をあげそうになり、咄嗟に口を覆う。
どうやら聖女マナは、今回は私ではなくフェリクスを狙うようだ。瞳が、狩人そのもののようだった。
いつやってきたのだろうか。突然現れたので、心臓に悪い。
そういえば、タブレットとやらを壊してしまったので、フェリクスがお詫びとして茶でも奢らせてくれと言っていたような。それが、今日だったのだろう。
バタバタしていたので、すっかり忘れていた。
幸い、向こうは私達の存在に気づいていないようだった。
「フェリクス様、このお店、すてきですね」
「気に入ってくれて、僕も嬉しいよ」
寮に帰ろうと思っていたが、しばしここで大人しくしていたほうがいいだろう。
カイは目線を送るだけでわかったのか、こくりと頷いていた。
「来るのが遅くなって、ごめん。全国模試があるの、すっかり忘れていたんだー」
「そうだったんだね」
何やら楽しげに会話しており、いい雰囲気にも見えた。
このまま、聖女マナはフェリクスに任せておいていいのだろうか。
なんて考えていたら想定外の人物、アウグスタがやってくる。
「フェリクス、奇遇で――あら、あなたは」
聖女マナとアウグスタの視線が交わる。
空気がピリッと震えたように感じた。




