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クズ王子は、キャットファイトを目撃する

 朝からとんでもない事件を目撃してしまう。

 大勢の取り巻きを連れたルイーズがアウグスタに対し、いきなり頬を張ったのだ。

 バチーンと、とてつもなく大きな音が響き渡る。


「なっ!?」


 止めようと眼鏡に触れた瞬間、もう一度バチーンと頬をたたく音が聞こえた。

 間髪入れずに、アウグスタがルイーズの頬を張り返したようだ。

 ふたりとも、頬に見事な赤い手痕が残っている。


「し、信じられない。突然、何をするの!?」

「それはこちらの台詞ですわ。説明もなく頬を叩くなど、無礼極まりないです!」


 アウグスタはカッと目を見開き、聞き取りやすくハキハキした声色で指摘する。さすがのルイーズも、アウグスタの迫力に圧されているようだった。


 ふたりの間に割って入ろうとしたが、カイに手を引かれる。


「クリストハルト殿下、女達の戦いに何度も介入したら、大怪我をします」

「何、大怪我するだと?」

「はい」


 なんでも、自尊心をかけて勝負する女性の神聖な戦いに、部外者が割って入ると逆に双方から集中攻撃を受ける可能性があるという。


「たしかに、そういう状況になれば、私も無事では済まされないな」


 それに、毎度毎度私がアウグスタを助けられるわけではない。果敢に戦う気概があるのならば、ここは静観してもいいのではないか。

 現に、昨日私がアウグスタを庇ってしまったばかりに、ルイーズは仕返しをしにきたのだろう。アウグスタが直接決着を付けなければ、戦いは永遠に続くのかもしれない。


「ルイーズ・フォン・レーリッツ、なぜわたくしの頬を叩いたのですか?」

「それは、昨晩、クリストハルト様との逢瀬をあなたが邪魔したからよ!」

「逢瀬? 王太子殿下はわたくしと歓迎パーティーに参加する約束をしておりました」

「いいえ、約束していたのは私のほうよ!」

「証拠は? わたくしは、王太子殿下直筆のお手紙がありますけれど」

「――っ!!」


 どうやらアウグスタの勝ちのようだ。ルイーズは悔しそうに、表情を歪ませる。

 最後に、とどめの一言を言い放った。


「王族が絡んだ虚偽発言は、不敬罪とされております。あなたの発言を調査し、嘘だと判明した場合は、罪に問われるでしょう。もしも正当性を主張するのならば、調査を依頼してもよろしいでしょうか?」

「それは、余計なお世話というもの! 気分が悪いわ! 二度と会いたくない!」


 そう言い捨て、ルイーズは去って行った。アウグスタは私の助けなどなくとも、立派に戦っていた。さすが、未来の王妃としか言いようがない。


「アウグスタ様、すばらしい戦いっぷりでしたね」

「そうだな」


 人々の注目を浴びても、平然としているようだった。

 否、平気なわけがない。きっと、気にしない振りをしているだけなのだろう。

 私達は同じ悩みを抱え、苦しみながら生きてきた〝同志〟なのかもしれない。


 昼休み、特別談話室にアウグスタを呼び出す。


「今日は朝からご苦労だったな」

「王太子殿下、どこかで見ていらしたのですか?」

「ああ。ルイーズ・フォン・レーリッツの豪快な張り手からな。昨晩のように割って入ろうとしたのだが、カイに止めるように言われて」


 私が「カイが」と言って手で示した瞬間、アウグスタは不思議そうに首を傾げる。


「あの、その御方はカイではありませんよね?」

「いや、カイだ。姿を惑わす幻術をかけたイヤリングを装備しているので、他人のように見えるのだろう」

「まあ! 本当ですわ」


 やはり幻術は〝認識〟した途端、効果が薄れてしまうようだ。


「実は私も、この惑わし眼鏡を使っていて、人から注目を浴びないようにしている」

「そうだったのですね。だから、昨日は突然現れたような登場だったわけですか」

「ああ」


 こちらも説明したので、眼鏡をかけても幻術の効果はなくなってしまった。アウグスタ相手に姿は隠さなくてもいいので、特に問題はない。


「わたくしもその魔技巧品が欲しいです。もう、注目を浴びるのはこりごりですわ」

「ならば、これから買いに行ってみるか?」

「王太子殿下、何をおっしゃっていますの? 冗談のおつもりで?」

「いや、本気だ。アウグスタの聖獣の背に乗ったら、街までひとっ飛びではないのか?」

「許可なく外出するという意味ですの?」

「そうだ」

「校則は破りたくありません。それに、リリーは使い魔ではありませんの」

「ふむ、そうか」


 真面目が過ぎるアウグスタには、無断で外出する行為は働きたくないようだ。


「まあ、お休みの日であれば、行かないこともありませんが」

「わかった。次の休日に街に行けるよう、寮長に許可を取っておこう」

「わたくしも、相談してみます」


 ひとまず、今日のところは惑わし眼鏡をアウグスタに貸してあげることにした。


「よろしいのですか?」

「ああ。外野が鬱陶しいだろうから、しっかりかけておけ。返すのは、騒ぎが収まってからでよい」

「ありがとうございます。大切に、使わせていただきます」


 しばし惑わし眼鏡とはお別れだ。しっかりアウグスタの威厳と貫禄を消すのだぞと、心の中で応援しつつ送り出した。

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