クズ王子は、護衛騎士と深い話をする
私の帰りがあまりにも遅いので、カイが王宮まで迎えにきていた。
こちらを見るなりホッとした表情を浮かべていたものの、目が合うとふいっと逸らした。
「カイ、すまない。連絡のひとつでも入れられたらよかったのだが」
「謝罪は必要ありません。私はあなた様の護衛騎士ですから」
珍しく、本当に珍しく、カイは腹を立てているようだ。
淡々と任務をこなしていた彼女が、ここまで感情を露わにするのはめったにない。
「私が連絡もせずに夜まで王宮にいたものだから、腹を立てているのか?」
「いいえ、そうではありません。どうか私のことはお気になさらないでください」
珍しく私達が言い合いをしているからか、周囲にいた騎士達に注目を集めてしまった。ひとまず、カイの肩を抱いて馬車まで誘導する。
「ク、クリストハルト殿下、そのように密着されたら、不届き者が接近したときに剣を抜けなくなります」
「よいではないか、よいではないか。もっと近う寄れ」
「おたわむれを、おっしゃらないでください!」
肩に回していた腕を下ろすと、カイは人間に慣れていない野良猫のような動きで距離を取る。
「そのように離れて、私を守れるのか?」
「ま、守れます」
「そうか。しかしもう少し、近くに寄れ」
「はい」
カイは私の斜め後ろの位置に移動し、あとに続く。
馬車に乗りこみ、カイが剣で馬車の天井をコンコンと叩いた、すると、馬車は動き始める。
「して、カイよ。何が気に食わなかった?」
「それは――」
「別に、とは言わせないぞ。お前の様子は、明らかにおかしい。私は知りたい。なぜ、そのような態度に出ているのかと」
天井に吊された魔石灯が、淡くカイの姿を照らす。彼女は剣を杖のようにしてぎゅっと握っていた。顔も、これまでになく険しい。
「私は、護衛騎士失格です」
「どうしてだ?」
「仕える主人にこのような心配をかけるなど、言語道断。あってはならぬことなのです」
「人間なのだから、機嫌が悪い日があるのだろう」
「人間……、ですか」
「そうだ」
これまでカイは、自分の感情を心の奥底に閉じ込めていたのだろう。それが最近になって、面に出せるようになった。よい傾向ではないのか。
「私はカイが何に喜び、何に傷つくのか、知りたい」
「どうしてでしょうか?」
「それは、カイを大事に思っているからだ」
機嫌を悪くして、気まずくなるのは惜しい。居心地悪い時間を過ごすよりは、楽しいひとときのなかでいたいのだ。そう伝えると、カイの瞳はうるうると涙ぐんでいるように見えた。
「クリストハルト殿下が私を護衛として必要としてくれるだけでも僥倖に恵まれているのに、それ以上を望もうとする私はとても卑しく思います」
「そんなことはない。望んでもいい。もしも私が与えられるものならば、いくらでも差し出す」
「そんな……もったいないお言葉です」
「自分を卑下するな」
「いいえ。私はもっともっと、クリストハルト殿下の盾、そして剣として、ただただその場に在るだけでなければならないのに……!」
身体が自然と動く。剣を手に震えるカイを、ぎゅっと抱きしめた。
「これ以上、お前は何を頑張るというのだ。今までよく、仕えてくれた」
今世でのことだけではなかった。終わってしまった世界でも、カイは身を挺し、命を投げ出しても私を守ってくれた。
もう、いい。カイの忠誠心などいらない。
ただ、長生きして、カイを大切にしてくれる家族に囲まれて、幸せに過ごしてほしい。 それが今、カイに望むことだ。
カイは涙を流していた。赤子をあやすように、背中を優しく撫でてやる。
落ち着いたあと、カイは真っ赤な目で正直な気持ちを口にしてくれた。
「クリストハルト殿下の夢の話をお伺いしていなかったので、蚊帳の外にいるような気持ちになってしまったのです。ただ私は近しい存在といってもただの騎士。身内であるフェリクス殿下や婚約者であるアウグスタ様とは立場が天と地とも違います。お話しいただけないのも無理はないと自分に言い聞かせていたのですが、自らの感情を制御できなかったようです」
「そう、だったのだな」
別に、フェリクスやアウグスタが身内だから、夢について打ち明けたわけではない。
アウグスタは私が急に真面目になったので、不信感を抱かせないように話した。フェリクスは聖女マナが接近していたので、世界の滅亡を後押しするような行動を取らないために説明したのだ。
「カイは説明せずとも、私を信用し、共にいてくれると確信していた。けれども、そのような考えは間違いであった」
「いいえ、一介の護衛騎士である私は、クリストハルト殿下を信頼し、何も聞かずとも変わらずに仕えるべきだったのです」
こればかりは、判断ミスだったと認める。
カイは私の一番の味方であり、理解者だ。そんな相手に、話さないなんて裏切りでしかないだろう。
「カイ、寮に戻ったら、話を聞いてほしい。突拍子もない話だと思うだろうが、信じる、信じないの判断は、お前に一任する」
これまでにない重要な話だと理解したのだろう。カイは深々と頷いた。