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クズ王子は、まさかの相手と邂逅する

 そこまで速度は出ていなかったものの、馬車の車体は大きく揺れた。

 急停止を想定していなかった身体は、壁のほうへと勢いよく傾く。

 ぶつかる! と思った瞬間、ぐいっと強い力で引き寄せられた。

 カイが私を抱き寄せ、衝撃から守ってくれた。

 同じくバランスを崩したアウグスタも、フェリクスが抱き寄せ庇う姿勢を取っている。


「皆、ケガはないか?」

「あ、ありません」

「僕も平気です」


 カイのほうを見ると、深く頷く。皆、ケガなどないようだ。ホッと胸をなで下ろす。

 御者に繋がる小窓のカーテンを広げ、僅かに開いたのちに問いかける。


「おい、何があった?」

「こ、校門前に、ひ、人が倒れておりまして」

「なんだと!? 誰だ?」

「わかりません。何やら、おかしな制服をまとっているようで」

「生徒か?」


 この校門は馬車専用だ。歩行者が通るなんてありえない。いったいどこのバカだと、カイを連れて馬車を降りる。


「兄上様、危険です!」

「そうですわ!」


 慎重派のふたりは無視した。カイがいるので、危険はないだろう。

 倒れているというので、もしかしたら回復魔法が必要な状態である可能性も否めない。

 どうするかは、様子を見て判断する。


 御者が言うように、校門前に誰か倒れていた。馬に乗って並走していたフェリクスとアウグスタの騎士が、先にかけつけて様子を窺っている。


 校門の前に倒れていたのは黒髪の女性。年若く、無駄に短いスカートを穿いているその姿は、見覚えがありすぎた。

 目にした瞬間、胸がどくんと大きく跳ねる。


「な、なぜ、あれが〝今〟ここに!?」


 彼女の名は、マナ・タナカ――。

 これから〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟の世界に召喚されるはずの聖女である。

 まだ、聖獣の弱体化と魔物の集団暴走は起きていない。彼女がやってくるのは、私が二十四歳の秋だった。魔法学校にいる時代に呼ばれるなんて、ありえないだろう。

 聖女マナはなぜ、ここへやってきたのか。


「クリストハルト殿下、お知り合いですか?」

「すまない、あとで話す」


 まずは、神獣ラクーンに問い詰めるのが先だろう。部屋で留守番している奴を、強制的に呼び寄せた。

 地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから神獣ラクーンが姿を現す。


『んん?――わっ!?』


 クッキーを頬張る瞬間だったようだ。ひげにクッキーの欠片を付けた状態で、私を見上げる。


『クリストハルト様、どうかなさいましたか?』

「逆に聞きたい。いったいどういうことなのだ!?」


 詳しい話をカイやアウグスタ、フェリクスに聞かれたらまずい。そのため、神獣ラクーンの首根っこを掴み上げ、耳元で囁く。


「校門前に、聖女マナが現れた。あっちだ。見てみろ」

『な、なんと!!』


 神獣ラクーンは目を見開き、心底驚いているようだった。

 〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟の中では、聖女の案内役を担っているようだが、今回に限っては何も聞いていないらしい。


「神と連絡を密に取り合っているのではないのか?」

『神様からのお達しは、一方通行なんです。こちらからのお問い合わせはできなくって』


 緊急事態のみ通じることもあるようだが、基本的には神が求めたときのみ応じる形だという。


『神様は今、大ヒットゲーム〝死体ゾンビ・賢者ヴァイザー〟に夢中で、それをもとにした世界をお造りになるので忙しいようです』


 死体賢者――それは人口の八割が生きた死体となった世界で、人間側が生きた死体を殲滅せんめつしようと画策する状況の中、賢い死体がゾンビ国家を作ろうとする話らしい。

 ここより過酷な環境をモデルにした世界を造ろうとしているとは……。呆れて声もでない。 

 その国で起きている事件に比べたら、聖女マナが予定よりも早く下り立ったことなんて大したことなどないだろう。

 ゾンビだらけ世界の前では、〝リセット〟や〝データ削除〟の能力なんて霞んでしまう――。


「いや、大問題だ!」


 もしも聖女マナがこの状況をおかしく思って〝データ削除〟をしたら、私のこれまでの苦労が水の泡となる。なんとしても、阻止しないといけない。


「しかし、どうやって……?」

『ひとまず、口を塞ぐとか』

「物理的な解決策ではなく、もっと有効的な策はないのか?」

『い、一応、神様に連絡してみます』


 集中力が必要となるようなので、神獣ラクーンは私の部屋へと戻っていった。

 そうこうしている間に、聖女マナが目覚めたようだ。

 アウグスタとフェリクスの騎士が、剣を抜いて聖女マナに向ける。

 不審者でしかないが、それだけは止めてくれ。慌てて駆け寄る。


「待て、その者は、怪しい者ではない! 剣を収めよ」


 私の叫びに、騎士達はキョロキョロと辺りを見渡している。惑わし眼鏡をかけているので、私の存在に気づいていないのだろう。

 だが、聖女マナの前で正体を明かしたくない。

 ここで、叫びを聞いたからかアウグスタとフェリクスが馬車から下りてくる。


「王太子殿下、お知り合いでしたか?」

「いや、なんと言えばいいものか」

「兄上様、あの娘は?」


 彼女の存在は偽れないだろう。正直に告げる。


「世界を救う、聖女だ」

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