クズ王子は、神獣ラクーンを呼び出す
聖女が下り立ったということで、買い物どころではなくなった。そのまま回れ右をし、学校内に戻る。ひとまず護衛騎士のひとりを伝令に向かわせ、聖女について国王陛下に報告させた。
フェリクスが私の夢について聞きたいと望んだため、特別談話室に移動する。
アウグスタだけでなく、フェリクスにまで話していいものか迷った。けれども、聖女マナがフェリクスに興味を持ってしまったので、伝えておいたほうがいいだろう。
一応、夢でみただけの話だと前置きし、聖女マナについて打ち明ける。
「というわけで、聖女の固有魔法には注意していてほしい」
遠回しに〝リセット〟と〝データ削除〟についても話しておいた。フェリクスだけでなく、初めて聞くアウグスタもいまいちピンときていないようだった。
まあ、何も言わないよりはマシだろう。
それにしても、惑わし眼鏡の効果は絶大だった。聖女マナは私に見向きもせず、地味眼鏡だと言っていた。
惑わし眼鏡がある限り、聖女マナに興味を持たれることはなさそうだ。
「兄上様、聖女マナ様は〝落ちる〟とおっしゃったあと姿を消しましたが、あれはどういった魔法なのでしょうか?」
「聖女は元の世界に戻る能力を持っているのだ。ずっとこの世界にいるわけではない。それに、強制的に呼び寄せることは不可能なのだ」
今振り返ってみると、聖女マナは召喚されてやってきたわけではないのだろう。自ら望んで、やってきたとしか思えない。
聖女召喚の魔法は長時間に及んだと言われている。そのため、召喚魔法を展開しているときに偶然聖女マナがやってきたとしたら、術式が成功したと勘違いしてしまうだろう。
「聖女は神出鬼没だ。突然現れても、驚かないように」
だが、今日みたいに馬車の前に突然現れるのは勘弁してほしい。
話が途切れたタイミングで、騎士が戻ってくる。
「国王陛下はクリストハルト殿下の直接のご報告をお求めのようです」
「わかった。行こう」
フェリクスもついていくと言ったが、丁重にお断りをした。
「アウグスタが不安そうにしている。しばし一緒にいてくれないか?」
「わかりました」
以前、聖女の登場と世界の崩壊について話をしたので、不安に思っているのだろう。
一見して無表情にしか見えないが、幼少期からの付き合いである私にはわかるのだ。
ひとりで来るように、というお達しだった。カイを置いて、王宮を目指す。
馬車の中で、神獣ラクーンを呼び寄せた。
「神獣ラクーンよ」
『は、はーい』
魔法陣の出現と共に、神獣ラクーンが姿を現す。
「神に連絡はついたのか?」
『いえ、それがまったく』
「そうか」
なぜ、聖女マナが六年も早くやってきたのか。原因を聞いてもわからないという。
『個人的な推測なのですが、クリストハルト様がいろいろとこれまでとは異なる行動を起こしたことによって、時空がねじれてしまったのかなと』
ただ、これまでと異なる状況となったので、聖女マナが〝データ削除〟はできないと初めて口にした。これは、世界の崩壊を防ぐ大きな一歩だろう。
『もうひとつは、今の世界に別の脅威が迫っている可能性もあるのかと』
「別の脅威だと!?」
『えーっと、個人的な推測ですので』
「そうだったな」
答えがわからない以上、話し合うのは不毛だろう。
今後のために、聖女マナが口にした意味がわからなかった言葉について質問してみた。
「それはそうと、聖女マナが言っていた〝ゲーム配信〟とはどういう意味かわかるか?」
『あー、それはですね、全世界に向けて、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟をやっている様子を実況し、公開するものです』
「水晶通信みたいなものか?」
『そうですね』
水晶通信――互いに魔力を登録しあった水晶を持ち、呪文を唱えることによって水晶同士を繋げて会話できる魔法だ。
『聖女マナ様はあらかじめゲーム配信で〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟の物語を予習した状態で、始めたというわけですね』
「なるほど。だから初めてこの世界にやってきたとき、自分が知っている〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟とは違うとすぐに気づいたわけだ」
『その可能性は大です』
他にも、〝フェリクス様ルート〟という謎の発言もしていた。
「ルートというのはなんなのだ?」
『それは、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟のシナリオですね』
〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟とは、仮想空間で恋をする創作物だという。開発者が設定した七名の男性と交流を深め、最終的に好意を伝え合うらしい。フェリクスもその中のひとりだったという。
『天真爛漫な第二王子フェリクスという、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟の中では絶大な人気をもつひとりだったようですよ』
作中で登場するフェリクスは二十二歳。他の登場人物は皆未成年だったため、大人の魅力を堪能できる恋の人物として高い人気を誇っていたようだ。
『ちなみに、フェリクス様ルートで恋路を盛大に邪魔するのが、クリストハルト様とアウグスタ様だったようです』
私は〝悪役王太子〟、アウグスタは〝悪役令嬢〟と裏で囁かれ、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟のファンより絶大な反感を買っていたようだ。
「それで、他の六人は誰だ?」
『えーっとですねえ』
帝国からの留学生であり、第三皇子であるアンブロワーズ・ジョスラン・ド・マルクール。
公爵家嫡男、クンツ・フォン・アイスナー。
クンツの護衛騎士、トラウゴット・クライバー。
魔法使いの塔の天才、アレクサンダー・バルテル。
十五歳の魔法薬学の教師、ヴェンツェル・フォン・シェンク。
街で偶然出会う獣人伯爵、ヘルベルト・フォン・ビュークナー。
「そうそうたる者達だな」
『見目のよい男性ばかりですねえ』
主な舞台は魔法学校で、聖女マナは行儀見習いをするために王宮にも現れる。たしか、礼儀作法の教師がアウグスタだったような。
私のシナリオとやらは、発売後に追加されたらしい。
ほとんどが死のルートで、幸せな最後を迎えるのは熟練のプレーヤーでも難しいと評判だったようだ。
そのせいで今、私は苦労している。
「そういえば、聖女マナにこの世界は創作ではないと言ってもいいものなのか?」
『それは、わかりません。聖女マナ様がこの世界が現実だと知った瞬間、なんらかの影響が出る可能性もありますし』
「言わないほうがいいみたいだな」
『ええ』
問題は山積みである。
ひとまず、国王陛下に報告して、聖女マナをどう扱うのか話し合う必要があるだろう。




