クズ王子は、弟王子と交渉する
一瞬、頭が真っ白になった。
聞き違いではないだろう。フェリクスははっきり言った。アウグスタと婚約解消しろと。
「なぜ、突然そんなことを言う?」
「僕は、アウグスタを愛しているのです。お恥ずかしい話、兄上様とアウグスタが歓迎パーティーで一緒にいる様子を見て、本当の気持ちに気づいたのですが」
フェリクスはずっと、アウグスタを姉のように慕っているものだとばかり思っていた。しかしそれは間違いで、恋心を秘めていたとは……。
「お前の気持ちはよくわかった。しかしながら、アウグスタと私の結婚は、王家と聖獣を従えるヴュルテンベルク公爵家との契約である。簡単に、婚約解消などできるわけがない」
「国王陛下とヴュルテンベルク公爵の許可はいただいています」
「は!?」
目の前に広げた書類には、私とアウグスタの婚約解消を認め、フェリクスとアウグスタの婚約及び結婚を後押しするという内容が記されていた。さらに、国王陛下とヴュルテンベルク公爵の署名もしっかりある。
「お前、どうやって国王陛下とヴュルテンベルク公爵を説得したというのだ!?」
「内緒です」
いったいどのような手回しをしたのか。幼少期から周囲に愛され、大人を取り入るのが上手い子どもだと思っていた。まさか、自分の望みを叶えるために、国王陛下やヴュルテンベルク公爵まで説得してみせるとは……。
「ただ、アウグスタは納得しないだろう。彼女は、王妃になるためにこれまで努力を続けてきた。お前の妻ともなれば、王妃教育はすべて無駄なものとなる」
「そうでしょうか? 僕はそうは思いません。むしろ、注目を浴びる王妃よりも、注目度が低い僕の妃となったほうがアウグスタの能力を活かし、効率よく働けると思うのですが」
たしかに、注目度の高い王妃はどこに行っても衆目を集め、愛想よく振る舞わなければならない。そういう公務は、アウグスタに向いていないように思えた。
「兄上様、心配はいりません。アウグスタに関しましては、彼女が卒業するまで僕を好きになってもらい、兄上様との婚約解消に応じてもらうよう交渉を持ちかけるので」
先ほどの手にキスする行為は、フェリクスの求愛行動だったようだ。
アウグスタも嫌悪感を抱いていた様子はない。もしかしたら、上手くいくのではと思ってしまう。
「あの、兄上様、もしかして、アウグスタを愛していらっしゃるのですか?」
「それは――ない」
アウグスタに対する感情は、志を同じくする者、と言うとしっくりくるのか。
異性として意識し、愛情を持つという感情はなかった。
だが、何度も繰り返す人生の中で、私は過ちに気づいた。
今世こそはアウグスタを大切にしようと思っていたのだが、どうしてこうなったものか。
「兄上様、そのような心持ちで、アウグスタと同衾できるのですか?」
「それは、王族の務めだから、なんとかなろう」
「具体的には?」
「……」
気持ちが伴わないときは、魔法薬に頼る者もいるという。その辺の問題は、貴族の夫婦でも大きな障害となっているようだ。
「愛のない行為は、女性にとって大変な負担となるのです。兄上様はご存じなのでしょうか?」
「そうだとしたら、逆に、なぜお前は知っているのだ?」
「僕は勉強しましたので」
勉強……?
それは座学なのか、それとも実技なのか。なんだか怖くて聞けなかった。
「その、なんというか、もっとも大事なのは、アウグスタの気持ちだ。彼女がお前を好いて、私と婚約解消したいと思ったのならば、応じようではないか」
「兄上様、ありがとうございます」
ちなみに、国王陛下は私の新たな結婚相手についてはどうお考えなのか。
その辺についても、後日話をする必要があるだろう。
「アウグスタのことは、絶対に幸せにしますので」
「ああ、まあ、そうだな」
フェリクスはとてつもなく一途な男なので、アウグスタも大事にするだろう。もしかしたら、王太子としての義務で結婚して家庭を築こうとしている私よりも、アウグスタを幸せにできるかもしれない。
「私はお前の恋を応援はできないものの、邪魔はしない。お前も、私の願いを聞き入れてくれないだろうか?」
「それは、なんでしょうか?」
「カイについてだ」
カイに高圧的な態度を取らないでほしい。彼に対する願いは、その一点だけだ。
「わかりました。もう、嫌悪感をわかりやすく示す行為はいたしません」
「頼んだぞ」
フェリクスのカイに対する問題がどうにかなりそうで、ホッと胸をなで下ろす。
アウグスタに関しては、彼女の気持ちが第一。拒絶したら手を引くという形で落ち着いた。
◇◇◇
休日となり、カイと合流する。
「身体の具合はどうだ?」
「おかげさまで、調子がいいです」
「それはよかった」
顔色はよく、表情も明るくなったような気がする。やはり、休日が必要だったのだろう。
今後はなるべくカイの前で、オーガや邪竜についての話題を出さないようにしなければ。
「馬車が到着したようですね」
「ああ、行こうか」
本日は街へ出かける日。馬車に乗りこみ、目的地を目指す。
フェリクスも行きたいというので、同行を許した。嬉しそうに、アウグスタの隣の席を陣取っていた。カイに対しては、以前のように嫌悪感を示さない。私の願いを聞き入れてくれたようだ。
アウグスタは機嫌がいいようで、笑顔で話しかけてくる。
「王太子殿下、このお品、とてもすばらしかったです」
「役に立ったのならば何よりだ」
おかげで、ルイーズと出会って喧嘩になることもなかったという。
やっとのことで惑わし眼鏡が私の手に戻ってきた。
「兄上様、その眼鏡はなんですか?」
「存在感を薄くする眼鏡だ。こうしてかけると、周囲の人には私が特別な人間には見えなくなる」
「なるほど。幻術がかかっているのですね。僕は話を聞いて幻術を認識した状態なので、効果はないようですが」
「そうなのだ。さすがだな」
魔力値が低い代わりに、座学を頑張っているようだ。
もしかしたら、フェリクスも私と同じく、回復魔法の才能があるのかもしれない。
時間があったら、話してみよう。
アウグスタは惑わし眼鏡をたいそう気に入ったようで、効果について嬉しそうに語っていた。
「同じ品はあるのでしょうか?」
「いや、こういった品はないと言っていた。カイのように、姿を変えるものならばあるかもしれない」
「カイは護衛だから姿が変わってもよいのかもしれませんが、わたくしは姿が変わってしまうと困ります」
「そうだな。似たような品があるかもしれない。ひとまず店主に聞いてみよう」
校門を通り過ぎようとした瞬間、急停止する。
「きゃあ!」
「うわっ!」