クズ王子は、弟王子の申し出に呆然とする
予鈴が鳴り、ゴッガルドが声をかけてくる。
「クリストハルト君、彼女のことはあたしに任せて、授業に行きなさいな。イケメン騎士も迎えに来ているし」
「ああ、そうだ――ん!?」
慌ててゴッガルドを振り返った。私の視線の意味を理解できないのか、小首を傾げていた。
「ん、クリストハルト君、どうかしたの?」
「いや、お前、今カイを〝彼女〟って言ったか?」
「ええ、言ったけれど」
「知っていたのか?」
「だって、身体測定とかあるから、彼女のほうから申告してきたわよ」
「そ、そうだったのか……!」
一学年の春から知っていたらしい。私より先に、ゴッガルドのほうがカイの性別について把握していたようだ。なんとも複雑な気持ちである。
「もしかして、自分以外誰も知らないと思っていたの?」
「まあ、そうだな」
「協力者なしに、男装して暮らせるわけがないでしょう?」
「それはそうだ」
なんと、カイは寮にある教員用の風呂を借りていたらしい。さらに、ゴッガルドはカイの下着の購入なども手伝っていたようだ。
「いろいろ事情を抱えた生徒はカイだけじゃないの。そんな生徒の面倒を見るのも、保健医であるあたしのお仕事なのよ」
「そうだったのか」
なぜカイは幼少時から男装して過ごしているのか。もしかしたらゴッガルドは事情を知っているかもしれない。
けれども、この男から聞くのはなんともシャクだ。カイ本人が私に話してくれる日を待ったほうがマシだった。
「ゴッガルド、カイを頼む」
「ええ、任せてちょうだい」
カイが女性だと知っているのならば、彼女の身柄を預けるのにゴッガルド以上の適任者はいないだろう。
放課後――カイは戻ってきた。すっかり元気になったらしい。
「疲労だそうだ。しばし、休んでおけ」
「いえ、もう平気です」
「命令だ。数日休め」
カイは私の護衛をするため、休みなく働いている。本人は大丈夫だと主張しているものの、身体は悲鳴を上げているのだろう。
噛んで含めるように言うと、カイは数日間休むことを受け入れてくれた。
「元気になったら、今度の休みにアウグスタと一緒に街に出かけよう」
「はい」
カイがいない生活というのも、体験しておく必要があるだろう。
互いに都合がいいというわけだった。
◇◇◇
アウグスタから、いつフェリクスとの茶会を開くのかとせっつかれた。
仕方がないので、フェリクスを特別談話室に呼び出して誘ってみる。
すると、想像以上に喜んだ。
「アウグスタとゆっくり話すのは久しぶりなので、とても楽しみです!」
「そうか」
あらかじめアウグスタの予定を聞いていた。それと合わせて、都合がいい日を決める。
「では、明日の放課後でいいのだな」
「はい! 楽しみにしております」
茶や菓子などは、フェリクスが準備すると言って聞かなかった。魔法学校に入学した祝いも兼ねていたのに、本人にやらせるとは。
「本当に、準備は任せていいのか?」
「もちろんです。兄上様とアウグスタが喜ぶものを用意しますので」
「そうか。では、頼んだぞ」
ちょうど、フェリクスと不仲なカイはいない。ちょうどいいタイミングだっただろう。
翌日――茶会が開かれる。特別談話室には、たくさんの菓子が用意されていた。
「まあ、お菓子がたくさん!」
「アウグスタと兄上様のために、王宮の専属菓子職人に作らせました」
フェリクスは胸を張り、菓子について説明してくれた。
プティフールと呼ばれる一口大の菓子は、社交界で流行の兆しを見せているらしい。
「大きなお菓子だとたくさん食べられないので、こうして小さく作って、いくつも食べられるようにしたようです」
「すばらしいアイデアだと思います」
アウグスタは甘い物が好きなのか、瞳をキラキラ輝かせながら食べていた。
神獣ラクーンが好きそうな菓子だと思ったが、今日は姿を見ていない。部屋で惰眠を貪っているのだろう。
アウグスタやフェリクスとゆっくり話すのは本当に久しぶりだった。
フェリクスはフェンシング部に入り、剣術を極めているという。
アウグスタは一年のときから入部している手芸部に、週に一度通っているようだ。
「兄上様は、どのサロンに入っているのですか?」
「私は帰宅サロンに入っている」
「王太子殿下、それはどこにも所属していないという意味では?」
「まあ、そうだな」
「兄上様ったら、ご冗談も上手なのですね!」
アウグスタはさして面白く感じなかったようで、しかめっ面で私を見ていた。相変わらず、彼女の愛想というものは安売りされていないようだ。
あっという間に、時間が過ぎていった。
アウグスタの侍女軍団が迎えにやってきたので、今日のところはお開きとする。
「アウグスタ、今日はとっても楽しかったです」
「わたくしも、フェリクスとお話しできて、充実した時間が過ごせました」
並んだふたりの姿を見て、ふと気づく。
以前はアウグスタのほうが背が高かったのに、いつの間にか追い抜かしていたようだ。
私の身長に迫るほど、フェリクスは成長している。
終わった世界のフェリクスは、成人しても今より背が低く小柄だった。
彼の中で、何か変化があったのだろうか。なんとも興味深い違いである。
「アウグスタ、別れのキスを、手にしてもよいですか?」
「よろしくってよ」
アウグスタが差し出した手に、フェリクスは口づけする。なんとも優雅な仕草であった。
初めてフェリクスからこのような挨拶をされ、アウグスタも戸惑っているのだろう。
珍しく、頬を染めているように見えた。
「アウグスタ、絶対にまたお茶しましょうね」
「ええ、かならず」
フェリクスと共に、侍女軍団に囲まれて立ち去るアウグスタを見送った。彼も帰ると思いきや、特別談話室の扉を閉めて施錠までする。
なぜそこまでするのか。フェリクスのほうを見たら、にっこり微笑んでいた。
「兄上様、お話があるのですが、少しお時間をいただいても構わないでしょうか?」
「ああ」
フェリクスは円卓のほうへと戻り、椅子を引く。どうぞと、手で示された。
長い話になるのか。そう思っていたが、フェリクスの話はたった一言だけだった。
「兄上様、アウグスタと婚約破棄していただけますか?」
「は?」