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クズ王子は、世界を救う決意を固める

「カイが女性だと? ありえない!!」


 魔法学校時代、背は同じくらいだったように思える。卒業したあたりから、なぜかカイだけぐんぐん背が伸びて、私よりも背丈が高くなった。

 本人にどれくらいあるのか聞いたことはなかったが、百八十五以上あったように思える。だから、板金鎧をまとう姿は迫力があった。


「何か胸を保護する防具を装備していたんだろう。そうに違いない」

『クリストハルト様、防具はベストのほうみたいですよ。見てください』


 神獣ラクーンがカイのベストを掲げる。それを奪い取るように手にしたが、信じがたいほどの重量があって驚く。


『胸を潰して平らにする上に、防具を兼ね備えた装備みたいですねえ』

「な、なんでこんなものを……?」

『女性だと隠す目的と、身を挺してあなたを守るためでは?』

「そんな……!」


 今世でカイが身を挺して私を庇う記憶はなかったが、終わった世界の記憶にはいくつもあった。

 オーガの爪先が鎧を裂き――邪竜に呑み込まれ――底なし沼に生息する触手生物に引きずり込まれ――。


「うわあああああ!!」


 四回繰り返した人生の中で、カイは私よりも先に死んだ。すべて、私を庇って死んだのだ。

 オーガの爪で鎧どころか皮膚や肉が裂けて、助からないほどの血を流しながらも、カイは私を案じていた。

 邪竜に襲われたときも、死を恐れずに飛び出して行った。

 沼の触手生物に呑み込まれたのも、私の不注意のせいだった。沼に沈み、二度とカイに会えないとわかったときの絶望は、言葉にできない。


「カイ! カイ!」

『お、落ち着いてください、クリストハルト様! カイ様が死んだのは、すでに終わった世界の記憶です! 今は眠っているだけです!』


 神獣ラクーンの叫びを聞いて、ハッと我に返る。

 記憶が混濁し、意識が曖昧になっていたようだ。


「この忌々しい記憶、消せないのか?」

『ダメです。あなたは今後、同じ過ちを繰り返さないために、カイ様の散りざまを知っておく必要があるんです』

「それは、そうかもしれないが」


 どの記憶も鮮明で、本当にカイが死んでしまったのではと勘違いしてしまうほどだ。

 けれども、神獣ラクーンの言うとおり、きちんと覚えていないといけないのかもしれない。

 すべて、私のせいでカイは命を散らせてしまったのだから。


『それよりも、クリストハルト様。よくよく、カイ様をご覧になってください。男だと、思いますか?』

「……思わない」


 カイがシャツ一枚でいる姿なんて、初めて見た。

 普段は装備で補正しているようだが、今の姿は体の線に丸みがあって、胸には男にはないはずの膨らみがある。

 これを見たら、カイが女性であることを認めないといけないだろう。


「でもなんで、カイは男装なんかしていたんだ?」


 本人が申告しない以上、こちらが聞いても答えてはくれないのだろう。カイは昔から死ぬほど頑固で、自分が決めたことを曲げるというのを知らないから。


『カイ様が隠そうとしているのならば、クリストハルト様は気づかない振りをするべきでは?』

「私も、そう思う」


 カイはモンベリアル伯爵家の四男で、他の兄弟とまったく似ていない。何か、人には話せない事情というものがあるのだろう。


「ベストとジャケットを着せてやろう」


 たぶん、カイは女性であることを隠すために必死だっただろうから。私の前でシャツ一枚で目覚めたら、驚くだろう。

 ズッシリと重たいベストに袖を通そうと腕を持ち上げる。しなやかな筋肉が、白いシャツに浮かび上がった。同時に、細い手首に驚く。

 カイは、間違いなく女性だった。


 女性という生き物は華やかで、煌びやかな世界を生き、弱くて、守らなければいけないような存在だ。

 それなのにカイは、ひとり戦い、血まみれになって、何度も死んだ。なぜ、女性に生まれたのに、男でも避けるような茨の道を選んだのか。わからない。

 他の女性と同じように、大切に育てられて、幸せになる権利だってあっただろうに。

 いつもいつでも、カイは私の傍にいて、日の当たらない道ばかり歩んでいた。


「――っく!」

『泣かないでください。カイ様は、生きておられるので』

「泣いていない!」


 物語の都合で悪役を押しつけられ、ざまあみろとあざ笑われるだけにある私は、意味のない存在だと思っていた。


「私が記憶を持ったまま生きる意味は、あったんだ」


 権力も、財産も、約束された輝かしい未来も、何もいらない。

 今世は私がカイを守り、幸せになる人生を模索しよう。


「これから何をすべきか、少しだけわかったような気がする」

『その調子です!』


 カイが目覚める前に、神獣ラクーンに質問する。


「この世界のことや、終わった世界についての記憶は、カイに言わないほうがいいのか?」

『突拍子もない話ですから、信じないでしょうね』

「そうか。私は記憶があったから、あっさり受け入れられたのかもしれないな」

『ですねえ。あの、カイ様の記憶を戻すこともできますが?』

「それだけは絶対に止めろ。辛い記憶を、カイに背負わせないでくれ」

『わかりました』


 ひとまず、カイにこの世界については打ち明けず、よりよい未来を目指したい。


「神獣ラクーン、お前はずっと、私の傍にいるのだな?」

『もちろんです』


 ならば、命の契約を持ちかける。もしも裏切ったら、死んでしまうものだ。


『そこまでしますか?』

「私はお前を信じていないからな。世界とやらを救うのだから、それくらいしても構わないだろうが」

『それは確かに。いいでしょう。契約に応じます』


 魔法陣を展開し、神獣ラクーンの血を一粒落とす。

 これで、この獣は私を裏切れない。

 まあ、大した力を持っていないようなので、裏切られても大きな問題にはならないだろうが。

 なんとなく発言に胡散臭さを感じたので、念には念を入れたい。


「これから、よろしく頼む」

『ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします』


 神獣ラクーンが差し出した手を握る。

 そんなわけで、私は世界を救うこととなった。


「ちなみにだが、もしも失敗して、私が死んだらどうするのだ?」

『この世界は二度と再生されません。つまり、今回が最後のチャンスというわけですね!』


 なんて世界に生き返らせてくれたものか。

 頭が痛くなった。    

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