クズ王子は、恋愛技法を神獣に質問する
「ただ、普通に声をかけただけでは、ルイーズの気を引くのは難しいだろう」
カイの実家であるモンペリアル伯爵家は名家だ。けれども、ルイーズは王妃となることを目論む野心家である。伯爵家の三男が声をかけてきても、相手にしない可能性があった。
「どうすればよいのでしょうか?」
「顔だ」
「顔、ですか?」
「そうだ。お前の整った顔で、ルイーズを誘惑するのだ」
「そ、それは……」
生真面目で色恋沙汰とは縁が遠いカイには、色仕掛けなんて難しいだろう。
おそらく、ルイーズは日頃から男子生徒に声をかけられているはずだ。きっと飽き飽きしているだろう。
その中でカイに強みがあるとしたら、その美貌だろう。
ただ顔面のよさだけでは心許ない。ルイーズへのその場限りの巧言が必要だろう。
「えーっと、具体的には、どういった感じで呼びとめたらいいのでしょうか?」
「そうだな……」
しばし考え、私の護衛騎士のひとりが侍女を口説いている場面を思い出す。
「やってみるから、少し離れた場所から歩いてきてくれ」
「かしこまりました」
こういうことをするのは気恥ずかしいものの、作戦を成功させるためだ。腹を括る。
歩いてやってくるカイの前に、スッと花を差し出す。
「この花と引き換えに、少し話す時間をくれないか」
「あ、はい」
カイは頬を赤らめ、百合の花を受け取った。背後の花瓶に刺さっていた花である。
「とまあ、こんな感じだ。どうだった?」
「とても、すばらしいと思います」
「ディーターがやっていた小技だがな」
彼の名前を出した途端、カイは眉間に皺を寄せる。
「もしも彼が同じことをやってきたら、無視すると思います」
「まあ、そうだな。他の方法を考えてみるか」
女性に花を差し出すなんて、キザったらしいだろう。それに、突然花を差し出して悲鳴でも上げられたら、教師から呼び出されてしまう。
カイとふたりで考えても名案など浮かばない。ふと、視界の隅に神獣ラクーンが目に付いた。
「そういえば神獣ラクーンよ。〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟について、詳しかったな?」
『は、はあ、そうですが』
〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟は、恋愛を楽しむゲームである。その展開の中に、女性を呼びとめる方法などないのか質問してみた。
『そうですねえ、少々古典的な技ですが、壁ドン! などどうでしょうか?』
「なんだ、その、壁ドン! とやらは?」
『壁に手を突いて、女性の行く手を阻むものです。地球ではすでに廃れた技法なのですが、ゲーム内では大変盛り上がったそうですよ』
「なるほど、壁ドン!か。やってみよう」
「あ、私がドン! してみてもいいですか?」
「ならば、私が歩いてやってくる女子生徒役だな」
「お願いします」
壁際を歩いていくと、突然カイが勢いよく壁を叩いた。
ドッ!! と轟音が響き、壁にヒビが入る。
「う、うわー!!」
「も、申し訳ありません」
ドン! が少々強すぎたようだ。神獣ラクーンからも、『力だけの問題でもないような……?』というコメントをいただく。
「ドン! はそんなに強くなくてもいいのだな?」
『はい。トン! と軽く触れる程度です。勢いも必要ありません』
「なるほど、わかった」
今度はカイが歩いてくる女子生徒役を担う。
接近したのを見計らい、壁をドン! するために腕を伸ばした。だが――手が壁に届かず、腕がただ宙に浮いた状況となった。
「これは、もしかしなくても失敗だな」
『失敗ですねえ』
距離感がなかなか難しい。的確にドン! したカイはさすがとしか言いようがない。
「神獣ラクーンよ、壁ドン! 以外で他に何かないのか?」
『えーと、うーんっと、そうですねえ……。制服のボタンに髪を絡ませて、引き留めるという小技もあるようですが、難易度高いですよね』
「すれ違いざまに狙ってボタンに髪を絡ませる? 無理に決まっているだろうが」
『ですよね』
ルイーズの気を引くだけで、どうしてこのように苦労をしなければならないのか。だんだん苛立ってくる。
『そうだ! もうひとつ、ありました』
「なんだ? 教えてくれ」
『角でぶつかって、お詫びにカフェに誘うんです。そのさいに、お話を持ちかけたらいかがでしょうか?』
「それだ!!」
一部の上流階級者しか出入りできないカフェに誘ったら、応じてくれるだろう。ただ、カイがルイーズにぶつかるというアクションに不安を覚える。
「カイ、念のため、一度練習してみようか」
「わかりました」
「軽くぶつかるように」
「わかっております」
結果だけ言うと、私はカイにぶっとばされた。軽くぶつかる程度でも、猪が突進してきたような衝撃があったのだ。
「これは、カイには難しいのでは……?」
「練習します」
「個人練習は止めろ。私が、練習台となる」
「しかし、先ほどのように強くぶつかってしまったら、申し訳ないです」
「気にするな。いくらでも、練習台になってやろう」
そんなわけで私とカイはルイーズの気を引くために、ぶつかり稽古を始めた。
◇◇◇
昼休み――
カイは容姿を反転させるイヤリングを外し、ルイーズを待ち構える。
今日という日を迎えるまで、練習を積み重ねてきた。カイにぶつかって私は満身創痍だったが、回復魔法が癒やしてくれた。
作戦はこうだ。食堂から出てきたルイーズに、うっかりカイがぶつかってしまう。お詫びにと、サロンカフェ〝クライノート〟に誘う。
廊下には私と神獣ラクーンが待機し、カイにルイーズの接近を知らせるのだ。
食堂を覗き込むと、ルイーズとその取り巻きを発見する。食事を終えたようだが、会話が盛り上がっているようでなかなか出てこない。
食堂は生徒であふれかえっている。席を探す生徒もいるというのに、のんきなものだ。
それから二十分も喋り倒し、やっとルイーズは食堂をあとにする。
「よし、いいタイミングだ。神獣ラクーンよ、カイに知らせに行ってくれ」
『了解しました』
廊下の角で待機するカイに、神獣ラクーンが知らせに向かう。
そのあとで、ハッと気づいた。ルイーズは多くの取り巻きに囲まれている。その中で、偶然を装ってぶつかるのは難しいのでは?
ルイーズが取り巻きに囲まれていることまでは、想定していなかった。なんてことだ。
このままだと、失敗してしまうだろう。
カイに伝えに行こうか。
そう思って立ち上がったものの、意外と歩くのが速いルイーズとその取り巻きが通り過ぎて行く。
「カイ、作戦は――」
止めようとした瞬間、カイが廊下の角から飛び出してきた。




