クズ王子は、護衛騎士の秘密に気づく
思い返してみたら、聖女マナや男爵令嬢ルイーズのどこに魅力を感じていたのか、まったくわからない。
それ以前に、私は王太子。未来の国王となる者だ。恋や愛で王妃となる女性を選ぶ権利などない。
そもそも、だ。王妃教育を受けていないふたりに、王妃なんぞ務まるわけがないだろう。
なぜ、私は彼女らを愛し、アウグスタを婚約破棄してしまったのか。考えているうちに、頭が痛くなる。
「我がことながら、まったく理解できない」
『聖女マナ様に関しては、あなた様が好印象をいだくような言葉を、間違ったらリセットを繰り返しながら言っているので、無理はないのかもしれません』
「なるほど。では、男爵令嬢ルイーズに関しては?」
『クリストハルト様を一度毒殺されているので、何か惚れ薬的なものを盛っていた可能性があります』
「そうか」
どちらにせよ、ふたりに関しては警戒が必要だろう。
『それで、引き受けていただけるのでしょうか?』
「世界を救うって、具体的には何をすればいいんだよ?」
『そちらも、考えていただきます』
「ノープランだったのか!」
『はい!』
清々しく感じるほどの、曇りなき眼と返事だった。ぐったりと、うな垂れてしまう。
「なんか、特別な力を神から授かったり、神の助言が聞こえたり、そういうのはないのかよ?」
『ないですねえ。あ、でも、代わりにこの私が、クリストハルト様のお傍でお仕えします』
「お前、何ができるんだ? いつも、聖女マナの傍であたふたしているだけの印象しか残っていないが」
『えー、何か事件が起きたときに、実況するとか?』
「とんでもない無能神獣じゃないか!」
『仕方がないんですよおー。私、ただの伝令兼神様への報告係なのですから』
「それは確かに」
盛大なため息がでてくる。どうやって世界を救うかは、自分で考えるしかないようだ。
正直、こんなお役目など引き受けたくない。ただでさえ、私は未来の国王である。やらなければいけないことは、山のようにあった。
「というか、今の私はいつの私なんだ……?」
鏡がないかキョロキョロしたところで気づく。ここが、魔法学校の寮の寝室だということに。
「まさか、十代に戻っているのか!?」
『はい、そうです! 十八歳の春から、世界を救っていただきます』
「いや、私はまだ了承していないだろうが!」
『これまでと同じように、聖女マナに攻略され、悪役令嬢アウグスタにざまぁされ、男爵令嬢ルイーズに陥落する人生を送るというのですか?』
「勘弁してくれ」
シナリオ通り殺される人生は、神とやらが決めたことなのでどうにもならないのだろう。けれども、これまでの無残な死の記憶と共に、誰かの言いなりになって世界を救えとか、そういう話はごめんだとも思う。
「私の人生は、意味のないものだったのだ。もういっそのこと、記憶をすべてなくして、これまで通りでいさせてくれたらよかったのに」
『クリストハルト様、それでは、いつも味方でいてくれた、護衛騎士であるカイ様を、無駄死にさせるおつもりで?』
「――っ!!」
カイ・フォン・ヴァルヒヘルト――私のたったひとりの親友であり、護衛騎士だ。
何回も繰り返す人生の中で、たったひとり、カイだけは私の味方でいてくれた。
私を庇うあまり、何度も酷い死なせ方をさせてしまった。
斬首刑のあと、私と首を並べて晒し者になったこともあった。
とっくに死んでいるはずなのに、なぜか記憶に残っている。
国を破滅に導き、罪人とまで言われた私と首を並べられるのは、彼にとって最大の不名誉だっただろう。
突き放しても、突き放しても、カイだけは私の味方でいてくれた。
「そういえばカイは!?」
魔法学校時代は同室だった。
大人になってからは常に板金鎧をまとって素顔を見せなかったが、魔法学校時代は普通に制服をまとって暮らしていた。
この時間帯だったら、起こしにきているだろう。時間に厳しい彼が、来ないなんてありえない。
『カイ様でしたら、お話しするのに邪魔だったので、そちらで眠っていただいております』
「なっ!?」
寝台から飛び降り、太陽の光を遮断するカーテンを開いて振り返る。
すると、カイが倒れている姿に気づいた。
朝早い時間だったが、魔法学校の制服をきっちりまとっていた。カイはいつもそうだった。だらしない姿など、一度も見たことがない。
「カイ! カイ!」
名前を呼んでも、長い睫が縁取った目はピクリとも動かない。仕方がないので、頬を叩いて起こす。
「カイ、起きろ」
「んんっ……」
形のよい唇から、色っぽい吐息が漏れる。
よくよく見たら、眠るカイの姿は色気があった。
見てはいけないものを見ているようで、咄嗟に目をそらす。
そういえば、カイはあまりにも言い寄られるので、全身を覆い隠す板金鎧をまとうようになったと言っていた。
聖女マナより、アウグスタより、ルイーズよりも、カイのほうが美しいだろう。
今になって気づいたのだが……。
「おい、神獣ラクーン、カイに何をした!?」
『ただ眠っているだけです。もう少ししたら、きっと目覚めるはずですよー』
「どうしてカイをこんなふうにする必要があるのだ」
『いや、私、何回目かのクリストハルト様の人生で、カイさんに斬りつけられたことがあるんです』
「お前、何をしたんだよ」
『クリストハルト様に忠告しに行っただけですー』
「それだったら、カイの討伐対象だ。カイは悪くない」
私に近づく正体不明な存在は、カイが問答無用でたたき切る。
それが、聖女マナが連れていた神獣ラクーンであってもだ。
『最後まで話をさせていただくために、カイ様には眠っていただきました』
「わかった、わかった」
ひとまず、カイを寝台に寝かせよう。
眠りにくいだろうからジャケットとベストを脱がせ、抱き上げる。
と、その瞬間、不可解なやわらかいものに触れた。
「な、なんだ、これは!?」
一度寝台に寝かせてから、今一度確認する。
カイの胸に手を当てると――膨らみを確認できた。
その様子を見た神獣ラクーンが、ズバリと指摘する。
『カイ様は女性なのでは?』
「は!?」
今までの人生の中で、一番大きな声が出たように思える。
 




