クズ王子は、図書室で調べ物をする
カイが剣で戦い、私が回復魔法で補助する。
この方法ならば、オーガや邪竜に勝てるのではないか。
未来に光が差し込む。
ただ、独学で勉強するのは限界があるだろう。どこかで、教師を雇いたい。
国王陛下に相談したら、きっと国一番の教師を立ててくれるだろう。
しかしながら、この能力については内緒にしておきたい。誰が敵で、誰が味方かわからないから。
職業斡旋所に行ったら、紹介してくれるだろうか。その辺も、あとでカイと話し合おう。
◇◇◇
昼休みにカイを伴って図書室に向かう。惑わし眼鏡がないので、相変わらずどこに行っても注目を集めていた。
アウグスタに「すぐに返せ」と言えばよかったと後悔する。
図書室は私語厳禁なので、話しかけてくる者などいない。比較的、ゆっくりできる。それでも、視線はグサグサと突き刺さるわけだが。
目的は、亜人族について書かれた本。
亜人というのは、人に似た姿形をした種族である。
有名なのは、妖精と人を掛け合わせた姿をした〝エルフ〟。それから、二足歩行のトカゲ〝リザードマン〟、背中に翼の生えた人間〝ハーピー〟、下半身が魚の〝マーメイド〟などなど。
「クリストハルト殿下、何をお調べになるのですか?」
「オーガについてだ」
「オーガですって!?」
カイが大声を出したので、蔵書を管理する本妖精がものすごい勢いで飛んでくる。
本妖精は猫に蝶の羽根が生えた生き物だ。毎日せっせと、本の整理をしている働き者である。
『こらー! 図書室は私語厳禁!』
「す、すみません」
『次に声を出したら、追い出すからね!』
「はい」
本妖精はぷんぷん怒りながらも帰っていく。
いなくなったのを確認すると、亜人族について書かれた本を開いた。
オーガは魔物のように獰猛な姿をしているが、亜人に含まれている。魔族と人間が合わさったような存在らしい。
気性は獰猛で、時折魔物として討伐される場合もあるようだ。
だが、森の奥地に棲んでいるため、めったに遭遇しない。
オーガは狩りをして肉を得たり、湖で魚を得たり、木の実などを食べて暮らしているらしい。
ある研究者によると、木々を伐採して家を作ったり、農作物を育てたりと、人と変わらない暮らしを営んでいるようだ。
だが、オーガの男達は荒い性格をしていて、生活拠点に人間が入るのを嫌っている。うっかり迷い込んできた人間を殺すこともあるようだ。
そんなオーガだが女性が生まれにくいようで、人里に降りて誘拐する、なんて話もあるらしい。
また、オーガの女性は信じがたいほど美しいようだ。
オーガの男は嫉妬深く、伴侶となった女性を家から一歩も出さないほど、過保護でもあるという。
本に書かれている記述は証拠があるわけでなく、創作話が混ざっている可能性があるとも書かれていた。
ここ百年ほどオーガの姿は目撃されず、伝説上の生き物だったのではと噂されるくらいだった。
けれども、私とカイの前にオーガは現れた。
いったいどういう目的でやってきたのか。わからない。
オーガに関する記述は、他の種族に比べてずいぶんと少なかった。もしかしたらエルフ以上に、目撃情報が少ないのかもしれない。
亜人についての本を棚に戻すと、カイの様子がおかしいことに気づく。額に汗をかき、顔色が悪かった。
「おい、カイ、大丈夫か?」
「ええ、平気、です」
「平気なようには見えない!」
声が大きくなってしまった。本妖精がやってきて、問答無用で魔法が展開される。それは、図書室から強制撤退させる転移魔法だった。
一瞬で、図書室の外へと投げ出されてしまう。
なんとか受け身を取ったものの、カイは廊下に倒れたままだった。
「カイ! カイ!」
声をかけても反応はない。息が荒く、ぐったりしていた。
保健室に運ぶため、カイを持ち上げる。
「うっ……ぐうっ!」
常日頃から鍛えているカイは、とても重かった。きっと、しなやかな身体についた筋肉のせいだろう。
額に汗を浮かべつつ、カイを保健室まで運んだ。
保険医ゴッガルド・フォン・フレーミヒは、年頃は三十前後で顔は美しい。だが、見上げるほど身体が大きく、筋骨隆々でごつごつと角張っており、女性のようなやわらかな喋りをする個性的な男だ。
先月は長い髪を緑色に染めていたが、今日は派手な薄紅色に染めて、ポニーテールにしていた。
ちなみに王家の傍系出身であり、幼少時からの顔見知りでもある。そこまで親しい関係ではないものの、実力は確かだ。
「ゴッガルド! いるか!?」
「クリストハルト君、その名前、可愛くないからルルって呼んでって言っているでしょう?」
「そんなことはどうでもいい!」
「どうしたの?」
「カイが倒れた」
「あら、大変!」
ゴッガルドに診せたところ、疲労だろうと言う。
少し寝かせたら、元気になるようだ。
ゴッガルドが鎮静の魔法を施したら、カイの息づかいも元に戻った。顔色にも、血色が戻ってくる。
しばし、休むカイの看病を行うことにした。と言っても、額に置かれた濡れ布巾を交換する程度だが。
「神獣ラクーン」
名を呼ぶと、部屋で待機していた神獣ラクーンが姿を現す。
『クリストハルト様、どうかなさいましたか?』
「カイが、オーガの話をした途端、おかしくなったんだ」
『それは、もしかしたらオーガに殺された記憶が、刺激されてしまったのかもしれません』
「なんだと?」
カイがあのように、大きな声をあげるのは珍しい。けれども、カイの中に終わってしまった世界の記憶はないはずだ。
『記憶にはなくとも、経験が魂に刻まれているので、このような状態を引き起こしてしまったのでしょう』
私のせいで、カイをこのような目に遭わせてしまった。
もしかしたら、私達は今後一緒にいないほうがいいのかもしれない。
そう考えても、すぐに実行に移せそうにない。
無意識のうちに、私はカイにずいぶんと依存しているようだ。
カイのために、私はカイ離れをしなければならないのだが……。
なんだか胸が苦しくなって、これ以上考えるのを止めた。